表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
17/51

16 迷走三重奏 下


 千尋を見送った手を、掛け布団に乗せる。はあ、静かだ。と思った時、保健室の扉が開く音がした。早すぎ千尋。ボルトもびっくり世界記録。と、思ったけれど、違った。保健室に入って来たのは、陣内誠司だ。

 彼は、私のベッドに歩み寄ると、一度私の顔を見て、口元を緩めた。

「大丈夫そうだな?」

 そう言いながら、彼はこちらにペットボトルを差し出してくれた。それに、私はゆっくり上体を起こす。

「もう、授業終わったの?」

「ああ、もう放課後。ほら、水」

 再度伸ばされた腕。もうそんな時間のかと思いながら、私はペットボトルを受け取った。冷やりとする。それが火照った掌の中でキラリと光った。

「あ、ありがと」

 冷たくて気持がいい。もう片方の手も添えた。そんな私に陣内誠司は眉をひそめる。

「飲まないの?」

「ううん。もう少しだけ、持ってる」

 それに「ふ~ん」と喉を鳴らした陣内誠司は、一度息を吐き出すと、軽く手を挙げた。

「そう。じゃあ、僕はこれで……」

 踵を返そうとする。それを私は呼びとめた。

「ちょっと待って」

「何?」

 確認したい事があった。それは、私が倒れた時の記憶――そこには、彼がいたはずだ。

「私を助けてくれたのは、陣内君?」

「違うよ。僕じゃない」

「え? 違うの?」

 お礼を言わなければと思っていたのに、違うの?

「だったら、誰?」

「知らないよ。僕は君が熱を出して倒れたって聞いたから……」

 と、そこで彼の言葉が濁る。視線がそっぽを向いた。継ぎ足されない言葉を、私はからかう様に付け足す。

「お見舞いに来てくれたんだ」

 掌で輝く水へ視線を落とし、私は小さく笑う。

「はは、ありがと」

 私が最後に見た陣内誠司の眼鏡――あれは幻想だったのかな。私が無理して学校に来た理由。それが、無意識に具現化されたのかもしれない。

「ねえ、ひとつお願いがあるんだけど」

「何?」

「私の小説――読んでくれないかな?」

 “小説”と言う単語に陣内誠司に眉がピクリと動いた。

「あれ、もう心変わり?」

「ちょっとね。わからなくなったんだ。私の書いた小説が、面白いのかどうなのかって……」

 そう零れた私の心。陣内誠司はひとつ頷くと、笑いながら言った。

「小説を書いてると、誰でもある事だよ」

「でもさ……」

 本当にわからなくなってしまったんだ。小説を書く面白さも、楽しさも、そう言った物全てが……。

 理由を知りたい。原因を知りたい。価値を知りたい。

「いいよ。読ませてよ。僕の感想でいいなら聞かせてあげられる」

 そう言いながら、陣内誠司はパイプ椅子を持ち出し、ベッドの脇に腰掛けた。

「で、その小説――原稿はどこ?」

 その言葉に私は携帯を探す。でも制服のポケットには入っていなかった。教室に置いてある鞄の中だ。

「今は、ないの」

「そう、じゃあ、休み明けの月曜日、放課後図書室にいるから……」

「でも……」

 できるだけ早く読んで欲しい。聞かせて欲しい。そうでないと私の心はそれまで、このままの様な気がする。

「わかった。僕は明日、市立図書館にいるから、もし、体調が良くなったら持っておいでよ」

 そう言いながら立ち上がる陣内誠司。

 待って。違う。携帯電話さえあれば、読んでもらえるのに。

「陣内君」と声に出した所で、保健室の扉が開いた。

「瑞穂ぉ。アクエリオン買ってきたよ」

 千尋だった。それに気が付いてか、陣内誠司はジェスチャーで“じゃあ”と告げると、何もなかった様に、千尋と擦れ違う。意外な来訪者へ彼女の視線が向いている隙をみて、私はお見舞い品を後ろ手に、枕の下へと隠した。

「ありがとう。千尋」

「はい、アクエリオン」

 差し出された青いペットボトル。それを受け取る頃に、扉が閉まる音がした。

「ねえ、瑞穂。さっきまでいたの、同じクラスの子じゃなかった?」

「うん。同じクラスの陣内誠司。保健室の先生に用があったんだって……」

 嘘をついた。なんだか千尋に後ろめたかったから、咄嗟に出てしまった。

「ふ~ん」と千尋が私の目を見る。

「な、何?」

「ううん。何でもない」

 そう言って笑う千尋。私、何か変な事言っただろうか?

「と、それより瑞穂のお兄さんが迎えに来てたよ。先生に案内されて瑞穂の荷物を持ってくるって」

「え? どうして? 誰か連絡したのかな?」

「そりゃあするでしょ。学校で倒れちゃったら……」

「そりゃあ、そうだけど……」

 嫌な予感しかしない。



 そして、予感は的中した。

「瑞穂ぉ! 今すぐブラックジャックに診てもらう。お兄ちゃんはいくらでも出すぞぉ!」

 黒いスーツと外套がいとう――自分でそれに似た格好をしているお兄ちゃんが、目一杯叫んだ。それに私も叫ぶ。

「まず、自分の頭を診てもらえ!」

 保健室まで案内してくれたクールビューティ川たん含め、その場にいた全員が引いてしまったのは、書くに値しないかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ