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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
25/51

5 夢の中で


 どこにそんな自信があるのかと叫んだ私だったけど、お兄ちゃんは指を立て、チッチッと舌を鳴らした。あまり馬鹿にするなと言った表情が、なんだかムカつく。

 それよりも、馬鹿にしているのはお兄ちゃんの方だ。そんな大事なリリックを書き上げるだなんてどうかしてる。はっきり言って、ギーちゃんたちの人生がかかっているんだ。不用意に安請け合いするもんじゃないでしょ。

 なんて言ったら、お兄ちゃんはひらひらと手を振った。

「おいおい、そう熱くなるなって。言っておくけど、俺のは賑やかしだ。あいつらは、そのまま使うなんて一言も言ってない。知り合いからいくつか歌詞を募集して、その中から選んだり、つぎはぎしたりするらしい。一種のインスピレーションを求めて俺の所にデモを送って来た訳さ」

「それもどうかと思うけど……」

 ぶすっと頬を膨らませお兄ちゃんを見る。へらへらとした顔に、何か投げつけたくなった。プリンはもちろん投げません。それを見て、お兄ちゃんの首が少し傾いた。

「それだけ……、行き詰ってるんだろう。なりふり構ってられないのかもしれない。そう思ったら、下手なりにでも協力してやるのが親友だろう?」

「そりゃあ、そうだけど」

 私はお兄ちゃんの歌が聞きたい訳じゃなくて、ギーちゃんたちの歌が聞きたい。と唇を尖らせる。

「だったら瑞穂も書いてみる? リリック。音源コピーしてやろうか?」

「書かない」

 と端的に言い切りながらも、私は片方の手を差し出す。

「だけど、音源はちょうだい」

 それにお兄ちゃんは「現金キャッシュな奴め」と笑いながら、私の傍を通り抜け、コンポからCDを取り出す。その真っ白なディスクには黒マジックで、“宮崎元気か?”と書かれていたのが見えた。



 私はプリンを食べながら作業が終わるのを待つ。お兄ちゃんのパソコンでコピーされた音源をmp3形式から、m4a形式に変換してもらい、「ほら、携帯に送ってやるよ」と差し出された手。――そこへ、自分の部屋からベッドの上に埋もれていた携帯を持ってきて渡すと、bluetoothブルートゥースで、それに送ってもらった。曲のタイトルはもちろん“ギーちゃん”。自分の部屋に戻って携帯電話のメディアプレーヤーで起動すると、あのロックが流れ出す。

 それを枕元に、私は布団へ潜り込んだ。

 目を閉じれば暗い中に波紋が広がっていく。瞼越しの光と混ざって、不思議な世界だった。力強く刻まれるドラム。それを撫でる様に弾かれたベース。主線をカバーしつつも独自に跳ねまわるギター。それが混ざり合って、ひとつの空白を待ち焦がれているようだ。

 早く歌いたい。

 そう聞こえる。

 でも、何を?

 浮かんだ疑問が白く輝く。そして、広がり――オレンジ色に染まった。



 私の目の前には夕焼けの染まる世界と、それにそって影を伸ばす二人の少年がいた。

 川べりの石に腰掛けるふたり――そのふたりが着る学生服の胸ポケット付近には、赤い造花が更に赤みを増して、今日の終わりを示しているかのようだった。

 その顔に見覚えがある。そう、その少年たちは高校時代のお兄ちゃんとギーちゃんだ。

 あの頃のお兄ちゃんは髪の毛が長かった。肩まであった茶色い髪を、黒く染めバッサリと切る前の話。

 ギーちゃんはあの時の記憶のまま、軽めにブリーチした短髪をワックスでねじり上げている。そんなギーちゃんの口が動いた。だけど声は聞こえない。

 それをお兄ちゃんが笑い、脇にあった黒い筒でギーちゃんを叩く。それに負けじとギーちゃんが筒を手に、お兄ちゃんを叩く。まるでチャンバラごっこをする子供。

 そんな子供たちの背景にはオレンジ色に含まれた白をキラキラと反射させる水面がゆっくりと流れていた。

 互いに筒を掴みあう真剣なふたりに一筋の風が絡み付く。お兄ちゃんの髪が流れ、ギーちゃんの頬を撫でた。それを振り払おうとしたギーちゃんはバランスを崩し、お兄ちゃんの袖を掴むと、一緒に水しぶきを上げる。

「あっ!」

 慌てて駆け寄ろうとするけど、足が動かない。代わりに私を擦り抜け、追い越して、ひとりの少女が駆け寄った。高校の制服じゃない。セーラー服に赤いスカーフを跳ねさせた――あの頃の私だった。

 それに気づかず、ふたりはびしょぬれになりながら、笑っていた。頬を伝う水滴も、髪をぬらした水もそのままに。

 それを川べりで見下ろす私が何か言った。

 頭を掻きながら立ち上がるギーちゃん。ギーちゃんを見上げながら首を傾げつつも、のっそり立ち上がるお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんが先に岸へ上がる。白いスニーカーを脱いで、水を出した。そして、両手に一足ずつ持つと、ぐるぐる回転させる。

 その姿にギーちゃんが溜め息をつきながら口を動かし、川から出た。それにお兄ちゃんが一瞥を向け、何か口を動かしていたが、それを言いきる前に、回していた靴の片方が遠心力で、私の足元へ飛んできた。それを見て笑うあの頃の私とギーちゃん。

 また、お兄ちゃんが何か言った。不貞腐れるように残った靴をはきなおすと、ぶきっちょな歩き方で、私の方へと向かいだす。

 ああ、思い出した。これは、お兄ちゃんたちの卒業式の日だ。この後家族で食事に行くからお兄ちゃんを探して来てって頼まれたんだった。

 どんどん近付いてくるお兄ちゃん。その口元は影になって見えなかった。けれど、私の目の前で屈み、靴を拾う。白地に三本線の入った靴。当時の流行はやりだった気がする。結び目をほどき、入口を広げると、そこへ足を入れた。ゆっくりとした手つきで、結び直し、納得がいかなかったのか、もう一度解いた。

 確かそうだ。間違いない。だったら、この時私はギーちゃんに……

 第二ボタンを貰った。

 お兄ちゃんを挟んで向こうに見える私は、下を向いてもじもじと言いだせないでいた。そんな私にポンとギーちゃんの掌が乗る。優しい表情で、私に何か言っていた。

 何と言ってくれたんだろう。思い出せない。でも、それを聞いて私は言ったんだ。

「第二ボタンください」って。

 そのタイミングでお兄ちゃんが立ちあがる。紐は綺麗に結ばれていた。そして振り返り……

「式一、瑞穂。帰ろうぜ」

 そう言った。

 それにギーちゃんが手を上げて応える。そして、俯いた私の手を取ると、前へ進む様に導いた。驚きに混じって重ねられた手の内にある感覚。

 それが、ギーちゃんのボタンだった。

 手を引かれたあの頃の私が、私の目の前まで来ると、ギーちゃんは手を離し、脇に抱えていた黒い筒をお兄ちゃんへ渡した。それを受け取り、肩でポンと鳴らす。そして踵を返したお兄ちゃんが、私を正面に笑った気がした。

“良く頑張ったな”って。


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