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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
2/51

1 なろうって何さ?

 それは、雨が降り続く六月の事だった。

 月曜日――大学受験が再来年に控えている私は、遊べるのは今しかないと前日に友達を誘ってゲームセン、ファミレス、カラオケと夜遊びフルコースを満喫してしまったのだ。

 そんな私は、睡眠不足の重たいまぶたを必死で引っ張り上げて、朝のホームルームをなんとかやり過ごした。

 周囲で動き出すざわめき。取り残された私。そんな状態が、面倒臭いと、溜め息が漏れた時……

「ねぇ、“なろう”のミズホって瑞穂のこと?」

 特に仲も良くないクラスメイトが私の名前を二度繰り返した。

「え、何が?」

 意味がわからなかった。彼女が私に何を言いたいのか、全くもって意味不明だ。頭が未だ覚醒していないということもあるのだろうけど、“なろう”と言われて、意味のわかる人間がどれだけいるんだよ。主語がないんだって――お前は。

 そんな私の気持ちなんて知る由もない彼女は、いい加減に浮かべた私の笑顔に、騒音とも取れる甲高い声で「だから……」と、説明を始める。

「瑞穂は、“なろう”で小説を投稿してたりしない?」

「は?」

 少し単語が増えた。でも、それだけ。私には何を言いたいのか理解できない。

 読書はしている。もちろん小説だって読んでいる。だけど、書いたことなんて一度もない。むろん、投稿なんて……である。

 それよりも、彼女の口から飛び出して来る“なろう”という動詞はいったい何なんだ。

 私は眠い目を擦りながら、彼女に問う。

「あのさ、さっきから出て来る“なろう”って、いったい何なの?」

 私の問い掛けに、彼女の目が丸くなった。

「え? 知らないの」

 知らないから聞いているんだ。自分が知っていることは、誰でも知っているなんて、どれだけ傲慢なんだ。

 少し私の気持ちが顔に出たのかもしれない。彼女は、「知らないなら、いいや。ごめんね、瑞穂」と、私を拝む様に手を合わせながら踵を返し、「やっぱり違ったみたい」と、仲間の輪へ戻っていった。

 結局、何だったんだ。何が聞きたかったんだ。

 それに、私の質問には答えないのか。

 嗚呼、ムシャクシャする。

 私は寝起きが良くない。寝不足が重なれば、なおさらだ。だから、今、無性に腹立たしい。その腹立たしさを見せつける様に、私は机の上に上半身を投げ出した。

 机に上半身を預けて力を抜くと、睡魔がむくむく大きくなり、すぐにでも熟睡できそうだ。一限目まで、まだ八分ある。このまま寝てしまおうか。それとも、授業が始まるまで我慢するか――どちらにしろ寝るのは確定だ。

 迫り来る眠気に、いつ全てを投げ出そうか思案していると、耳に飛び込んで来た“なろう”の単語。さっき私に声を掛けた、クラスメイトの声だ。

「ミズホの恋愛日記、更新されてたね」

「見た、見た。もう読んじゃった。凄いとしか言えないよね」

「ホント、ホント」

 耳障りだ。頭の中にキンキン響く。ああっ! うっとおしい。

 低血圧で不安定な私の精神は敏感で、触ろうとすれば、爪を立てるノラネコの様になっていた。だから、気にしなくても聞こえてくるクラスの談笑に、いつ牙を剥こうかと身構えていたもう一人の自分を、私は持ち前のやる気のなさで、どうにか抑え込んでいる。

 しかしそれも、もはや限界だと、両手の中に頭を埋め、両耳を塞いだ。



「あ~スッキリした」

 ゆっくり、と言うより、がっつり寝てしまった。気が付けばもう昼休みだ。教室の移動が無かったのが、せめてもの救いかなっと。そうやって、全身全霊を込めて伸びをした。

「瑞穂ぉ、寝過ぎだったよ」

 私を咎める様で咎めない声。その声の主に視線を向けると、ちっちゃいお弁当を持った下村千尋しもむらちひろが立っていた。校則ギリギリの茶色が濃いふわりとしたセミロングに、マスカラで増量されたまつ毛。パッチリとした双眸が羨ましい。美少女……とまでは行かないかな、私の辛口意見では。

 そんな千尋は――“悪友”なんて言ってしまうと、怒るかもしれない。けど、彼女は私の夜遊び先生だ。色々な事を知っているし、頭の回転がとてつもなく速い。私と一緒に遊んだはずなのに、ケロッとした表情から、彼女のタフさも感じる。

 本気で遊べる人間というのは、きっとこんな人間なんだろうね。

「仕方ないじゃん。ほとんど寝てないんだから」

 そう言いながら私は、近くにあった椅子を引っ張り、千尋の席を準備した。

「あ、ありがと。でも、気をつけた方がいいよ。田端も、木佐貫も、川たんだって、結構瑞穂の事見てたから。もしかしたら、生指に呼ばれるかもよ」

 ちょこんと座りながら千尋が言う。

 彼女が列挙した先生名前。田端は数学の担当、木佐貫は英語の担当、川たん――川上先生は、国語だ。ちなみに、田端はデブ眼鏡の男性教師。木佐貫は白髪交じりの女性教師。川たんは、クールビューティ女性教師。男女問わず人気がある。

 最初の二人に、目をつけられているのはいつもの事だけど、川たんに見られていたとなると、少し考えなくちゃいけないな。

 普段は温厚だけど、怒るとめっちゃ怖い。女神“川たん”の堪忍袋は、三回目で切れるらしいから。

 でもまだ、生指に呼ばれる事はないだろうね。

「大袈裟だよ千尋は」

 そう言いながら私は自分のお弁当を取り出す。って言っても、コンビニで買ったパンとサラダ。そしてプリンなんだけど。

「一応、心配して言ってるんだから。素直に“はい”って言えないかなぁ?」

「は~い。はい。以後気をつけますよ~」

「“はい”は一回」

「は~い」

「もう……」

 そう千尋が溜め息をついた。気が付けば彼女のお弁当が賑やかに、その存在を見せつけている。このお弁当はいつも千尋が自分で作っているんだ。嫌いな物が多いからなんて言ってるけど、今日も作ってくるなんて。嫌いな物があるんだったら、私は自分で作らないで、残すけどなぁ。

「でもさ、なんで千尋はそんなに元気なわけ? 私にはわかんないよ。眠くない? 眠かったら寝ない?」

「ん? 眠いよ。でも寝ない。だって遊ぶんだったら、やる事しないと。行動には責任を持たなきゃね」

 割りきってるなぁ千尋。大人だよ、ホント。

「は~、さいですか」

「さいさい。私は遊ぶためだったら何だってやるよ。ばれない様に猫だって何枚でもかぶっちゃうにゃ~ん」と、言いながら千尋はタコさんウィンナーをぱくっと頬張る。

「私は千尋になれないなぁ」

「大丈夫、瑞穂には瑞穂の良いとこあるって」

「ああ、そうじゃなくて、悪代官みたいになりたくないだった」

「ひっど~い。せめて、策士くらいにしてよ。私に太ったイメージが付くじゃん」

「ぜぇええええったい、付かない」

 スタイルが抜群なくせに、そんな事を言うなんて、やっぱり千尋は腹グロだよ。

 それでも、かわいくて、スタイル良くて、頭の回転が速い。それに何でも知っているんだ。神様は何でこんなに不公平なんだろう。

 全てにおいて平均の私には、眩しすぎる。

「どうしたの瑞穂? 食べないの?」

 少し想いにふけった私に千尋が首を傾げた。

「あ、うん。あ、いや、食べるけど」

 そう言いながら私はパンの袋を開けた。今日のパンはアンパンですっと。

 そのアンパンを一口かじり千尋に「そうえば」と寝ぼけた朝の事を聞いてみた。

「千尋は“なろう”って知ってる? 小説の投稿サイトか何かだと思うんだけど」

「“なろう”? う~ん。あ、もしかして、“小説家になろう”かなぁ」

「へぇ~。小説家になれるんだ」

「ううん。なれるんじゃなくて、なろう。色んな人が小説を書いて投稿しているサイトだよ」

 そう言った千尋は、スカートのポケットから銀色の星が付いたストラップを引き出し、二つ折りの携帯を取り出した。

「たまに私も、通学する電車の中で結構読んでる」と、携帯をポチっと操作して、液晶を私の方へ「これ」と見せてくれた。

「へぇ~、有名なんだ」

「有名とは思わないけど、手軽だからね。見るだけだったら会員登録も必要ないし、無料ただで読めるのが魅力」

「じゃ、じゃあさ、その中でミズホって作者知ってる?」

「ミズホ? 知らない。ちょっと待って、検索してみるから」

「うん」と頷いた私は、アンパンをもう一口頬張る。

「あ、あった。あった。はいこれ」

 そう言って千尋が私に携帯を渡してくれた。液晶に並ぶ作品の名前。その中に朝のあの子がいっていた“恋愛日記”も含まれている。間違いなくこのミズホだ。

「これって、私の携帯でも見れるの?」

「えっと瑞穂はソフトバンクだっけ? だったら、ヤフーで検索かけたら出てくると思うよ」

「へぇ~」


 これが私とミズホの出会いだった。いや、“小説家になろう”との出会いだったのだ。


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