11 感想よりも今は
学校の帰りに道々、携帯電話で“秘密基地”の掲示板にスレッドを立てた。
[感想書きます。山咲真]
内容は陣内誠司が言った通り、“他の人とは違うかもしれない感想が欲しい方はご依頼ください”と注意書きし、携帯電話を閉じた。
どうして私はここまでして感想を書こうとするんだろう? ううん。違う。どうして彼は私に感想を書かせようとするのだろうか? だ。甘えかもしれないけれど、書きたくない感想を無理矢理書くのは間違っていると思う。
無理矢理に書く文章は、絶対に楽しくない。
そう思いながらも、こうやってスレッドを立てた私は馬鹿なんだと、ちょっと思ってしまった。
勉強机に向かい、携帯を手に取る。けど、それを開かずに充電器へと繋いだ。
もしかしたら誰かから依頼が来ているかもしれない。だけど、それよりも私にはやるべき事があるのだ。
それは、川たんとの約束である進路調査票の記入。
鞄からそれを取り出し睨みつける。もしかしたら文字が勝手に浮かび上がって来るんじゃないかって言う希望的観測は程々に――ちょっと真剣に私は考えていた。
「将来どうしたいの? 私は……」
明るい天板のニスに反射した私の顔。多少不貞腐れているようにも見えるけれど、いつもの顔だ。当然、勝手にしゃべったりはしない。
こういった時、もうひとりの私だったらどうするのだろう。『自分のやりたい事をすればいいのよ』とか、また難しい言葉を使って私を馬鹿にするのだろうか? ま、きっとそうなんだろうね。それを私が思っちゃってるから出づらくて、何も言ってこないみたいだけど。
はぁ。と溜め息だ。
こういった事って、やっぱりお父さんとか、お母さんと相談したりするんだろうな。こういう時に限って、ふたりとも仕事で帰って来ないし。お兄ちゃんも……。
「ただいま、瑞穂」
と、不意に、耳元で声が聞こえた。耳に掛った息がとっても気持悪い。全身に寒気が走る。いや、それよりもだ。後ろから回される両腕が、私の胸の前に添えられる。これは、そうね。いわゆるひとつの“あすなろ抱き”と言うやつですかな。って、オイコラ!
「なにやっとるかぁ、このド変態がぁ!」
椅子を少し引き、腰を捻る。腕を払うと、声がした場所へ回転力を乗せた肘を叩きこんだ。
「ぎゃあぁ!」
そう言いながら、案の定の人物が額を押さえながら床に転がってもだえるのを、軽蔑のまなざしで見下す。
「部屋に入る時は、ノックしてって何度も言っているでしょ」
「の、ノックは横山……」
絞り出された声に、頭が痛くなる。誰がそんな名前を今聞いて笑うと思うか!? それにタイミングが良すぎるだろう? 話題に上げた途端これか? エスパーですかお兄ちゃん。
他にも色々と言いたい事はあったけど、とりあえず無言で踏んでおいた。
「むぎゅう」
当然、お兄ちゃんから漏れた声は、無視だけど。
「これより、お兄ちゃんの所業について吟味を致す――」
正座してお白州に曳き出され控えるお兄ちゃんを、南町奉行遠山佐衛門尉の視線から徹底的に見下ろしながら、本当は自分の部屋の間取りを、奉行所へと脳内変換する。
『至誠一貫』と書いた立て札も準備できました。っと。
「一同、面を上げい」
「一同って、俺しか居ないじゃないか……」
ちょっとした沈黙……。
沈黙……。
「あ、そう。じゃあもう決まり、磔獄門!」
「何と言うシナリオすっ飛ばし!?」
「うるさいわね。変態に人権はないの。それにシナリオなんてバットエンドだけよ」
「ご、御無体な……」
崩れ落ちるお兄ちゃんを半眼で見下し、おしまいおしまいと、掌を振る。すると、脳内変換は終了。私の部屋に戻った。
「で、今日は何? 私こう見えて、結構忙しいんだけど」
忙しいと言っても、調査票の事だけなのだけど、まあ、これくらいは言う。そんな私にお兄ちゃんは頭を垂れた。
「へへぇ。お奉行様。本日の夕食当番はお奉行様であらせられます故――」
まだお兄ちゃんは続けているようだ。ホント、ノリが良すぎる。って、え? 夕食当番?
そうだった。今日は私が夕食当番だった。にしても、今日の私は忘れ過ぎている。もしかして若年性健忘症ですか? ああ……、私の頭の中にも消しゴムがたくさん。ってそれよりも……。
「ごめ~ん。すっかり忘れてたぁ。今から作るね」
そう言って、急いで支度に向かおうとすると、お兄ちゃんがすくっと立ち上がり、背筋と喉を整えた。
「いいえ、お嬢様。その必要は御座いません。私めが、既に豪華ディナーの準備を整えております。ささ、ダイニングへ参りましょう」
胸に手を添えお辞儀。その姿に、私はふふんと鼻を鳴らした。
「どこの執事さんで御座いますかしら? でも、ま、いいですわ。今日はそのできたディナーに免じて、先の申し渡しはなしとしましょう」
「ありがたきお言葉。では、次もまたそれでお許しくださいますね?」
『ね?』で向いたお兄ちゃんの顔へ、私は首を優雅に横へ振る。
「許しませんわ」
はっきりと言い、冷徹に微笑む。意外と私、器用だった。