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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
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4 夢追い人


 うな垂れながら自室へ戻る。その途中、ダイニングキッチンでくつろぐお父さんとお母さんに例の事を茶化されたけど、私は、から返事を返すだけだ。それに二人の頭上に大きな疑問符が浮かんだみたいだった。だけど、それを私に聞く事はなかった。聞かれなくて良かったのかもしれない。それを説明する言葉を私は知らなかったんだから。

 無愛想な私にお母さんが言った。「プリン。冷蔵庫の中にあるよ」って。

 プリンに誘われ、冷蔵庫からそれを取った私は、台所の引き出しから小さいスプーンを取り出し、カチリと口にくわえる。中で電気が走る感じがした。

「まったく、プリンだけには目がないわね」

 お母さんの笑い声が、背中越しに飛んでくる。それにそのまま「当り前じゃない。プリンは最高のエネルギーなんだから」と返した私は、二人に顔を合わさず、階段を駆け上った。

 短い廊下を挟んでふたつの扉――迷わず私の部屋へと続く扉に手をかけた時、後ろから音楽が聞こえる。聞いた事のない旋律だった。

「何? お兄ちゃんの部屋から?」

 少し振り返り、肩越しにお兄ちゃんの部屋を見る。木目調の扉の隙間から、ロックの音楽が零れ出してきていた。ホント珍しい。お兄ちゃんが歌詞のない音楽を聞くなんて。

 何してるんだろう? どういった風の吹き流し……違う。吹き回し? 

 そう思い、扉をノックした。

「どうぞ」と返って来た言葉に、私は扉を開ける。

 相変わらず味気ない部屋。でも、今日はなんだか騒がしい。部屋に充満している音楽のせいだろうか。そんな事に首を傾げつつも、目線は勉強机に腰掛けるお兄ちゃんを捉えていた。

 どうやらパソコンを弄っていたみたいだ。勉強机にあるパソコンのディスプレイにいくつもウィンドウが開かれている。チラリと見たけど、何をしているのかわからなかった。でも、もしエロサイトに接続していたんだったら、お兄ちゃん――この落ち着きようはないだろうね。

 なんて、振り返らずに扉を閉めると、お兄ちゃんはパソコンの傍らにあったリモコンを手に取り、私のほうへ向けた。急激に音楽のボリュームが下がる。銀色のラックにおさまったコンポに目を移せば、volと表示された隣の数字が一桁まで下がっていくのが見えた。

「どうした瑞穂?」

「いや、あの……」

 何をしてるか気になって――そんな事言えるわけがない。目線を戻さず口ごもる。そして……

「これって、誰の曲?」と話を逸らした。

「ああ、この曲な……」

 と、お兄ちゃんが席を立つ音がする。椅子がキイと鳴ったのだ。

式一のりかずを覚えてる?」

「うん。ギーちゃんでしょ」

 ギーちゃんこと、神林かんばやし式一はお兄ちゃんの同級生だ。幼馴染で、小さい頃は私も含めてよく遊んだ。覚えたての漢字でギーちゃんが名前を書いた時、あまりに文字が汚くて、“式一”と言う字を“ぎー”に読み間違えたのが由来。ギーちゃんが高校に入るまで、私はギーちゃんギーちゃんと、後ろを付いて回った気がする。だって、初恋の人だったんだ。淡い思い出。なんだかすごく懐かしい。

 ギーちゃんが高校卒業する時に、お兄ちゃんから隠れてこっそり貰った第二ボタンが、まだ、机の中にある。

 でも、思いは伝えられなかった。妹としか見られていなかったんだと思って、それ以上は言えなかった。

 そして、ギーちゃんは高校を卒業後すぐ東京へ行ってしまったんだ。

 高校時代に組んでいたバンド仲間たちと一緒に、スポットライトを目指して。

 それを思い出して私は驚いた。曲が流れていて、お兄ちゃんがギーちゃんの名前出すって事は……

「え? もしかして、ギーちゃんデビューするの?」

 噛みつかんばかりにお兄ちゃんに詰め寄った。それに訝しそうな目をしながら、お兄ちゃんは苦笑する。

「いや、違う。まだだよ」

 そう言ってお兄ちゃんは椅子に座り直した。

「まだって、じゃあ、この曲は?」

「伴奏だけの、デモテープってとこか。デビューに向けての最高傑作らしい」

「そうなんだ。じゃあ、これに歌詞が付いてデビューなわけだ」

「どうだろう……」と、お兄ちゃんが首をひねった。「聞いてみたけど、確かにいい曲だよ。だけど問題があったらしい」

「問題って?」

「リリックを作る奴が逃げた」

「ええ!?」

 あまりの驚きに声が出た。嘘だ。逃げちゃうんだ。

「式一は追いこみすぎたって言ってたな。あいつら、レーベルから半分デビューの約束まで取り付けたらしい。だけど、それは次の曲次第だって言われて、必死で作ったのがこの曲さ。なまじ良いのが出来たもんで、期待を乗せすぎたから潰れたって」

「でもなんで? デビューは目の前だったんでしょ?」

「だからじゃないか。期待に押しつぶされたストレスは相当の物だと思うよ。急ぎ過ぎたってぼやいてたなぁ。んで、締め切り間に合わずタイムオーバー。デビューは見送りになったらしい」

「そうなんだ……」

 もしデビューするんだったら、テレビでギーちゃんを見れるかと思ったのに、凄く残念だ。そう俯いた私に、お兄ちゃんが言う。

「まあ、見送りは決まったけど、あいつらは諦めてないからな。この曲が完成したら、もう一度レーベルにかけあってみるってさ」

「完成するといいね」

 そう言って向けた私の思いに、お兄ちゃんは両頬をパンと鳴らした。

「ああ、だから俺も頑張らなくちゃだ」

 それに疑問符がいくつか飛び出る。

「へ? なんで? どうしてお兄ちゃんが?」

 そんな私にお兄ちゃんは指差し、こう言い放った。

「俺が、この曲の歌詞を書く」

「えええっ!?」


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