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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
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14 夢の続きを


 目が覚めた。ベッドの上で私はそのまま眠ってしまったようだ。だからやっぱり、あれは夢だった。

 暗闇と静寂に包まれた部屋――むっくり起き上がり、蛍光塗料でぼやりと緑色に浮かんだ時計を見ると午後九時――まだ日付は変わっていない。

 それにほっとした。時間はまだ、私に猶予をくれている。時の流れは残酷だとお兄ちゃんは言った。どうしてそれをお兄ちゃんが言ったかなんて、わからない。けれど、それはある意味みんなが平等に与えられた事なのかもしれない。そう、私は思った。

 限りある事。そうではないと、逆説で言っているのだ。

 寿命だとか、限りある人生だとか、それは結局、結果論でしかなくて、“今”という時は平等なのだ。そんな時間の中で、今を踏みしめ、地盤を固めて、人は登る。今を有効的に扱えば、どこまででも登っていける。

 何もしない事が、残酷な結末を生み出す。だったら、何かしよう。今を、精一杯踏ん張って、上を見据えて歩き続けようと言っているのだ。

 例え、目指すものに関係がなかったとしても――例えそれが、足踏みに思えたとしても――それは自分の地盤となる。未来を引きよせ、上へ、上へと登る梯子だ。

 何もしないというのは、梯子すら伸ばさない事。

 経験は、学習は、気持は、無駄ではない――梯子はどんどん伸びていく。

 できる事は、ひとつではない――枝分かれして、大樹を模すだろう。

 未来は、無限大だ。


 ――やりたい事をやれ、そして感じろ。瑞穂――


 蘇る手に持った感覚――その携帯のボタンに触れる。と、ブラックアウトしていた画面が、暗闇で光り輝き、まえがきを浮かび上がらせる。それに目の痛みを感じながらも、私は、心の中で、それを読み返した。何度も、何度も。

 この人は、お兄ちゃんと同じで、ギーちゃんと同じ、そして、私と、同じだ。

 だったら、私は、それに応えなければいけない。例え、場違いで、見当外れで、役に立たない感想であっても、こんなに真っ直ぐ向けられた文章を、私は無下にできない。

 だから――

 私は全力で本文を読んだ。

 一言一句漏らさずに、丁寧に、私は文章を脳内で再生していく。

 紡がれた物語は、冒頭に飛び降り自殺をほのめかし、「ここから飛び立てば、自由になれるのだろうか?」と風に髪を流す姿がとても印象的だ。その後は、回想と言う名の後悔ばかりが目立つ。どちらかと言えば、暗いイメージ。その暗いトンネルと手探りで歩き、進んでいるのか、戻っているのかもわからない現状に、涙する女性。

 そこに私が重なって行く。

 苦しい。

 本当に苦しい。

 今の私が彼女のような状態だったから、本当に痛い。

 でも、私は読むのを止めなかった。

 ある時、彼女は夢を見る。鮮明な過去の邂逅。それが、彼女のベクトルを狂わせていた。ほんの小さな後悔。些細で、他人から見ればどうと言う事もないものだったけれど、徐々にずれ始めたそれは、彼女自身が作り上げる仮面だった。

 つまり、“嘘”だ。

 それが周りを巻きこみながら、大きく渦を巻いて行く。

 現実に引き戻され、今の自分は、自分で作り上げた人格でないかと、悩み、今までの人間関係すら、虚像に映る。

「今の仮面を脱ぎ棄てたら、私は消えてなくなってしまう」

 何も残らない。その恐怖が、彼女を縛り付けた。

 考え過ぎて、前へ進めない姿。そして――

 彼女は自ら命を絶った。冒頭で見た景色を背景に、彼女は地面に薔薇を咲かせて散った。

 そこで、物語は終わる。救いのないラスト。これを書き上げた作者はいったい何が言いたいのだろうか?

 自分を偽ることに対する警鐘なのだろうか? それとも、ただ、哀しみを書きたかっただけなのだろうか? 私にはわからない。けど――

 悲しすぎる。それは伝わって来た。

 文章だって、私より全然上手い。たくさんの言葉が使用されていたし、使用された文体も適当だったと思う。

 だけど――

 私はこれが本として発売されていたとしても買わない。

 なぜなら、救いがないからだ。

 私個人の意見を言うなら、バットエンドへ持って行くのは美化だと思う。逃げだと思う。

 お兄ちゃんが言っていたけど、人生を達観視しすぎていて、現実味が薄い。そう感じる。

 ううん。違う。そうであってほしくないと私は思うんだ。

 この物語だったら、命を散らすために踏み切るんじゃなくて、未来へ踏み出すラストだっていいはずだし、そうであれば、私のように共感した人間が少しでも晴れやかな気持ちになれるかもしれない。

 みんながみんな、そう言った事を求めている訳じゃないと思うけど、“私は”そう思う。

 そういった事を拾い、集め、繋いでいく。

 それはとても不思議な気分だった。一文一文書き上がるごとに、私の中で音が鳴る――甲高く、金属を絶つ音――私を縛る鎖が、一本、また一本と、弾けていく。

 そうなったから届く場所。そうなったから書ける事。それを私は文章にした。物語の作者へ、包み隠さず、全て書いた。そして、躊躇う前に、追いつかれる前に、送信ボタンをクリックした。


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