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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
3/51

2 お兄ちゃんは変態です

 それから私は、“小説家になろう”にアクセスするようになった。

 ミズホが書いている“恋愛日記”。それを六ヶ月ずっと読んでいたのだ。

 悔しいけれど、あの子たちが騒いでいた理由が少しわかる。

 面白いのだ。言ってしまえば、巷に出回っている携帯小説なんかよりずっと面白い。

 物語の展開がツボだったのと、それに出てくる主人公の水穂みすほが、まるで私の様だった。ホントに普通の高校生で、地味な子。性格や語調までも、似ている気がする。

 あの子たちが私にミズホかと聞いた理由がなんとなくわかった。


 そしてその“恋愛日記”が今日で完結。壮絶な片思いが実ってハッピーエンド。それがまるで自分の様に嬉しかった。

 まさかクリスマスイヴに合わせてくるなんて、にくい演出だ。

「ああ、終わっちゃったな……」

 私はそう零して、自宅のベッドで大の字になった。肩まである黒髪が視界の隅でふわりと落ち、仰向けに見つめた天井が少し滲む。

 冬休みまっただ中、私は自宅にいた。いや、クリスマスイヴなのに自宅にいた。

 彼氏もいないし、千尋は彼氏とデートって言っていたから、私が外に出る事はなかった。実に寂しい人間関係だと、少し後悔する。もう少し周りに愛想を振りまいていれば良かったって。まあ、でも、それは遅いよね。今日がクリスマスイヴなんだから。

 携帯の待ち受けを見ても、着信の形跡はないし、メールも届かない。ただ、プリンを待ち受けにした画像の中で、デジタル時計が14:23と時刻を刻むだけだった。

「暇だぁ!!」

 思わず叫んだ。勉強机と本棚、白い天板に数個のみかんが乗ったちっちゃいコタツ。そして、私が寝るベッドしかない狭い部屋に木霊する。

 すると……

「なんだ? なにがあった?」

 入口の扉がガバッと開いて、お兄ちゃんが飛び込んできた。私のお兄ちゃんは、もう社会人だ。高卒で就職。見た目は……、悔しいけどカッコイイ。黒髪短髪で、シャープな顔立ち。その鋭い眼差しで一度、千尋を魅了しやがった。細身の体に細い被服を纏わせて、右手に木刀を握り締めている。ん? あんたは一体何をしてたんだ? ってそれより……。

「入る時にはノックしてって言ったでしょ!」

「うるさい。かわいい妹が叫んだら、飛び込んで行くのが兄の務めだ!」

 胸を張って言うお兄ちゃん。握り込む拳が力強さを物語っている。

 一つ注意書きをしておかないといけないのだけれど、お兄ちゃんは間違いなくシスコンです。そうです、すごく残念なお兄ちゃんです。

「で、何があった? 変質者が現れたのか? どこだそのクソ野郎は?」

 私はとりあえず、変質者とクソ野郎に反応し、まっすぐお兄ちゃんを指差す。

 その先を辿る様にお兄ちゃんは視線を動かしていく。そして、自分に当たると、ゆっくり後ろに首を回した。

「なんだ。誰もいないじゃないか」

 ご都合主義にもほどがあるわ! と、叫ぼうかと思ったけど、もういいや。色々と残念でした。って起き上がると、腰を落として、構えを取った。しっかりと軸足で支えないと、フローリングで滑ってしまう。だから、本当だったら靴下も脱ぎたいところだけれど、そこまでするのもどうかと思うし……。と思いながら、お兄ちゃんの尻に目標を定め、そこを一気に回し蹴る。

「さっさと出ていけ!」

「ぎゃふん」

 なんだか変な声を上げながら、お兄ちゃんが転がった。



「で、何でまだ私の部屋にいるのかな。お兄ちゃん」

 コタツに入ってみかんを食べるお兄ちゃん。黙々と進む展開を見下ろしながら、私はそのみかんを奪い取る。そして、ひとつ口の中へほうり込んだ。

「ああ、彼氏のいない妹が寂しくない様に、話をしようと思ってな」

「べ、別に、寂しくないんだから!」

「そうか? 俺には寂しくて仕方がないから、お兄ちゃん暖めてって聞こえるぞ」

「死ね。変態!」

「あはは。瑞穂は口が悪いなぁ」

「どっちが!」

 まともに相手をすれば息が切れる。それは昔から知っている事なのに……流石に図星を突かれると、ついね。

 そんな私に微笑むお兄ちゃん。そして、机に残った最後のみかんを手に取ると、器用に指先で弄び、最後に私へ弾く。

「ま、元気そうで良かった。じゃあ出てくわ」

「彼女の所?」

「まあな」

 そう言ってお兄ちゃんが立ち上がり、部屋の扉に手をかけた。そして「帰りにコンビニ寄ってくるけど、何か欲しいものある?」と、振り返ったお兄ちゃんに私は、不機嫌に言い放った。

「プリン!」



 私の家族は、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして私の四人家族だ。

 お父さんは、警察官。だから、ほとんど家にいない。冬休みもないくらい働いているんだ。まあ、そっちの方が、口うるさく言われなくて済むから楽なんだけど。

 お母さんは、看護婦さん。あっと、今じゃ看護師って言わなきゃいけないんだっけ。そんな事で、お母さんも家を開ける事が多い。

 んで、あのお兄ちゃん。

 娘が不良に走らないのが不思議じゃない?

 それだけ私が、できた娘と言う事なんですけど。



 誰もいない家は静かで寂しい。

 暇つぶしが何かないかと、私は家族の中で漫画部屋と呼ばれる部屋に入った。

 そこにあるのは、たくさんの本棚にびっしりと詰まった漫画本。家族みんな漫画が大好きなのだ。お父さん、お母さんが大好きだったので、自然と子供である私とお兄ちゃんも好きになった。

 親の影響というのは、かなり強力だと思う。ちらりと目線を移せば、本棚に交じって置いてあるショーケースにガンプラが飾られているのだ。右から赤いザク、赤いズゴック、赤いゲルググ、パーフェクトなジオングに、サザビー。百式にガンダム、ケンプファーにハイゴック……あの、ついてこれます? って、たぶん無理だと思う。千尋に説明したら「ロボットでしょ」の一言で片づけられてから、自分がガンダムオタクだって気が付いた。私は少し、古い人間なんだって。

 と、ガンダムに見とれるのも良いけど、まだ読んでない文庫本があったはず。

 実は、漫画部屋の中にも漫画じゃない書物が置いてある。それは、お母さんが集める小説だ。赤川次郎を筆頭に、探偵ものがずらーっと並ぶ。そして、同じ棚には色んな作者の小説が並んでいるのだ。

 その中から私は、見覚えと言うか、聞き覚えのある小説をふたつ選んで抜き出した。一度読んでみたいと思っていた二冊。

 “死神の精度”と“その日の前に”。

 それらを持って、部屋に戻る。途中、みかんの籠をかっさらい、自分の部屋に持ち込んだ。



 三時間後――私は鼻水をティッシュで拭いながら、“その日の前に”のページを閉じた。

 涙が溢れて止まらなかった。思い返すだけで、涙が零れる。卑怯だよ。と口にしようと思ったけど、それは止めておく。実際、何も卑怯じゃないんだから。

 でも、本当にすごいと思った。最近“なろう”でオンライン小説を読んでいたせいだろうか、完成度が違うと思った。心に響く具合が違うと言うか、感動の具合が違う。

 本当に面白かった。

 そして、私もこんな小説が、書きたいと思ってしまった。


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