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月日が流れるのは、あっという間だ。
「まあ、アラサー時代よりよっぽどマシだけど……」
「? ラーレ、どうした?」
「ううん、なんでもない」
ついに、所謂『原作開始』の歳になってしまった。
シスターにいびられ、ザンカと一緒にマシロの成長を見守り、子供たちのお世話をして、神父様のお手伝いをする。
毎日忙しく動いていたら、フラグをたてるどころじゃなかった……。
「ラーレ、持つ」
「ありがとう」
けど、そんな中でもイキシアはずっとそばに居てくれた。
イキシアだって割り振られた仕事があるのに、合間を見て必ず私の仕事を手伝ってくれる。
もちろん、仕事だけじゃなくて、自由時間でも。
「ラーレ」
「……ん」
今日も、町のパン屋さんで新商品が出たと言ったら、一緒に買いに行こうと言ってくれた。
大きい町でもないし、はぐれる心配なんてないのに、イキシアは毎回必ず手を繫ぐ。
それが嬉しいと同時に……すごく、くすぐったい。
つい最近、「推しだから」じゃなくて、「イキシアだから」照れるんだ、と気付いてしまったせいだろうか。
イキシアの傍にいると、頬が熱くて仕方ない。
「新商品……これか?」
「だね。かわいい!」
「かわいい……?」
パン屋さんの新商品は、猫の顔をしたチョコパンだった。
目がぎょろっとしていて、これはこれで可愛い。
しかもなんか的確に左右非対称だ。クセになる。
イキシアは頭の上にハテナマークを大量に飛ばしてたけど、きっとザンカならこの可愛さに共感してくれると思う。
「イキシアも食べる?」
「いや……夢に出てきそうだから、遠慮しておく」
「そーお? ならいつものチーズパンにしよっか!」
「ああ、ありがとう」
ザンカにはお土産に買ってあげよう。
なんか哀れな者を見る目でイキシアがパンを見てたけど、そんなにこのパンはダメだろうか。そういえば前世でも友達にセンスを全否定された記憶がある。
……うん、そのうち時代が私に追いつくから大丈夫だね。気にしない!
「あ……」
「ああ、これは可愛いな」
「これはって言われた」
パン屋さんを後に、せっかくだからと町を回る。
雑貨屋さんに並ぶチューリップの髪飾りは文句なしに可愛いけども。
普段教会で暮らす私たちは、なかなか町に来れない。
というより、町に出る機会がない。
そもそも教会が町はずれの崖の上に立っているから遠いし、ぶっちゃけ貧乏だし。
それでも子供たちに毎月お小遣いをあげる神父様はすごいと思う。
教会の子供たちは、十八になったら独り立ちをする。
勿論イキシアやザンカのように、恩返しがしたいと教会に残る人も少なくない。
その場合ほぼただ働きみたいなお給料で教会の手伝いをしつつ、町にも出稼ぎをしたり内職をしたりしなければならない。正直めちゃくちゃ大変。
私も明日で、十八だ。
顔の痣もあるし、神父様から「教会に残っていい」と言われている。
けど……まあ、迷うよねぇ。
「イキシアは、ずっと教会にいるの?」
「……突然だな」
買い物の帰り道。
手を繫ぎながら、ゆっくりと茜色に染まった道を歩く。
「多分、ずっといると思う」
「多分?」
「ああ、多分」
「曖昧だなぁ」
くすくすと笑えば、イキシアも小さく笑って、繫いだ手に少しだけ力がこもる。
その目がとてもとても優しくて……また頬が熱くなる。
「一緒に暮らしたい子がいるんだ。その子が頷いてくれたら、教会を出るよ」
その言葉に、ドキリと胸が大きく跳ねる。
……こっちを、こんなにも優しい目で見つめながら、そんなことを言わないで欲しい。
期待、しちゃうじゃんか。
「……そ、う」
「ああ。……その子の誕生日が来たら、言うつもりなんだ。……待っててほしい」
ああ、もう、こんなのズルイ。
小さく頷けば、ふわりとイキシアが微笑む。
重なった手が、とてもとても、暖かかった。
「じゃあ……おやすみ、イキシア」
「ああ、おやすみ。……いい夢を。ラーレ」
おでこに贈られるキスが、こんなにも甘く感じる。
いつもしている、ただの挨拶なのに。
部屋に戻って、ベットに潜り込む。
なんだかすごく疲れた気がするのに、気が勢いでしまって仕方ない。
「……早く、明日にならないかなぁ」
おでこに手を当てれば、まだイキシアの熱が残っているかのような気がする。
そんなことあるわけないのにね。
明日は、きっと人生で一番幸せな誕生日になるだろう。
くすぐったい胸を押し込めて、目を閉じた。
────どこかで、鐘の音が、聞こえた。