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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
13/51

12 現実の落とし穴


 朝起きるとさっそく掲示板を確認。すると、何人かの人が、評価を付けてくれると書き込みをしてくれていた。それに“お願いします”とコメントを返していると、その中に[相互評価しませんか?]なる文言があった。つまり、お互いに評価をしあいましょうと言うのだ。そうだよね。ギブアンドテイクだ。私は何の疑いもなく、“こちらこそお願いします”と書きこんだ。

 そんな事もあり、今、私はせっせこ相互評価をするため、その人の小説を読んでいるのだ。

 暖房の効いた学校の昼休み。教室でポチポチ携帯を弄る私のおでこへ、突然パチンと衝撃が走る。

った~い」

 おでこを押さえながら慌てて視線を液晶から正面に移すと、中指に息を吹きかける千尋の姿があった。

「何するのさ、千尋?」

「何するの? って、もうすぐ昼休み終わるよ。瑞穂何も食べてないじゃない。大丈夫?」

 そうやって示された先には、鞄から机の上に出したままのクリームパンとプリンが“食べないのかよ”と睨んでいる。

「あ……」

 と声を出した瞬間、チャイムが鳴った。

「ほら、ね。ランチタイム終了~」

 千尋が自分の弁当箱を包み直しながら、笑う。手際良く椅子を元に戻し、私の前でくるりと回って見せた。私を嘲笑うかの様にスカートが軽く広がる。

 酷い。こんなギリギリになるまで教えてくれないなんて、千尋の意地悪。

「なんで、もっと早く教えてくれなかったの?」

 何気なく出た言葉だった。でも、千尋の笑顔は真顔に変わる。ズイと寄る彼女の顔。鋭くなった目つき。それに息を呑んでしまう。空気が変わった……。

「なんで? わかんないかな? 瑞穂だからはっきり言うけど、今日の瑞穂あんまりだよ」

 強く、厳しい言葉だった。音量もいつもより大きい。怒っているんだ。少し早口になる千尋。それも彼女の気持ちが高ぶっている時の癖だ。

「一緒にご飯食べようとしている時ぐらいさ、携帯やめなよ。私が話しかけても、曖昧な返事ばかり。それって酷くない? 瑞穂がどうして携帯を見ているか知らないけどさ、目の前に私がいるんだよ。それ、わかってやってるの!?」

 最後の言葉が突き刺さる。冷静に考えれば、酷いのは私だ。

「それにさ……」と続きかけた千尋の声に私は、慌てて言葉を被せる。

「ごめん……。千尋の気持ち考えてなかった」

 沈黙が流れた。周囲のざわめきが妙に大きく聞こえる。唇を噛んで後悔しても、もう遅い。見上げた先、千尋の表情は未だ強張ったままだ。

「ホント、ごめん」

 もう一度謝る。だけど沈黙は続いた。そんな私たちの間に、人影が割り込んでくる。その人物の顔に、私は声を上げそうになった。そこにいたのは、あの陣内誠司。縁のない眼鏡はそのままだだったけど、髪の毛にワックスか何かで、後ろに向け流れが作ってある。

 そんな彼は視線を左右に振りながら、私と千尋の顔を覗きこむと、一度唇を湿らせ、千尋に向かって口を開いた。きつくなく、どこか諭す様に……

「下村さん。宮崎さんも謝ってるし、どうかな、仲直りとか……」

「あんたに……」

 千尋の鋭さが増した。だけど、それ以上は言わない。代わりに表情を緩め「ごめん」と零した。

「別に気にしない。僕のおせっかいだったんだし。当然だ」

 と、陣内誠司が笑って見せる。

 それに千尋はひとつの溜め息と一言を残し、スカートを翻した。その姿に呼び止めようと差し伸ばす腕。だけど、声が出なかった。離れていく千尋の後ろ姿――それがなんだか少し、少しだけ遠く感じる。ううん。遠くなってるんだ。離れていくんだ。心が締め付けられて、苦しい。耐えきれない。堪え切れない。――込み上げてくる寂しさに、私は胸の前で両手を握り締めた。

 そんな視界の隅で陣内誠司が怪訝な顔を作る。

「なんでケンカしたの?」

「あなたには関係ないでしょ」

 睨みつけ、当て付けとばかりに言い放つ。それに彼は肩をすくめた。

「その言葉、寂しいね」

 そう言って吐き出した息は、深く、私の心にふたつ目の後悔を生んだ。

「ごめん……」



――少し考える。

 それが千尋の残した言葉だった。その意味をずっと考えながら午後の授業が終了する。

 放課後、すぐさま私は千尋を追った。謝るためだ。もう一度、しっかり謝りたい。

 だけど、千尋は私を避ける様に早足で教室を出たところだ。私は廊下へ飛び出し千尋を探す。

 見つからない。あれほど目立つ茶色い髪が、全然見えない。

 心当たりを探す。まずは下駄箱――いない。千尋が愛用するこげ茶のローファーはまだあった。私は、スカートを振り乱し、階段を駆け上る。

 二段飛ばし。足が悲鳴を上げそうだった。でも、私は止まらない。

 もし、千尋がひとりになりたいと思うなら、きっとあそこだ。

 三階の廊下を走り抜け、非常階段へとつながる扉を押し開ける。ここだけが鍵の掛かっていない扉だと、千尋から教えてもらった。風にも煽られ勢い余った扉が限界まで開く。大きな音を立てた。だけど私は気にしない。

 塗装が剥げかけ錆の浮く階段をカンカンと上へ。目指すは屋上。そこにきっと……

 屋上への立ち入り、私たち生徒は禁止されている。理由は簡単遊びで登ると危険だからだ。老朽化した金属柵が周囲をぐるりと囲んでいるだけ、乗り越えようと思えば簡単な柵しかない場所だけに危険なのだと言う。だけど、私と千尋にとってこの場所は特別だった。

 あれは、入学してすぐの頃だ。私と千尋は同じクラスにいながら、同じ様な存在だったのだ。それは……

 独りぼっち。

 クラスで浮いていた存在だった。高校デビューの失敗が私の理由。見えを張った行動がクラスの空気に弾かれた。千尋は見た目に対する嫉妬が原因だと思う。茶髪で美人。男子受けの良い外見が女子の嫉妬を生み、無視が始まった。男子も最初の頃は気にしていなかったけれど、告白の度に断られる現実に、次第に避ける様になった。

 千尋自身何も悪くない。だけど独りになった。その時だ、千尋が私に声をかけてくれたのは。

「宮崎さんだったよね」

「そうだけど、なに?」

 無愛想な会話だったと思う。私らしく、千尋らしくない会話だ。それがきっかけ。その時から私たちは友達になった。その時は教室にいるのが嫌で、そこを抜け出しては愚痴を零していたのが、ここ、屋上だ。

 もし、千尋があの頃を思い出してしまったのなら、間違いなくここにいる。



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