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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
33/51

13 私は何がやりたいの?


 ダイニングから逃げるように自室へ戻った。富山ブラックも途中で投げ出して、私はベッドにダイブした。何がやりたいかなんて、まだわからない。例えお兄ちゃんが支えてくれると言ってくれても、私には、自分の踏みだす爪先の行方がまだわからないのだ。

 想いを枕にうずめ、悔しさと焦燥感をシーツと一緒に握り込む。

 と、その時、まるで心の問いへ応えるように、携帯が鳴った。音でわかる。メールだ。でも携帯は机の上。ここから手を伸ばしても届かない。

 目線を携帯に向けると、チカチカと点滅するイルミネーションが、私の体を手招いている。でも、私はちょこんとベッドに腰掛け直し、着信音の『君は僕に似ている』を暫らく聞いた。

 でも、設定した鳴動時間が中途半端だったせいもあって、途中でブッつりと、止まる。

 それがまるで「早くおいで」と言っているようで――沈黙に招かれた私は、重たい心を持ちあげ引きずり、携帯の新着メールを見ると、差し出し人は陣内誠司だった。

[掲示板に依頼が来てたよ。さ、感想を書いてみよう]

 感想依頼が来てるんだ――こんな私の感想なんて、本当に欲しいのだろうか?――けど、依頼が来ているんだったら、とりあえずでも掲示板に返信しておかなくちゃいけない。……そうしなければ、マナー違反になってしまう。嫌われる要因になる。だから……、しなくちゃいけない。

 避ける事の出来ない事。逃げ場のない事。塞がれて行く出口。それに気付きながらも陣内誠司へ[ありがと]と送り、ベッドへ戻ってうつ伏せになりながら“秘密基地”を開いた。

 掲示板に行き、私が立てたスレッドを見る。すると、彼が伝えてくれた通り、もう既に依頼が数件あった。

 それらの依頼内容を流し読む。短編がふたつ、連載がみっつ――でも、完結はされていない。

 これだったら、すぐにでも読破できそうかな……。

『どうするの? 読む?』

 ここで声が聞こえた。もうひとりの私が言いたい事は、何となくわかった。

 それは罪悪感――どちらにしても襲い来るそれ。その岐路にあなたはいるのよ、と、言いたいのだろうけど、どちらを選ぶかなんて簡単――私は読む事を選んだ。お兄ちゃんの言葉があったから――陣内誠司の言葉があったから――私は、明日の事に目を閉じた。将来何がしたいのか、わからない。何をしたいのか私には見えない。だったら、今は、できる事しかできないのだと、私は現実を避けた。もっともらしい理由を自分自身に押し付けて。

 読まなくちゃいけない。だから――

 書きこまれていた依頼全てに受けた旨返信し、最初の人から順番に読んでいこうと、リンクされたURLからその人の小説に飛んだ。

 記されたタイトルは“仮面”。その小説は短編で、だいたい一万文字。その本文の前に、まえがきがあった。

 それの書き出しにはっとする。

[僕はプロの小説家を目指しています。この小説は、出版社へ持ち込もうとした物です。しかし、自分の限界を知り、ここへ投稿しました。改稿して再度チャレンジするつもりですが、それまでに皆さんの感想を聞かせてください。どんな些細な事でもかまいません。僕にアドバイスや指摘、イマジネーションを転換するきっかけを下さい]

 そう書いてあった。

 この人の文章に、私の心が敏感に反応した。それは小さいながらも確かに脈打って、私の中を駆け巡る。ここまで私を追って来る現実。それが私を痛めつける。

 思わず顔を枕にうずめ、そして感覚だけを頼りに、親指を携帯の電源ボタンに伸ばした。

 これを押せば、逃げられる――

『眩しい苦しみから逃げたって、行きつく先は闇だけよ』

 声が追い掛けてきた……。逃がさないと、私の肩を掴む。それを振り払い私は叫んだ。

「なんでそんな事言うの!? 苦しい事から、嫌な事から逃げて、何が悪いのよ!」

『そんな事、あなたに依頼した人は知らない。それに、何もしないのは罪よ。時間は止まらない。残酷なまでにあなたを切り裂く』

「私はお兄ちゃんじゃない! そんな考え、知らない! 求めてない!」

『求めるものじゃない。与えられるものじゃない。それはわかっているでしょ? だからって否定しても、なんにもならないわ。あなたが、自分の足で、手で、追いかけなければいけない事。それが今、目の前にあるの。伸ばしなさい手を。踏み出しなさい足を』

 目を閉じ何度も何度も頭を振った。けど、声は消えない。

『逃げちゃダメ。あなたは頼られているのよ。相手の勇気を、受け止めて……』



 ふわりと、風が私の中を通り過ぎた。それは、幻覚だと思う。間違いない。だって、目の前に、夢で見たギーちゃんが、首を傾げつつ私を見ていた。

「どうした瑞穂? 兄貴がバカ過ぎて、呆れたのか?」

 そう言ったギーちゃんが、目線を私からどこか遠くへ。それに釣られて見れば、ひょっこひょっこと夕焼けに染まる河原で靴を追う高校生のお兄ちゃん。まるでそう、あの夢の続き、ううん、違う。私の記憶だ。

「ま、憎めない奴だよ。あいつは。恐ろしい程に心を読んできやがる。俺からすればあからさますぎるんだ。こんなにびしょびしょになって、バカ騒ぎできるのも、あいつがいてくれたからだ……」

 そう肩をすくめたギーちゃん――記憶が曖昧なのかもしれない――話の流れがいまいち掴めなかった。

「なに、言ってるの?」

「ん? 独り言だよ」

 それをまだ続けるよ。と、目線をこちらにくべながらギーちゃんは小さく笑う。

「明日俺は、東京に行く。体ひとつで、てっぺん目指す。もしかしたら、もう、あいつとも、瑞穂とも、会えないかもしれない。だけどな、絶対に忘れない。あいつが俺の背中を押し続けてくれていた事。支え続けていてくれた事。それに報いるためにも、俺は、日本一有名な歌手になる」

 ギーちゃんの顔が真っ直ぐ私に向いた。そして、ポンと添えられた掌が、私の頭に乗る。

「だから、お前も頑張れ。瑞穂も、頑張れ」

 続いた言葉は強く、私に――

『ギーちゃん』

 私の声。だけど、私じゃない。

「何だ?」

 私の手が、ギュッと黒いスカートを握る。俯き、震えた声で、“私”はあの言葉を言った。

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