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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
22/51

2 小説を読もう


 バシーン! と、考えるまでもなく私の平手が彼に飛んだ。

「ななな、何しようとしてんのよ!?」

 図書室に私の裏返った声が響く。幸い、私たちの他に誰もいなかった。だからだったのかもしれないけど、肩で息をしながら見据えた相手は、頬を押さえつつ、声を上げて笑った。

「ごめん、ごめん」

「何が“ごめん”よ! ごめんで済んだら警察いらない!」

 もう一度言う。それに陣内誠司は眼鏡を押し上げ、私に視線を向けた。表情はまだ笑っている。

「でも、どうだい? 少しはドキドキした?」

「はあ? 何それ? するわけないじゃん」

 断固として否定する。認めるもんですか。口が裂けても言いません。絶対に、ぜ~ったいに!

 そんな私を見て彼は唸る。「う~ん」と観察する様に向けられた視線。それが、私の目で止まった時、陣内誠司の口が動いた。

「そうか、残念。……僕じゃ力不足だったみたいだね。でも、言った事は本当さ」

 そこで語尾を切って陣内誠司は何もなかったかのように、元の席に座った。それが何だか悔しくて、机をバンと叩く。

「そんな事、行動で示すより口で……」

 脳裏に過った彼の唇に今度は私が口ごもる。“口で説明すればいいじゃない”。そう続けようと思ったんだけど、近づく陣内誠司の顔から逃れようともしなかった私自身が恥ずかしく――言えなかった。

「どうしたの」

 追い打ちをかける様な彼の傾げられる首に、私はもう一度机を叩いた。

「ほら、もったいぶらずに、さっさと教える」

 陣内誠司からひとつ溜め息が漏れた。苦笑いも含め、鼻でも笑う彼。そして……

「わかったよ。じゃあ、簡単に――人はどういう時に物語を考えるかって事を考えると、大抵は大きな感情の上下があった時に描く」

 簡単と言っておきながら、簡単じゃない。私はそれに皺を寄せる。

「それじゃあわかんない。もっと簡単に説明してよ」

「そう? じゃあ、例えば……そうだ、自己投影型って聞いたことある?」

「うん。ある」

 正確にいえば聞いた事があるではなく、見た事があるなんだけど――小説について勉強した本に書いてあったのを読んだ記憶がある。簡単に言うなら、作者の欲求を物語に乗せるケースだ。こうありたいとか、こうだったら良いのになぁとか、登場人物に投影して、それを見せる物語構成を敷く。――確か、そんな感じだったかなぁ。

「じゃあ、どうして自己投影型が存在するのか?」

「欲求を満たすためでしょ」

 そう言った私の目に、彼の驚いた顔が見えた。

「へえ、ちゃんと勉強しているんだ」

「茶化さないでよ。で、それがどうしたの」

「ああ、ごめん。――えっと、だから、物語のネタって言うのはそれに準ずるものだと思うわけだよ。自己投影型にしろ、それ以外にしろ、楽しませるためにある。そうじゃなきゃ、読んでもらえないからね。いや、それ以前に、自分が面白いと思えない」

「ほ~」

 つい、声が漏れる。それを満足そうに見返した陣内誠司は、ピンと人差し指を立て、私の前にスウと突き出す。

「じゃあ、自分が面白いと思えるものは何か? って考えると……」

「自分の心が揺れた……。つまり、感動したって事?」

 思った事をそのまま、疑問形にして返す。たぶんこれが言いたいんだろう。

「半分正解」

「半分?」

 予想が外れた事に、不満を覚える。だけど、首を傾げた私へ彼は笑った。

「感動させるためには、その逆も描かなきゃいけないだろう」

「ああ、そう言う事……」

「それに、腹の立つ事や、悲しい事。感情の起伏を描くためにネタがある。つまり――構成があるってことさ」

「なんだか難しそう。私には無理かなぁ」

「う~ん。まあ、ここまで考えないにしても、物語を描くにはエネルギーがいるだろう? その原動力は、やっぱり揺れる心さ。ストレス発散に文章を書く人も少なくないと聞くからね」

「ふ~ん」

 その後、“だから……”と口にしようとしたけど、止めた。彼の行動を思い出すだけで、ドキリとしてしまうから……。だけど、私の代わりに陣内誠司が「だから」と言葉を続ける。

「エネルギーの充電に、心が揺れる経験を積む必要がある」

「だからって、して良い事と悪い事があると思うけど」

 眉を寄せ、語尾を強く言った。それに彼は、ひとつ息を吐く。

「ごめん。二度としない。約束するよ」

 いつもの表情より少し神妙な顔つきの彼。それをじらすように私は、わざとらしく、考えるふりをしてみせた。そして、ふんぞり返って、採決を下す。

「よし。じゃあ許そう」

 まあ、実際には未遂だったし。ね。

「ねえ、でも、充電には心が動く経験が必要って事?」

「確かにね。それは必要だと思うけど、意外と難しいんだよ。おいそれと転がっているモノじゃない」

「じゃあ、どうすればいいの?」

 矢継ぎ早に紡いだ疑問。それに彼は、唇の端を上げて私を指差す。

「簡単だよ。君が書きたいと思っている物があるだろう? それを、読むんだ」

「ああ、読書」



 陣内誠司のアドバイスは“小説を読もう”だった。プロ・アマ問わずとの事だったけど、彼が具体的に言ったのは、“秘密基地”の掲示板で評価・感想の依頼がある“小説家になろう”へ投稿された素人の物語を読もうと言うのだ。

 そして、“なろう”で読んだ作品には感想や評価を付けるようにとも言われた。

「どうしてプロの作品じゃないの?」と、聞いてみた答えは、笑顔ではぐらかされ、ただ一言――「君なら大丈夫さ」

 私の事を買ってくれているのだと思うんだけど、勉強するなら素人より、プロの作品の方が良いんじゃない? そんな疑問を抱きながらも私は、“秘密基地”へとアクセスする事にしたのだ。

 トップページから、評価依頼板へ。ズラリと並ぶスレッドの数々――その中からどれを読もうか悩む。カーソルを動かし次のページへと進んでいく。以前書いた私のスレッドも、この中に残っていた。でも、それがとても昔の事の様に、遥か後ろへ流れていっていた。そんな私のスレッドへ辿り着く。ホントはその前に、いくつか目の引かれるタイトルに誘われて、読んでみたのだけれど……、何ひとつ感想を書けないでいる私がいた。


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