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「…………ッ」
叫び声をあげる余裕もなく、飛び起きる。
真っ先に、壁にかけていたカレンダーを確認した。
私は、多分馬車に轢かれて、死んだ、はずだ。
また、死んだはずだ。
もし運よく生き残っていたのなら、カレンダーは六月以降になっていないとおかしい。
なのに。
「…………五月……」
相も変わらず、時間は私の誕生月へと戻っていた。
「……ラーレ、大丈夫?」
「へ? ああ、うん。平気平気ぃ」
「ホントに……?」
そして時は流れ。
私はなんと累計五回死んでは誕生日へと戻るループを繰り返していた。
もはや誕生日なんだか命日なのかわからなくなってきたな、これ。
馬車に轢かれた次、三回目のループでは、建付けの悪くなっていたベランダから落下する植木鉢に直撃して死んだ。
四回目のループでは、階段から落ちそうになった子供を助けて死んだ。
そして五回目──前回のループ。
さすがに繰り返す死と同じことに疲れがたまっていたらしく、私は熱を上げて不覚にも寝込んでしまった。
そのせいで神父様の説得に失敗してしまい、ボロ小屋の撤去が間に合わなかったんだ。
もちろん子供たちには立ち入り禁止とキツく言い聞かせていたけど……マシロの存在を忘れていた。
立ち入り禁止になった小屋だけど、マシロはまだそこにいる。
ザンカは夜中にこっそりとマシロを連れ出そうと小屋へ忍び込み……そして、崩落に巻き込まれた。
『ザンカ!!』
『ラーレ!? お前、何し──』
で、ザンカが教会を出るところを目撃した私が間一髪で彼を引っ張り出し、代わりに私が巻き込まれて命を落としたわけだけど。
『ラーレ!!』
死に際に見たザンカの顔。
絶望とか、哀しみとかがごちゃ混ぜになった彼の顔があんまりにも申し訳なさ過ぎて。
必ず生き残ることを決意し、現在過去最高記録の生存日数を叩きだしている真っ最中、というわけだ。
すごくない? なんと私、そろそろ冬を迎えようとしてるの。
半年以上生き延びてるの。すごいよね。
「……泣けてきた」
「ラっ、ラーレ! 今日ほんとに大丈夫!?」
すん、と鼻をすすれば、隣で洗濯を干してたレリアが慌てて背中を撫でてくれた。優しさが染みる……。
冬を迎えそうって何。何と戦ってるの、私。
ストーリーはちゃんと進んで、レリアの謎が出てきたり過去がほのめかされたりしてるのにね。私だけなんか違うよね、向いてる方向。
自分の置かれている状況を冷静に分析してしまって、精神ダメージをもろに食らってしまった。
情緒不安定だと我ながら思うけど、こんな状況で常時メンタル安定していられる人間がいるなら拝んでみたい。私は無理。
前世で読んでいた小説のヒロインたちを心の中で褒めたたえていると、背後でパキリと軽い音が聞こえた。
誰かが小枝を踏んだような音だ。
「?」
私より先に、レリアがその音に反応して、後ろを振り返る。
振りむいて、しまった。
「……どちら様、ですか?」
それは、新しい章の、幕開け。
ああ、本当に嫌になる。
少しくらい嘆く時間をくれたっていいでしょうに。
「ストーリー」は、「原作」は、微塵も待ってやくれない。
「やっと見つけた。──俺の花嫁よ」
そこに佇むのは、白い豪華な服装に身を包んだ、金の髪にオレンジの瞳を持つ一人の青年。
その鮮やかなオレンジの瞳は──どこか、見覚えのあるもので。
「俺はカラン。この国の王子であり──お前の夫となる者だ」
新しい、攻略対象者……我が国の第一王子のお出ましだ。
※※ ※
カラン王子。
この国の第一王子であり、『すくうた』の悪役。
眩い金の髪にレリアによく似た鮮やかなオレンジの瞳を持つ美男子で、立ち絵のほとんどが無表情か不機嫌顔。
王家の能力を継いだレリアを嫁にすべく、どのルートでも彼はイキシアたちの前に立ちふさがる。
ちなみに勿論彼も攻略対象だ。
といっても、二周目以降に攻略可能になる「隠れキャラ」だが。
ついでに言うと、今もカラン王子の後ろに控えている側近のプラム(茶髪にピンクの瞳のチャラ男系男子)は一周目から攻略可能なので、カラン王子推しからはそれはもう不満の声が上がっていた。
……話がそれた。
つまるところ、彼は「ストーリー」において、ほぼ百パーセントといっていい悪役なわけで。
そんな彼とのファーストコンタクトが平穏無事である訳もなく。
「さあ、こちらへ。すぐに城へ戻ろう」
「え……? あ、あの、何の話ですか……!?」
突如現れたイケメンが自分は王子だと名乗り、夫婦になるぞと連れて行こうとする。
うん、普通に考えて不審者なんだわ。
そんな誘い方で女の子がなびくわけないでしょ……とゲームのプレイ中何度思ったことか。
確か彼もこの結婚は本意ではなかったはずだから、誘い方が短絡的になるのも仕方ないのかもしれないが。
この後はイキシアたちがやってきて、カラン王子を止めるはずだ。
私は動かない方がいいんだけど……どうしよう。
現実でこの勧誘、もとい誘拐モドキ事件を目の当たりにすると、止めないのも不自然だ。
というか、止めないのはマズイ気がする。だって私の中身は元気なアラサーなので……女子高生の誘拐事件は見過ごせないというか……。
なんて思っていたら。
「!」
ばちり。
そんな効果音がつきそうな勢いで、カラン王子と目が合ってしまった。
そして、怪訝そうに眉をしかめられる。
……? なんだろう?
「……嫌がることはない。お前がこちらに来れば、他の者には手を出さない」
すぐに視線は外されて、カラン王子はレリアに脅しともとれる発言を投げかける。
それと同時にカラン王子の側近であるプラムが音もなく私の背後に回っていて、またしても訪れる死の気配にひやりと背筋に冷や汗が流れる。
自頭の良いレリアはすぐにその発言の意味に気づいて、警戒を増していくのだけれど、ごめん! アラサー動けなくなっちゃった!
おとなしくホールドアップの姿勢をとると、背後でプラムが満足そうに「いい子ですねぇ」なんて笑ってた。
あなたの中の人が好きですご馳走様です! なんて現実逃避をしていた、その時。
「さぁ。行くぞ」
「や……!」
カラン王子の腕が、レリアに伸びて。
「──何をしている」
その手がレリアの細い腕を掴むその直前。
イキシアが、レリアの肩を引き寄せた。