XX
閉ざされた扉をほんの少しの間だけ見つめて、青年は歩みを進めた。
夜も深い教会の廊下は、とても静かだ。
自室に戻ると、同居人の燃えるような髪をもつ青年は、もう夢の世界に旅立っていた。
不良っぽいなりをしているが、なんだかんだ規則は守る男なのだ。
青年は小さく笑って、自分のベッドに腰かける。
窓の外には、明るい月が登っていた。
「……ラーレの、髪みたいだな」
脳裏によぎるのは、先ほど別れた少女の名前。
明るい金色の髪に、鮮やかな黄色の瞳をもつ、そのひと。
彼女を思い浮かべると、青年の顔も自然とほころんだ。
鞄にこっそりと忍ばせていた袋を取り出し、月明かりに照らす。
それは、黄色いチューリップを象った髪飾り。
今日の買い物で、彼女が可愛いとはしゃいでいたそれ。
愛らしいそれは、笑顔の似合うあの子にぴったりで。
「──愛してる」
明日、誕生日を迎えた彼女に伝える言葉を、そっと音に乗せる。
「愛してる、ラーレ。ラーレのことが、好きだよ」
紡がれる言葉は、ひそやかで、どこまでも甘く、空気に溶ける。
「君のことが、誰よりも好きなんだ。俺と、一緒に生きてくれないか」
──愛してる。
ああ、これを聞いたあの子は、どんな顔をするだろう。
きっと顔を真っ赤にして、けれど、自分の大好きなあの笑顔を浮かべてくれるだろう。
──早く、明日になればいい。
そんなことを願い、髪飾りに小さく口づけを落とす。
それから、ベッド脇のチェストに、大事に大事にしまい込んだ。
落とさないように、失くさないように。
どこにも行ってしまわないように。
そして、ベッドの中へもぐりこむ。
充実感のせいか、あっという間に瞼は降りてきて。
──意識が落ちる、その瞬間。
どこかで、鐘の音が聞こえた気がした。
それは、髪飾りだけが聞いていた、訪れるはずだった幸福の言葉。




