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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
19/51

18 価値は誰が決めるもの?


 陣内誠司は眼鏡をはずし、目頭を押さえた。携帯液晶の小さな文字だから、きっと疲れたんだろう。少し後、眼鏡をかけ直すと、真っ直ぐ私を見つめ、口を開いた。

「甘口と辛口、どちらが聞きたい?」

 もし、あの評価が来ていなかったら、私は間違いなく甘口を望んでいただろう。でも、陣内誠司に依頼したのは、ありのまま、そのままの感想が欲しかったから――私の物語の価値を、私が物語を書く価値を、教えて欲しいからだ。

「全部……。全部聞きたい」

 私は彼の瞳を、真っ直ぐ見返した。それに陣内誠司は瞼を一度閉じ、見開く。

「わかった。率直に言うよ」

 彼の喉仏が上下する。そして、唇を湿らせた。

「悪くはない。それが僕の感想。設定は安直だけど、テーマは見えるし、見せようと言った気持が伝わって来る。はっきり言ってこの前の後輩より小説してると思うよ」

 え? そうなの。でも、悪くないってどういう意味?

「それは面白いの? 面白くないの?」

「そのふたつで言うなら、物語は面白い」

 そう言い切った陣内誠司の言葉が、とても嬉しかった。よかった。私の小説は面白かったんだ。嬉しさを握り締める様に、組んでいた指へ力が入る。

「だけど……基本が出来ていないと言うか――粗い。文章にしても、構成にしても、粗いと思う。ちゃんと推敲した?」

「推敲? 何それ? 知らない」

 私は首を横に振る。それに彼は溜め息をついた。

「じゃあ、この小説のプロットを見せてよ。構成を検討しよう」

「プロット? それも知らない」

 そう零した私に、彼の目が丸くなった。口の動きが、声には出さず“呆れた”と、言った気がする。

「じゃあ、この小説はどうやって書いたの?」

「え? サイトの入力フォームに直接ポチポチって……」

「呆れた」

 今度は声に出している。

「何よ、わかんないよ。ちゃんと説明してよ」

「わかった。じゃあ簡単に説明するよ。小説の基本的な書き方という物がある。それがまず守られていない……」

 陣内誠司は、何も書かれていない原稿用紙を私の前に滑らせて、ボールペンを走らせた。

「僕は携帯小説を知らないから、もしかしたらこれが書き方なのかもしれないけど、僕の思う基本の書き方ってのは、まず、テーマを置いて、それを表現する設計図を引くんだ」

 起承転結・序破急――そう書かれた原稿用紙。

「これがプロット。頭の中で保存する人もいるけど、記録として残した方が、伏線の扱いもわかりやすい。でも、君の場合、脳内で大筋はできていたのかもしれないね」

 それぞれの文字が、線で結ばれていく。

「今度はそれに沿って、文章に起こす。その時、文頭を開ける事や、三点リーダ、ダッシュの偶数使用。“てにをは”の重複だったり、感嘆符や疑問符の扱いなどをチェック。言い回しとか、比喩の矛盾。設定の矛盾も一緒にね。それが推敲だよ」

「ちょっと、そんないっぺんに言われても……」

「つまり、基本が出来ていない」


――もっと基本を勉強しろ――


 あのコメントが私の心を蝕む。少し上に向きかけた思いが、下降線を描いた。

「だけどさ、そんな細かい所誰も見てないよ」

「バカ言っちゃいけない。これらはやって然るべき事なんだ。だから、誰も見ない」

「でも、ネットじゃ……」

「ネットはネット、君は君だ。基本を知っているのと知らないのとでは、意味が違う。価値も違う。もしかしたら、ネットで書いている人は基本を知った上で、ネットに合わせた表現をしているんだろう」

「だったら、私のも……」

「応用を真似ても、それ以上の発展はないよ。それに、これが完成形とも思えないし、たぶん君の描いたイメージが、全て文章に載せきれていないんだ」

「そんな事言われても、わからないよ」

 良かれと思ってやっていた事――ううん。違う、それは言い訳。私が、知らなかっただけだ。

「伝わらないと言う事さ。君が思っているほど、文章を媒体にした物は相手に伝わりにくい。だから、もっと文章能力を磨く必要があるね。そうすればこの物語は“小説”になる」

「そう……」

 視界が少しぼやける。衝撃だった。やっぱりだ。

「言っただろう。物語は面白いって。僕の言った物語“は”の意味はそう言う事さ」

「ダメじゃないって事……?」

 そうは言ってみるけど、悔しい。彼の言葉――その裏が見えてしまったから、私は頬笑むしかない。

「そうだね。これはまだ、推敲の最中って事。言うなれば原石だよ」

 微笑み返してくれる彼――その言葉で、あの凶器が凶器でない事がわかった。陣内誠司も同じ事を言っている。言い方は違うけれど、意味は同じだった。私には、絶対的に知識が足りない。原石を磨きあげる能力が足りない。そう言う事なんだ。

 きっと、酷評をくれた人には、私の伝えたい事が伝わらなかったんだ。だから、“つまらない”“面白くない”“情景が浮かばない”“何が言いたいの”と書いたんだ。そのために“勉強しろと”“上手くなれと”言いたかったんだ。

「やさしいね……。陣内君」

「そうかな。結構厳しく言ったつもりだったけど」

「ううん。ちゃんと言葉を選んでくれた。私の思いを摘み取らない様に……」

 本当は泣き出しそうだった。自分の実力をわかってしまったから。まだ、私は物語を描けても、“小説”を紡ぐ事が出来ない。それを認識してしまって、今まで自惚れていた自分を笑いたくなった。

 そんな私に、陣内誠司は微笑みながら言う。

「ねえ、もう一度聞いていいかい?」

「何を?」

「図書室で聞けなかった事さ。――君は、どうして小説を書くの?」

 私が小説を書く理由――それは、あの日思った事がきっかけ。……だけど、今は違う。“なろう”で感じた事が――それが、私の小説を書く理由。

 足りない所は補えばいい。勉強すればいい。だけど、この理由がなければ私は原石すら完結させられていなかっただろう。だから、これが、私の根幹。

 私は、顔を上げて、胸を張って、その事を口にする。

「決まってるじゃない。楽しいからよ」

 声が震えた。でも、陣内誠司はそれを真っ直ぐ見詰め「だよな」と一言、深く頷いた。


 今の私は、そう思えていないのに……


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