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今日も朝が来てしまった……。
むくりと起き上がり、首を回すとゴキゴキと音が聞こえる。ついでに伸びるとバキバキ言った。
十代女子から聞こえる音じゃないのよ、これ……。
あれから早くも三年。
私は十六、イキシアは十八になっていた。
この先二年後にはヒロインたる歌姫──ストレリチア、通称レリアが教会へと逃げ込んでくる。
つまり!
残り二年のうちにイキシアとのフラグを立てて立てて立てまくる必要がある、ということだ!
……まあ、もちろんイキシアの意志が最優先なんだけど。
頑張ることは悪いことではないはずだし、今の自分磨きが役に立つ日も来るだろう。
ちなみに真っ向勝負でヒロインに勝てる気はない。
なので勝負はこの二年、といことだ。
「よし、今日もがんばれ私!」
鏡の前でササっと身だしなみを整え、人差し指で口角を上げる。
女の子は笑顔が一番可愛いって前世のばっちゃんが言ってた。
「おはよう、イキシア!」
「おはよう、ラーレ。今日も可愛いな」
正直、めっっっっっっちゃくちゃ好感度は高いと思う。
イキシアは教会の子供たちへは分け隔てなく優しい。
が、ひいき目なく私を見る目はいっとう優しいと思う。もはや優しい通り越してイキシアルート後半の甘さだと思うこれ。
教会の子供たちにも「いつ結婚するのー?」「ラーレとイキシアはふーふになるんでしょ?」とか言わる始末。
これで調子に乗らずいつのると???
ああ、幸せ……今日も推しが尊い……。
なあんて悦に浸っていたら。
ドン!!
「わっ!」
「ラーレ!」
「何顔赤らめてんだよ、ブス」
後ろから背中を押され、バランスを崩してしまった。
イキシアが受け止めてくれたおかげで転ぶことはなかったけど、ぶっちゃけ私の心臓がもたない。
ああああああいい匂いがする! 胸板分厚い!!
あの儚げ美少年だった推しが国宝級美形の男の人に成長してるこれ!! ご馳走様です!!
えっ待って私この成長を傍で見守ってきたの?? この世の楽園か??
「ザンカ……」
「んだよ、文句あんのか?」
「ううん、ありがとう」
「は??」
ザンカ。
燃えるような赤髪に、深い藍色の瞳。
口が悪くて態度も悪い、この教会の問題児。
けど、根は優しくて不平等を何より嫌う筋の通った人間だ。
彼のルートではヒロインの意志を尊重しない王族にブチ切れ、まさかの投獄。ヒロインが彼を助けに向かうというまさかの立場逆転ストーリーとなる。
それゆえにファンの間では、『第二のヒロイン』とか呼ばれてた。
「ったく……相変わらず気持ち悪ぃ奴だ」
ケッ、と吐き捨てて立ち去るが、つばは実際に吐いてないあたり行儀良いんだよなぁ。
傍から見たら不良じみてるザンカの絡みも、私からしたら子猫のかまってちゃん攻撃みたいなもんだ。
なんせ中身、元気なアラサーなもんで。
イキシアに抱き留められながらほのぼのと見送っていると、神父様が慌てたように駆け寄ってきた。
それはそうと、イキシアそろそろ離さない? あ、まだダメ? そう。
「ラーレ、大丈夫かい?」
「神父様、大丈夫です! イキシアもありがとう」
「…………別に、いい」
「イキシアも、ラーレを守ってくれてありがとうね」
「…………」
ムスッとした顔を隠すこともしないイキシアに、神父様──フリージア様と目を合わせ、苦笑した。
フリージア神父。彼も攻略対象の一人だ。
白に近い銀髪に、眼鏡をかけた優しく穏やかな年若い神父様。
老若男女問わず優しくおっとりとした性格で、子供たちだけでなく町の人たちからも愛され頼りにされる方だ。学校で先生にもしっかり意見が言える優等生タイプって言えばわかりやすいかな?
ちなみにイキシアはなついたらデレてくれる猫系男子で、ザンカは雨の日に捨て犬に傘をあげちゃうタイプの不良。
神父様はまだ三十路手前って聞くのに……すごいなあ。
前世同年代とはとても思えない落ち着きだ。絶対マネできない。
「すまないね、ザンカも良い子なんだけれど……」
「大丈夫ですよ、わかってます」
「……ありがとう、ラーレは本当に優しい子だね。君に神の加護がありますように」
この世界ではキスやハグが日常的に行われる。
おでこへのキスは、お祈り。頬へのキスは親愛とあいさつ、といったふうに。
ぶっちゃけ日本人にはキッツイ風習だけど、十数年生きてればいい加減慣れてきた。
神父様からのおでこへのキス──お祈りがくすぐったくて笑っていると、イキシアにべりっと引きはがされた。
うーーん、照れる! 神父様もそんなほほえましい顔しないで!
私の心臓と羞恥心への過労が著しいが、おおむね教会は今日も平和だ。