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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
23/51

3 矛盾


「何を書けばいいのよ……」

 自室のベッドで仰向けに携帯を弄る私――小説へのコメント入力フォームに少し文字を打ち込んでは、クリアボタンを長押し……。それらを全部削除していた。

 溜め息と共に体の力が抜ける。携帯を持つ手が、ファサっと布団を鳴らした。見上げたままの白い天井が、なんだか少しうねっている。

 正直、最後に読んだ小説は面白かった。だけど、物足りないと思う。価値観や、イメージのずれは仕方ないと思うけど、これを書いてしまうとなんだかこの物語の作者を否定しているようで、それを言葉に――文章にして書こうとすると、すごく難しい。

 そんな事を考えずに“面白かったです”と書いてしまえば楽なのだろうけど、モノカキを目指す私としては、それがなんだか物足りなかった。

 それに、その作品に付けられた他のコメントや評価を見ると、足が竦む。

 私と全然意見が違うのだ。正反対の意見が並んでいる。それも、ひとつやふたつじゃない。たくさん。それらへ作者が“その通りなんです”と返信しているし、そこに私の意見を投稿するのは空気が読めないと思われる。

 以前書いた相互評価の時は、こんな事にはならなかった。求められていた事だし、感想欄も賛否両論で埋まっていたから――私一人の意見がどうだろうと、同じ事を言う人もいたし、安心して感想を投稿する事ができたんだと思う。

 でも、今回は違う。間違いなく私の感想は浮いているのだ。それにチクリと胸が痛む。

「ああ、やっぱ無理。書けないや……」

 そう言いながらも、もう一度携帯を目の前に……

 だけど、溜め息が漏れる。

 そして、液晶から目を背けるように、瞼を閉じた。

 感想も小説も書けない。今の私は、まるで真っ暗闇に独り、手探りで目印を探している子供のようだ。何も書けない。何も言えない。もしこのまま床が抜けてしまったら、どこまで落ちて行ってしまうんだろう。なんとか、今のままでも踏みとどまらなくちゃいけない。

 でも、どうして? 誰のために? 何のために?

 その時ふと、陣内誠司の顔が浮かんだ。

――君なら大丈夫さ。

 何よ。買い被ってばっかり。何が言いたいのか全然わからないんだから。

 携帯の画面をメール作成に切り替える。もちろん、“なろう”じゃなくて、私のメール作成画面だ。宛先履歴から陣内誠司を選択――本文に[感想の書き方がわかんない]と打ちこんで送信した。

 だけど、少し待っても返信がない。もう少しだけ待ってみる。でも、一向にメールの来る気配がなかった。千尋なら、これくらいの事すぐに返信が来るのになぁ。

 溜め息を零しつつ、もう待ってやらないからと携帯を閉じる。

 と、携帯が鳴った。メールだ。ウキウキしながら携帯を開くとメールの新着を知らせるアイコンが点滅していた。さっそくクリック。[感想の書き方]と題されたメールの差出人は――もちろん陣内誠司。

[感想は、感じたまま思ったままの事を書くだけさ。簡単だろう]

 溜め息が漏れた。

 それができないんだけど……。と目を細めながら返信を打つ。

 でもやっぱり返信がなかなか来ない。さすがに私も三十分を超えた頃には諦めた。さっきより長いよ。って、それよりもメール見てるんだろうか?

 彼の顔が再び過る。でも今度は、物凄く近かった。――図書室で一番近かった時の顔だ。

 私は慌てて浮かんだ顔を掻き消す。でも、少し油断するとまた……

「しつこい!」

 想像で浮かんだ陣内誠司の首根っこを掴み、吹き出しから引っ張り出す。床に叩きつけて踏み抜いた。苦しみながら消える彼――それを確認した私は、気合いを入れて鼻を鳴らす。

 もういい。今日は小説も感想も何もかもぜ~んぶ忘れて、ゆっくりしてやる。

 そうやって鳴らない電話をベッドの上に放り投げた。ボスっと掛け布団にはまる携帯。それを鼻で笑って振り返った視線の先には、時間が刻まれている。丸い時計――十二支を文字盤にしたそれは、ひつじさるを示していた。

 ああ、もう、こんな時間かぁ……

「それじゃ、お風呂行こうかなぁ」

 大きく一度背伸び。鼻歌交じりにクローゼットの引き出しから、換えの下着をチョンとつまんで引きぬいて、もう片方の手で抱えた青いパジャマにくるむ。そして、トントンと階段を下りた私は、お風呂に向かう途中にある漫画部屋に立ち寄り、本棚から“のだめカンタービレ”を二冊、パジャマの上に置いた。

 入浴時間も読書の時間。半身浴も兼ねて、一石二鳥ってね。

 と、脱衣所兼、洗面所へ続く木製の引き戸をガラガラと開ける。

 そこで私は息を呑んだ。いや、固まった。

「おいおい、せめてノックぐらいしろよ」

 そう背中越しに言ったのはお兄ちゃん――洗面台の鏡に顔を映しながら、ドライヤーで髪を乾かしていた。まあ、お風呂上がりだったら、当然の光景なんだけど、何と言うか、全体的に肌色い。

 引き締まった体。筋肉質であるのに、細い。わしゃわしゃとバスタオルで髪の水気を拭き取る度に、背筋が躍動している。それにしばらく言葉を奪われていると、室内に充満していたドライヤーの音が止まり。そして、お兄ちゃんがバスタオルを首にかけ、私の方へと振り向く……。


 パオーン。


 時間も止まった。

「せめて前は隠せぇ!」

「ぎゃーー!」


 いつも通りの一時間――その半身浴も終え、脱衣所で髪の毛を入念に乾かす。も、もちろん着替えは済んでいますとも。その証拠に鏡を見れば、青いパジャマを着た私が、鏡の前の私を見つめ、不機嫌そうにバスタオルを動かしていた。

 ふとその姿がお兄ちゃんに重なって、あの瞬間が脳裏に戻る。


 パオ?


 それを一瞬でかき消した。別に、小さい頃何度も見てたじゃない。それを意識するなんて、私変かも……。これもきっと、陣内誠司のせいだ。図書室であんな真似するから――妙に意識してしまっている。そんな恥ずかしさから、鼓動が少し早くなった。

『ねえ、今日はドキドキしっぱなしじゃない?』

 意地悪く鏡の私が言う。きっと、二人の事を言いたんだろう。

「誰が? するわけないじゃん」

 つんと空かす様に、視線を逸らす。だけど、横目で見た鏡の私は、真っ直ぐこちらを見て、軽く首を傾げた。

『そう? そうは見えなかったけど』

「うるさいわね」

 切り捨てるため睨みつけ、それでも口元は余裕を見せてみる。だけど……。

『そうやって、すぐに自分の気持ちを否定するの?』

 返される鏡の声。それに頭を振った。

「否定なんかしてない。これが本心」

『本当に?』

 嘘だった。それを向けた相手が自分自身だと言う事もわかっている。だけど、私は否定する。

「本当よ」

『ふ~ん。じゃあ無理ね』

 嬉しそうに笑みを作る鏡。それがとても楽しそうで、私は不満に眉をひそめた。

「何がよ?」

『あなたは一生、自分の感想なんて書けやしないわ』

「私のくせに、私を否定して楽しいの?」

 その問いに、鏡の私は小さく首を傾げつつも、緩やかに曲がった唇が言葉を紡ぐ。

『楽しい? どうかな? でも、素直になれないあなたは、それを文章にすることすらできない。相手と向き合えなくては、心も揺るがないわ』

「うるさい」

『わかっているんでしょ? 自分でも。感想が書けない理由……』

「うるさい」

 これ以上は耐えられない。バスタオルを持つ手に力が入る。さらけ出される心の内――

『恐れては、ダメ』

 その言葉を待たずして、思い切り投げつけた湿りけのあるバスタオルが、鏡にへばり着く。私を、私から遮った。

 自重で洗面台にタオルが落ちる。と、鏡に映っていたのは、肩で息をした“私”だった。


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