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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
16/51

15 迷走三重奏 上

 次の日なんとか私は、体を引きずる様に学校へ行った。タイミングの悪い事に生理も重なって最悪と言える。心もまだ、あの衝撃から立ち直れていない。もちろん授業も上の空だ。頭の中に巡るのは、撲殺凶器。理由が示されていなかったから、一方的な闇打ちだ。ホントに、理不尽だと思う。

 でも、違うかもしれない。それが本当なのかもしれない。他の人たちが、初心者の私に優しかっただけなのかもしれない。現に、その優しい中で指摘された部分は、その通りだと思えるのだ。つまり、穴がある。それを繋げれば、最後の凶器に至るとしても不思議じゃない。

 私は、本当の事が知りたい。自分の書いた物語の、価値が知りたい。

「瑞穂……、大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 お決まりのランチタイム。私は、ウィダーインゼリーを咥えながら、私を気遣う千尋に、笑って見せた。やっぱり、千尋には元気がないのを見抜かれる。

「でも、今までの“あの日”よりずっと辛そう」

 顔を近づけて千尋が囁く。彼女には朝、心の面で嘘をついた。心配されるのが目に見えていたから、簡単な嘘だ。本当の理由を言わなくても、千尋に原因を伝える事が、気遣いを少なくできるだろう。なんて思ったのだが、いつものそれより私は重症の様だ。

「う~ん。薬効かないのかな」

 とぼけて見せる。

「瑞穂はバファリンだった?」

「ううん。あれ、優しさが半分入ってるのに、全然効かないの。だからいつも、お母さんからロキソニンを貰ってる」

「それが、効かなくなったって事?」

「どうだろう……、わかんないや」

 本当にわからない。おなかの痛みも、心の痛みも、頭がボーっとして、もうゴッチャゴチャだ。

「だったら、私の呑んでみる?」

 そう言って千尋は自分の鞄からピルケースをそのまま裸で持ってきた。そして、私の掌に白い錠剤を、二錠渡してくれる。

「あ、ありがと」

「ナロンエースだから、たぶん効くかも」

「じゃあ、ちょっと呑んでくる」

 ふらりと私が立ち上がる。その姿を見て「一緒に行こうか」と千尋が私を支えてくれた。そんな彼女に精一杯の笑顔を向け「大丈夫、私は死なないわ」なんて、首を横に振って見せる。それを千尋は笑ってくれた。そして、そっと手を離しながら囁く。

「無理したら駄目だよ。もし効かなかったら、一緒に帰ってあげるからね」

 それでずいぶん楽になった。不思議だ。もしかしたら千尋は魔法使いなのかもしれない。……なんてね。



 水を求めて私は歩く。ひんやりとした廊下。そこをトボトボ俯きながら進む。この学校に蛇口は少ない。トイレの水で呑むなんて考えられない。だから私は、冷水機を求めた。

 いつも使う冷水機。それは階段の隣。そこまで歩いて、錠剤を口に含む。そして、冷水機のペダルを踏むと、出てくる水を受け止めた。

 冷たい。歯にも沁みる。でもそれで私は薬を呑み込んだ。

 唇に残った水滴を手の甲で拭う。ふう、とひとつ息が漏れた。

 薬はすぐに効く訳じゃない。でも、なんだか少し楽になった。

 その時、ふと背後に気配を感じる。ああ、順番待ちね。と、横に擦り抜けようとした私の腕に、腰に、誰かの手がかかった。

「どうした? 大丈夫か?」

「へ?」

 よく見ると、天井が目線の先にある。おかしい。私、なんで横向いてるの?

「おい、しっかりしろ」

 聞こえた言葉。そこに視線を向けると、私の顔を覗きこむ陣内誠司の眼鏡があった。

「あれ?」

 もしかして、私倒れた? それを陣内誠司が受け止めてくれたのかな? わかんないや。私、わかんない。頭が回らないよぉ。

 閉じそうな瞼の隙間。彼の掌が私の額に添えられるのが見えた。大きな手が触れる。それが、冷たくて、気持ちいい。

「凄い熱じゃないか」



 気が付くと、消毒薬の臭いが鼻につく。どうやら私は保健室のベッドにいた。額に何か貼られている様な感覚。たぶん、冷えピタだろう。

「気が付いた?」

 優しい声に首だけ回す。ベッドの脇。そこに、千尋が座っていた。

「千尋……」

「良かった。瑞穂が倒れたって聞いたから、飛んで来たんだよ」

 ああ、やっぱり私は倒れたんだ。意識を失う前、そこには陣内誠司がいたと思った。最後に彼が言った言葉を思い出すと、どうやら私は三重苦だったんだ。昨日、あのまま寝ちゃったのがいけなかったんだろうね。

「ありがとう。……ねぇ千尋?」

「何?」

「私をここまで運んでくれたの?」

「ううん。たぶん運んだのは先生だと思う」

 軽く首を横に振り、千尋が言った。わからないんだ。誰が運んでくれたのか。

「誰だろう? お礼言わなきゃ」

 そう言って私は、上体を起こす。まだ、体がだるい。でも、動けないほどじゃない。そう思っていたのだけれど、千尋が慌てて私をベッドに押し倒した。

「ああ、ダメだって。まだ寝てなきゃ。お礼は元気になってからでも大丈夫だよ」

 茶色い髪が目の前で揺れる。甘い香りが、私の鼻をくすぐった。影になった千尋の顔には、私を心配する色が濃く見える。それに、言っている事はもっともだ。

「そうか、そうだよね」

 再起動を諦めたのが伝わったのか、千尋がベッドから降りる。そして、話題を切り替えた。

「ねえ、喉乾いてない?」

「あ、うん。乾いてる」

「私買ってきてあげるよ。何が飲みたい?」

 いつもだったら、“いいの?”とか“わるいよ”とか言うのだけれども、今日は少し甘えよう。と、私は頭の中へ自動販売機を浮かべる。昨日はコンポタが飲みたいと思ってたけど、今は無理。ごめんコンポタ。また今度。今は水分補給にぴったりのアイツがいい。

「アクエリオン」

「はいはい、アクエリアスね」

 千尋が軽くたしなめながら歩き出す。でも、私がふざけた事で、安心してくれたかな。表情が緩くなっていた。彼女は入口の扉を開けると、半身だけこちらに向け、ビシッと釘だけ刺していく。

「ちょっと元気が出て来たからって、どっか行っちゃダメだからね」

「行きませんよぉ」

 語尾を情けなく延ばしつつ、小さく手を振り千尋を見送る。私のほかに誰もいなくなった保健室は、ストーブの上でヤカンがカタカタと音を立てていた。


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