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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
32/51

12 さ、参考までにです。参考までにっ!


 豪華ディナーと聞いていたそれは、カップラーメンだった。

 富山ブラック――巷で少し話題のラーメン。

 確かに、コンビニで売られているカップラーメンの中じゃ豪華な部類だと思うけど、騙された気分。

 でも私はそれをずるずると啜り、ちゅるんと呑み込む。

 悔しいけど美味しい。

「どうだ瑞穂、美味いか?」

「ま、まあまあね。私個人的に言えば、すがきやの方が上だと思うけど」

 そう言うと、お兄ちゃんが鼻を鳴らした。

「そりゃ、すがきやに勝てるラーメンはそうないさ。あれは別格だからな」

「だよね。別格だよ」

 あのとんこつ醤油は最高だと思う。麺がゆで上がった時の匂いとか、癖になりそうだもん。なんて思っていたら、お兄ちゃんの箸が私に向いた。

「で、瑞穂は今日の晩飯当番を忘れるくらい何をしてたんだ? 机に向かってウンウン唸って、悩み事か? そうだったらお兄ちゃんが相談に乗るぞ」

 コラ、人に箸先を向けるんじゃない。と思いながらも、進路に関してはお兄ちゃんの意見であっても参考にしたい。ちょうどあの時だって、そう思っていたんだ。

「あのさ、お兄ちゃんって、いつ頃進路を決めたの? ほら、私もね。そういった時期じゃない。参考までに聞かせて欲しい、かも……」

「ああ、そうか、もう瑞穂もそんな時期か……。進路、進路ね。――俺が決めたのは、高三のはじめだ。ちょうど、今くらいか」

「きっかけは? どうして? お兄ちゃん大学行かなかったじゃない。どうして就職したの?」

 私の質問に、お兄ちゃんはう~んと首を捻ってから、前髪を掻きあげた。そして少し照れくさそうに笑った。

「それはあれだ、式一のせいだな」

「え? ギーちゃんの」

「そうだ。あいつは東京行きを決めていたからな。それに負けじと、ひとり立ちを考えたんだ。あいつはひとりで生きて行く。なら俺も、ひとりで生きられるようにって感じか――」

 お兄ちゃんが確かめるようにひとりで頷き、頭を掻いた。

「まあ、今になって考えてみると、そんな大層なもんじゃない。ただ単に、張り合っただけなのかもしれない。別に、何かに成りたいなんて式一のような夢はなかったし、高い志もなかった――」

 天井に目線が行って――帰って来た。

「正直、あの頃はどう転んでも生きていけると思っていたからな。だけど、あいつの輝きに負けたくなかったんだ。だから、自分も輝けるようにと、ネームバリューのある会社に就職するため、必死になって勉強した」

「あれ? お兄ちゃんの会社ってそんなに有名だった? 全国区じゃないよね?」

 私が言うと、お兄ちゃんは苦笑し、小さく首を横に振った。

「まあな……。実を言うと、今の仕事場は目指した場所じゃない。さすがに上手くはいかなかったよ」

「じゃあ、ギーちゃんに触発されて、就職を選んで、希望じゃない会社に入ったんだ」

「そうだな。簡単に纏めるとそうなる。だけど後悔はしてない。今の場所には、今の場所の良い所があって、俺に合った職場だった」

「結果オーライってこと?」

「そうかもな」

「でもさ、希望じゃなかったわけじゃない? だったら、どうしてそう思えるの?」

 そうやって疑問符を飛ばすと、お兄ちゃんは「例えば……」と腕組みをして、「そうだ」と人差し指を立てた。

「もし希望の所に入っていたら、俺はこの家にいないかもしれない。大学に行っていてもそうだ、自分のしたい事ができていないかもしれない。こうやって瑞穂と話せていないかもしれない」

「そんなの、わかんないじゃない?」

「そのとおり、瑞穂の言うとおり。どうなるかなんて考えていた所で、そうなるとは限らないんだよ。人生ってのは、結構残酷なんだ」

「そんなの、全然楽しくないじゃん」

「だけどな、違うんだ。とどのつまり、成るようにしかならない訳じゃなくて、成るようにするって事なんだ」

「トドが詰まっても、わかりません」

「言うなれば、あれやこれやと悩んで未来を悲観するくらいだったら、今を楽しむ。少し先を楽しむ。そして、そのもうちょっと先を楽しめるように努力するんだ。生きる事の目的は、自分が楽しく生きる事の手段なんだよ。そんな事をほったらかしに、先の事ばかり考えていたら、どうやって死ぬかって事へ収束してしまう。まだ生きているのに、そこに目が行く。そんなのって、寂しすぎないか?」

「それは……、まあ」

 飛躍しすぎだと思うけど……。

「だろう。今があるから未来があるわけだ。今を見つめれば、やりたい事も見つかるんじゃないか?」

「今……?」

「そうだ。もし、今、何かに熱中できるような物があれば、それを突きつめてみるのも面白いんじゃないか? 式一が選んだ道っていうのも、言わばそれだろう?」

「でもさ、あれはギーちゃんだったから選べたんじゃないの? 才能とか、技術があったから……」

「どうだろうな……。そればかりは俺だってわからない。けど、あいつは俺にない物を持ってた」

「ない物って?」

「非合理主義。そこからの模索と結果への結びつきか」

「は? なにそれ?」

「まあ、なんだ。つまり、やりたい事に全力を注ぎ、その為に、それすらも仕事にしてしまおうって考え方だ。そんな考えもある。だから、深く考えずにさ、やりたい事をやればいいんじゃないのか?」

 やりたい事をやる。言葉は理想で綺麗だけれど、それをやってしまったから、私は高校デビューを失敗した。

 溢れて、浮いて、孤立した。だから――

「できない……。無理」

 そんな事をすれば、私は嫌われる。みんなから省けにされる。孤立して、あの頃に戻る。それに比べたら、未来なんてどうでもいい。今、この時、私はこの場所を確保できればいい。それだけできれば、いいんだ。

 目を伏せた時間に、静けさが重なる。それは少しの間の事だったけど、何もかもが静まり返ってしまったようだった。そこに、お兄ちゃんの声が流れ出す。

「瑞穂は、昔の俺と同じだな。――慎重になり過ぎている。失敗を恐れてね。だけど、失敗って言うのは、行動を起こさなければ、起こり得ない。けどな、それが本当の後悔を生むんだ。人生よりも残酷なのは時間だ。もし瑞穂がひとりになる事を恐れているんだったら、このままじゃ時間に取り残されるぞ。それでもいいのか?」

 見透かされた!? 真っ直ぐ向いた言葉とお兄ちゃんの目が、私の心をえぐり取った。

「どうして、お兄ちゃんはそんな事言うの!? 私の何をわかって、そう言うの!?」

 思わず立ち上がって、怒鳴る。その後ろで私の椅子がガタンと倒れた音がした。けれどお兄ちゃんは、それには目もくれず、私の目だけをじっと見て、言葉をくれた。

「何を言ってる。俺は瑞穂のお兄ちゃんだ。顔を見ればわかる。だから、背中ぐらいいくらでも支えてやる。守ってやる。押してやるよ。だから、瑞穂は何も心配しなくていい。やりたい事を見つけるんだ」


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