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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
11/51

10 感想の価値

 陣内誠司は話さない。ただじっと、私が読み終わるのを待っていた。無言の圧力と言うか、それを受けて、急かされる様に読み進めた。

 所々で引っかかる。誤字だ。その横には丁寧に付箋が付けられ、訂正がされていた。それで脳内の変換。でも、少し足りない。言葉では説明できないけど、物足りないのだ。

 ストーリーは簡単。さえない男の子が、美少女の幼馴染と日常を過ごし、ひっつきそうで、ひっつかない展開だった。時折特定のアニメで使用されたセリフ、使われる言葉にクスリとする事もあったが、基本的にもどかしい。そう思う。

 でも、この小説を、この陣内誠司が書いたの? やっぱりイメージと違う。

 そう思う度に、チラリと彼の表情を覗く。だけど、彼の反応は薄い。無言で、微動だにしない。その都度私は、首を傾げて文面に視線を戻した。

 物語は進む。けど、やっぱり戻る。登場人物が増えた。また美少女だ。でも、そこで原稿用紙がなくなった。

「え、ここで終わるの?」

 不満。それに、声が出る。

「だよな」

「ほへ?」

 今まで沈黙を守っていた陣内誠司が深く息を吐いた。その意味がわからず。変な声が出る。それを聞いていない彼。私の手から原稿用紙をスルリと抜き、トントンと、端をそろえた。

「他にある?」

「え?」

「他に感想は?」

 真面目な顔。そんな彼に、なんて言おう。本当の事を言ってしまおうか。でも、言えない。きっと彼は傷つく。私なら、立ち直れないかもしれない。

「面白かった。特にアニメのネタが面白いよね。私思わず笑っちゃった」

 嘘じゃない。誇張しただけ。こう言えばきっと、喜んでくれる。だけど、彼の反応は、私の想像と違った。眉をひそめ、唇を噛む。そして唸った。

「そう、なのか……」

「え? 私変な事言った?」

「いや、そうじゃない」

 私の問いに、彼は軽く否定すると、もう一度唸る。そして、ブツブツと原稿用紙に目を通し始め、最後に首を傾げた。

「価値観の違いか」

 彼の結論なのだろうか。零れ出た言葉。それに私は問い掛ける。

「どういう事? 全然わからない」

 私の言葉に、陣内誠司はひとつ息を吐いた。

「実は、この小説――文芸部の後輩が書いたものなんだ。それの感想が欲しいと渡されたんだが、僕にはこの小説の良さがわからない」

 なんですって!? と、驚いてみたけど、ああ、やっぱりなんて、心の隅で思う。イメージが違いすぎた。貼られていた付箋はチェックを入れた後だったんだ。辞書なども、知らない言葉の矛盾を確認するため。

 行き詰った所に、都合良く私が覗いていたんだろうね。

「そうなんだ」

「君の感想を貰って、揺らいだ。もしかしたら見様によっては、面白いのかも? って。難しいな。書評と言うのは、本当に難しい」

 自分に言い聞かせる様、彼は“難しい”を繰り返す。それに私は、右手を挙げた。

「あ、のさ、参考までにでいいんだけど、陣内君の意見はどんなの?」

「僕の名前、知ってるの?」

 今までで一番はっきりとした驚きだ。同じクラスメイトだろうに、知らない理由を探すほうが難しい。

「まったく……クラスメイトでしょう。陣内誠司君」

「え? ……あ! いつも下村さんと一緒にいる」

 溜め息だ。私はいつも千尋のおまけ――でもいい。どうせ私はそんな存在だから。それよりも、話が逸れた。

「そうよ。それより、あなたの意見」

 強めに言った。それに彼は、「ああ、ごめん」と原稿を指す。

「はっきり言って、面白くない」

「また、はっきりと……」

「仕方がないよ。誤字が目立つ文章に、矛盾した比喩。ストーリー以前の問題――それもあるけど、展開が理解できない。ただの日常を書いても、何が言いたいのか見えない。伏線も回収されていないし、投げっぱなしだ。完結が成されていない時点で、アウトかとも思うね。君が言う様に、アニメのセリフか何かを織り込んであるのだろうけど、知らない僕にはわからない事だ」

 淡々と正論を繰り出す彼。それに私は腹が立った。確かに言いたい事はわかる。だけど、だけど……

「それを、そのまま相手に伝えるつもり?」

「当然。後輩が僕に見せてくれたと言う事は、それを望んでの事だろう。真摯に応えるのが僕の役目だ」

 それも正論。だけど、それは違う!

「あなたも、書き始めの頃は、こうだったんじゃないの? 書きたい思いを文章に乗せて、誰かに読んでもらいたいって。そう思ったんじゃないの? 見ればわかるじゃない。まだ、未熟な文章だって。それなのに完全に拒絶するなんて間違ってる! 書きたい気持ちを摘み取るなんて間違ってる!」

 つい、声が大きくなっていた。余韻が少し、室内で反響している。それが沈黙に上塗りされた頃、陣内誠司が、口を開いた。

「僕に、馴れ合いをしろと?」

 冷淡な言葉。やっぱりイメージ通りだ。

「違う。それは違う。言い方があるって事。相手を見て言葉を選ぶって事。そのまま言えば、もしかしたら、後輩――小説書くの止めちゃうよ。それでもいいの?」

 彼の視線が鋭く、そして切れ上がる。

「そこまでだったって、事だろう。後輩の意志が弱かったって事だ。僕なら、それを力にするね」

「バカじゃない! みんながみんな、自分と同じだって思わないでよ。相手の気持ちがわからないで、面白い小説が書けるもんですか」

「お前に、いったい何がわかるんだよ。どうせ、漫画しか読んでないんだろう」

「わかるわよ! 私だって小説書いてるんだから!」

 絶句。陣内誠司の言葉が返って来ない。でも、今までの叫び声が、残響となって室内に充満していた。

 それが消え整然となる。私の頭が冷静になった時、自分の言葉に、目線を伏せた。


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