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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
10/51

9 文字に囲まれた出会い


 図書室の扉をガラリと開く。私の予想通り暖房が効いていた。静かな空間。そこには備え付けの机へ陣取る先客がいた。

 扉の音に反応して、視線が交錯する。ビクリとなりながらも、負けじと私は見返した。

 視線の主は、ある意味有名なクラスメイトだ。細くサラリと少し伸ばしたままの髪。細身の体は文科系。それに、どこか取っ付きにくい雰囲気があって、浮いた存在の陣内誠司じんないせいじ。彼は、自らそれを望んでいるかのようで、私には理解できない存在だった。そんな彼の鋭い眼光が、縁のない眼鏡の奥から一瞥を終えると、机に広げた原稿用紙へ落とされて行く。

 よく見ると、傍らには二冊の分厚い本が積まれていた。辞書? 辞典?

 その陰で動く陣内の右腕。ペンが動いたと思えば、原稿用紙を睨みつけ、付箋をはがして貼り付ける。辞典をめくり、指でなぞっては、付箋へ文字を書き込んでいた。

 もしかして、彼も……?

 と、思った時、私の視線を察してか、眼鏡が再び私に向いた。

「悪いけど、扉。閉めてくれる。寒い」

「あ、ごめん」

 違ったみたいだ。でも、彼の言葉に慌てた私は勢い良く扉を閉めてしまう。

 バン。と音が鳴った。それに、彼の視線が鋭くなる。

「静かにしてくれる」

「ごめん」

 そう言うと、彼の視線が元に戻った。私は一つ溜め息。そして、彼を横目に前を通り少し離れた席に着いた。携帯を取り出し、“なろう”へのアクセスを開始する。下書きを開いて、見直し、見直し。

 沈黙の中、私の携帯のボタンがカチカチ音を鳴らす。陣内誠司の紙を扱う音が、時折その隙間から流れていた。

 一通り見返してみたけれど、誤字も脱字も見つからない。さすが私。しっかりできてるなぁ。

 自画自賛。そして、あとがきを打ちこむ。感想が来る事を祈り、完結の設定。

 願いを込めて投降した。

 そこでパタンと携帯を閉じる。息を吐き出し、達成感に酔いしれた。

 飽き症だった私が、ここまで小説に打ち込むだなんて思っても見なかったと、自然に嬉しさが込み上げてくる。もし、陣内誠司がいなければ、間違いなく叫んでいただろう。

 物語を書くって面白い。そして楽しい。それを“なろう”は教えてくれた。

 余韻が胸を躍らせる。それを楽しむ様に瞼を閉じると、さっき見直した情景が浮かんだ。我ながら上手くまとまったと思う。だからきっと、読んでくれた人は感動してくれるに違いない。

 なんて、静寂の中で広がる妄想。嬉しさがつい口元に出てくる。それを隠す様に掌で押さえ、視線を泳がせると、陣内誠司が唸り声を上げていた。

 何を唸っているんだろう? と、彼の視線を追えば、原稿用紙に向けられていた。持っているボールペンの尻が、彼の頭髪に出たり入ったり。それが付箋に伸びると、くるりと回り、コツコツと机を鳴らした。

 もしかして、行き詰っている?

 席に着く際、チラリと覗けた原稿用紙には、縦書きで沢山の文字が並んでいたのだ。

 間違いなく、あれは小説だと思う。

 それを考えると、私の好奇心が顔を覗かせてきた。

 どんな小説を書いているんだろう。あの陣内誠司が書く文章っていったい……


 見てみたい。



 原稿用紙に書かれていたのは、やっぱり物語だ。上下逆からだから、読みづらいけど、間違いなかった。少し丸みを帯びた文字が、文章となって並ぶ原稿用紙。その端っこには、文字の直線が迷いなく引かれた付箋が貼られている。そして、そんな紙の上を踊るボールペンが――不意に止まった。そして……

「何してるの。気が散るんだけど」

「へ?」

 鋭い視線が私に向く。不満とも嫌悪とも取れる表情に、私は驚いた。

「あ、いや別に……」

 なんて、言葉を取りつくろってみたけど、彼の視線は表情を変えないまま、じっと私を見るだけだ。近い視線に耐えきれず、つい、視線を逸らしてしまう。

 すると、意外な事に気が付いた。辞書が、私の近くにある。つまり……。

 しまった。私が彼の前に座っているんだ。

 無意識とは怖い。そんな恥ずかしさから私は、誤魔化す様に慌てて席を立とうとする。でも、天板の裏で膝を強打――私は激痛に声を上げて机に突っ伏した。

ったぁ~」

「一人で騒がしい奴だな」

 そう言いながら笑う吐息が髪にかかる。もうそれぐらいの距離だった。って事は……

「ごめん。小説、大丈夫……」

 咄嗟に頭に浮かんだ言葉。それを口にしながら顔だけ上げる。それに彼は目を丸くしつつも口角を上げた。

「ああ、緊急避難成功だ」

 そう言って、ひらひら私に見せてくれた。あれ? イメージが違う。もっとこう、何と言うか、根暗で、ハリネズミみたいに周りを近づけない男子だと思っていたのに。

 のっそりと体を起こす私。その事で空いたスペースに、彼は原稿をふわりと置いた。そして、向けられる視線。

「もしかして、興味あるの?」

 ななな、何をぅ!? 自信過剰もいい加減にしなさい。

「べ、別に! あなたの事なんて何とも」

 その反応に、彼はもう一度笑い、ボールペンの尻でトントンと原稿用紙をこついた。

「僕の事じゃない。こっち」

 ああ、そっち……。勘違いが妙に恥ずかしい。でも、原稿用紙には、とても興味があります。私は大きく頷いた。

 すると彼は、原稿用紙をくるりと回し、私の方へと向ける。

「見てもいいの?」

 確認する私に、彼は頷く。

「できれば意見を聞かせて欲しい」


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