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拝啓、この世界の顔も覚えていないお母さま。
貴女の大嫌いな醜い娘はすくすくと育ち、図太く逞しく育っております。
先日とんでもない夢を見ましたが、さらにとんでもないことが発覚しました。
この世界、というか私の置かれている状態は、なんとなろう系小説あるあるの『異世界転生ループ物』だったのです。
正直いろいろ盛りすぎだと思うので神様にいっちょ文句を付けたいのですが、窓口はどちらにあるかご存じですか?
もし宜しければ、不出来な娘にお教えください。
かしこ。
なぁんて脳内で無意味な手紙を作成しながら、小屋の解体作業に意識を移す。
自分がループに巻き込まれていると気づいた私の行動は我ながら早かった。
とりあえず目下の死亡フラグである、ボロ小屋の解体作業を神父様に申請した。それはもうイキシアに心配される勢いで。
それはそれで幸せだったんだけど、置いておこう。
最初は「予算が……」と渋い顔をされていた神父様だったけど、崩落した時の危険性、巻き込まれたらどうなるかを事細かに説明したところ、GOサインをもぎ取ることに成功した。
ちなみにとてもリアルな「巻き込まれたらどうなるか」という「たとえ話」を聞いた神父様は真っ青になっていたけど、背に腹は代えられないんです。ごめんなさい。
もう一度体験するのは言わずもがな御免だし、かといってシスターを見殺しにするのも寝覚めが悪い。
いくらいびってくる人とはいえ、あんな死に方をさせたいとは思わないし。
それに、シスターや私が「その日その時間」にあのボロ小屋に行かなかったら……別の人が犠牲になるかもしれない。
──もし、それがイキシアだったら?
攻略キャラであるイキシアが犠牲になる可能性は限りなく低いだろう。
けれど、万に一つでも可能性があるなら、それを放っておくことはしたくなかった。
「先生、こりゃまずい。むしろ今まで崩れなかったのが不思議なくらいだ」
「そんなに……すいません、ご協力感謝いたします」
手伝ってくれている町のおじさ……お兄さんたちに、神父様が深々と頭を下げる。
それに合わせて、私やシスター……イキシアの大人組も続けて頭を下げた。
え? ザンカ? ついにバレたマシロに夢中な子供たち(プラスレリア)のお守りだよ。
「ああ、いやいや、先生や教会の人たちにはいつもお世話になってるからねぇ」
「ああ。これくらいなんてことないさ」
カラカラと豪快に笑い、お兄さんたちは作業に戻っていく。
大工の方々だから、その手際は鮮やかだ。これなら事故もないだろう。
……それにしても。
「よかったですね、神父様」
フリージア神父は、まだまだ年若い。
若輩者である自分が教会を守っていけるのか、町の人に受け入れてもらえるのか。
彼が悩み、努力していたことを、教会のみんなが知っている。
だからあのシスターだって、ぐちぐちと文句を言いつつ、絶対に神父様の決定には逆らわないんだ。
あなたの頑張りは、町の人たちにちゃんと伝わっていますよ。
まるで自分の事みたいに誇らしくって、自然と笑顔になる。
イキシアやシスターも同じ見たいで、皆笑っていた。
そして私は空気の読めるイイ女かつ、元日本人ですので。
うつむく神父様の目元がすこし濡れていることは、見なかったことにしておきましょう。
※ ※ ※
そして、無事に小屋の解体作業を終えた、約一月後。
そう、レリアがやってきて、一か月目の今日。
本来起きるはずだったレリアの能力が開示される、という重要イベントがスルーされるはずもなく、代わりに町で亡くなった方の葬儀が行われた。
ちなみに亡くなったのは百歳を超えたおじいちゃんだったので、ストーリーのつじつま合わせに~、なんてことはなさそう。よかった。
通常、神父様が亡くなった方のご自宅まで伺うには、そこそこのお金がかかるんだけど……。
フリージア神父は、「死は平等であり、その弔いに差が生じるのは神の教えに背く」と言って、家族に拒否されない限り、必ず自分からご帰宅に出向くようにしている。
きっとこんな方だから、みんなから愛されているんだろうなぁ……。
最推しはイキシア一択だけど、たしか前世のゲーム内アンケートで「結婚したいキャラNo.1」だったのもうなずける。絶対いいお父さんになるもんね、神父様。
今日は、お手伝いとして私とイキシア、そしてレリアも神父様に同行した。
私とイキシアは神父様の補佐。レリアは初めてのお葬式ということで、慣れるためも兼ねた見学だ。
教会に身を置くということは、人の生き死にに係わる、ということでもある。
それがどうしても耐えきれなくて、教会を出ていった子もいる。
早いうちに、体験しておいた方がいい。
そういう、神父様の気遣いだ。
「ご家族様、すごく感謝していましたね」
「ああ、そうだね。少しでも悲しみを払えたのなら、良いのだけど……」
ちらりと盗み見たレリアは、死を悲しみ、悼んではいたけれど、引きずっている様子はなさそうだ。
ゲームで大丈夫なのは知っていたけど……やっぱり現実に見るまでは、ハラハラしてしまう。
ほっと、息を吐きだした、その時。
「──きゃああああ!!」
「うわあああ!! 逃げろ!!」
突然の叫び声と、馬の嘶き。
そして、ふと日の光が陰る。
え、と思ったときには、もう遅かった。
振り返った視界いっぱいにひろがる、馬の脚。
そして、息が止まるような衝撃が走って、青い空が見えて、視界が回って。
気が付いた時には、私は地面に倒れ伏していて、意識がどんどん薄れていく最中だった。
何が何だかわからないけど、多分、暴走した馬車に轢かれたんだろう。
なんとなく、また死ぬんだなぁ、なんて他人ごとに思いながら、瞼が下りていく。
ああ、イキシアは、無事だったかなぁ。
霞む視界の中、いつも追いかけていた黒色が、駆け寄ってくれている気がした。
──きっと、見間違いなんだろうけど。
また、真っ暗になる、その直前。
「ラーレ!!!」
鐘の音に交じって、大好きな声が、聞こえた気がした。