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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
18/51

17 決戦は土曜日


 私は悪夢を見た。保健室からお兄ちゃんにお姫様だっこされ、校内練り回しの刑に処せられる夢だ。いや、あれは現実に起こった悪夢だった。

 嫌でも目立つお兄ちゃんの容姿に、だっこされた私が目立たないわけがない。両隣りにいた千尋や、川たんだって、きっと霞んでいただろう。

 そんな状態で未だ生徒が残る校内を練り歩かれたら、私は良い的だ。嫌でも道を譲る生徒たちが、擦れ違いざまに色々と言っているのが聞こえた。

「誰? あの人? モデルの人?」

「何だ、あのフォートレスは? 近づけない」

「あんな人に、お姫様だっこされてみたいなぁ」

 ひそひそと聞こえる生徒たちの声に、私の体温は限界を突破したに違いない。

 それより、もう、学校行けないよぉ……



 そんな悪夢にうなされながら、私は昼頃目が覚めた。体の調子もだいぶ良い。もしかしたら、昨日の限界突破が功を奏したのかもしれないと、少し思った。

 それでも汗ばんだ被服が気持悪く、私は軽くシャワーを浴び、私服に着替えた。外はまだ寒いだろうと、少し厚手の装いだ。

 財布と携帯をポケットに入れると、一度、姿見で確認してみる。変な所はないかな? って、何やってんの私。別に、図書館へ行くだけでしょうが。

 フンと一息。クローゼットを開け、フードファーの付いたALPHAのジャケットを取り出した。その時視界に、明るい黄色のコンコルドクリップ(髪留め)が映る。

 瞬きを三回……。

「まあ、これくらいならね」

 そう零しながら、私は髪を少し横へと流して、耳の上で留めた。



 外に出るとお兄ちゃんのオデッセイがなかった。どうりでエンカウントしない訳だ。空は雪のチラつきそうな曇天。私はマフラーを巻きなおし、図書館へと向かった。

 バスを乗り継ぎ、まばらな人の間を抜け、公園の遊歩道を進む。吐く息が白くなった。公園に隣接する市立図書館――けして大きくはない。でも、それなりに外観はしっかりしていた。一陣の風が抜けると、公園の木々がざわめき、寒風が頬を撫でる。目を閉じて、私は立ち止った。

 ドキドキする。それを吐き出してしまえと、冷たい空気を吸い込み、一気に吐き出す。自分が望んでいる事だ。リスクは負わなければならない。でも、ポケットの携帯を持つ手が汗ばむ。

 図書館の駐車場を抜け、入り口の自動ドアをくぐった。

 温かい。マフラーを取り、ジャケットを脱ぐ。それを手に掛けながら、私は陣内誠司を探した。白く滑らかな床を歩く度、足音が鳴る。書棚の間を抜け、私は読書スペースを目指した。パーテーションで区切られた場所――そこでは長い木製テーブルが設置され、同製の四角い椅子が整然と並んでいる。そして、その中に彼がいた。

 相変わらず、原稿用紙と、参考書に埋もれている。ここで声をかけても気が付かないだろうと、私は隣に腰かけた。そして……

「陣内君」

「ん?」

 彼の視線がこちらに向いた。だけど少し、瞬きが多い。

「どうしたの? 約束通り来たわよ」

「ああ、ごめん。でも、ホントに体大丈夫?」

「うん。問題ないよ」

「そう、よかったね」

「うん……」

 頷いたまま下を向く。

 なんだか会話がたどたどしい。そんなつもりはないのだけれど、私からは、少し言い出しにくい。私が纏う空気を読んでくれたのか、陣内誠司が本題に触れた。

「それじゃあ、さっそく見せてよ。君の書いた小説」

 その言葉に私は、ポケットから携帯を取り出し、“なろう”へアクセス。“読もう”から自分の小説を検索し、目次まで――そこで、彼に渡した。

「え? 携帯? この中に入ってるの?」

 私は黙って頷く。それに首を傾げ、陣内誠司は液晶を見た。

「ああ、携帯小説。それなら昨日アドレス言ってくれれば……」

「言う前に、帰ったんでしょ」

 語尾に重ねた。それに目を丸くした彼が、含み笑うと、息を吐く。

「そうだったね。ごめん。じゃあ読ませてもらうよ」

「報告はいいから、早く、読んでよ」

「はいはい。ちょっと待ってて」

 それを最後に、陣内誠司は口を噤んだ。鋭い眼差しが液晶に向けられている。それを見つめながら私は、ジャケットの下で指を組んだ。汗ばみ、ぬるりとする。

 私の小説はだいたい四万文字――“なろう”の計算では、読了まで約八十分。

 私はずっと黙っていた。

 静かな空間。

 動かない景色。

 時計が刻む秒針と、彼のボタンを押す音が、私の鼓動を速めている。

 そんな事から、何度も唾を呑み込んでいたけど、喉が渇いて、もう、唾も出ない。

 実際よりも引き伸ばされて、長く感じた時間。それが終わると、陣内誠司は携帯電話を机の上に置いた。


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