表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

16

 寒い、朝だった。

 ベッドから出るのがつらいのは誰しも同じらしい。隣のベッドで眠るレリアの膨らんだ毛布から、美少女がだしちゃいけない類のうめき声が聞こえる。

 私自身身震いしながら準備を整えて、いつものように鏡の前で口角をきゅっと上げた。


「……おはよ。ラーレ、いつもそれやるよね。おまじない?」

「おはよう、寝ぼすけレリア。やっと毛布から出てきたの?」


 後ろから覗き込んでるのは知っていたから、特に驚きもしないで笑って返す。

 毛布が私を離してくれなかったんですぅ~、なんて口を尖らせるレリアは本当に可愛い。


 部屋に鏡が一つしかないから、レリアに譲って彼女の身支度を待つ。

 レリアの青色の髪が、冬の朝日にキラキラと反射している。


「そう、おまじない。女の子は笑顔が一番可愛いからって」

「素敵! 私、ラーレの笑顔好きだもん。春のおひさまみたい」

「え、なにそれ照れる」

「照れちゃえ照れちゃえ」


 くすくす、きゃあきゃあとした軽やかな会話。

 彼女がここに来た当初は、こんな会話ができるようになるなんて思ってもみなかった。


 やっと、時間が進んでいる気がして、ほんの少し、肩の力が抜けた気がした。



 ※ ※ ※



「おはよう、ラーレ」

「おはよう、イキシア!」

「ちょっと、私もいるんですけど~」

「諦めろ、イキシアはこんなんだ」

「あっ、ザンカおはよう!」

「おはよう、ザンカ」

「おう、はよ」


 私に挨拶するイキシア。

 無視されたことにむくれるレリア。

 それをたしなめるザンカに、彼に挨拶する私たち。


「おや、みんな早いね。おはよう」

「おはようございます、神父さ……」

「ぶっは! フリージア神父、んだよその恰好!」

「いやあ、寒くて寒くて……。みんなは若いですねぇ」


 少し遅れてやってきた神父様はセーターやマフラーをもっこもこに着てて、見事に着膨れていた。

 それを見て指をさして大笑いしたザンカは、レリアに「指は刺さない!」なんて怒られていたけど、そんなレリアも私たちも、みんな等しく笑っていた。


 そうこうしているうちに、子供たちも起きてきて。

 あの子が起きない、布団をかぶったまま起きてきた、わたしのマフラー取ったの! なんて告げ口がわらわら集まってくる。


「うるさいよ、あんたたち! 早く席に着きな!」


 本来ならもういないはずのシスターは、そんな賑やかな朝に怒って。

 皆で悲鳴を上げて、席に着く。


 平凡で、ありふれて、暖かい朝のやり取り。

 ここに、金の髪をもつあの人もいたら、どれだけ楽しいだろう。


 ありえないIFを夢想して、小さく笑った。


 今日、上着を返しにいこう。

 そして、話が出来たらいい。




「ちょっと早かったかな……」


 いつもの崖の上。

 本格的な冬が始まるから、日が暮れるのがもっと早くなると、イキシアから早めの帰宅をせっつかれてしまった。

 優しくて過保護なイキシアに、思わず頬が緩む。


 吐く息は真っ白で、見上げる空は灰色だ。

 きっともうすぐ、雪が降る。


 雪が積もったら、雪合戦をしたいな。

 レリアはここにきて初めての冬だから、たくさん楽しいことをさせてあげたい。


 なんせ、雪が融けるころには、彼女の『ストーリー』はさらに加速していく。

 ルートによるが、この教会を離れることになる場合がほとんどだ。


 そして、それは思いもよらぬ友人──カラン王子との別れが近い事も、意味していた。


 ──それは、寂しいなぁ。

 甘っちょろいなんて百も承知だけど仕方ない。

 だって、関わってしまったら、親しくなってしまったら。

 そんなの、切り捨てられるワケないじゃないか。


 幸せでいてほしい。

 笑っててほしい。

 その最たるがイキシアというだけで、そんなの皆そうであってほしいに決まってる。


 ここは、優しい人たちばかりだから。


「……いや、シスターは例外だな」


 ぱきり。

 なんて独り言をつぶやいていたら、背後で小枝が折れる音が聞こえた。

 聞きなれたそれは、あの人の足音だ。


「あっ、カラン王子──」


 振り向いて、固まった。

 そこにいたのは、確かにカラン王子その人だ。


 金の髪に、オレンジの瞳を持つ、美しい人。


 最近は、鋭利だったその眼光が柔らかな光を帯びていて、その瞳があまりにも綺麗で、彼と話しているのが心地よかった。


 だと、いうのに。


「不敬だぞ、娘。お前に名を呼ぶ許可を出した覚えはない」


 目の前に佇むその人は、まるでその腰に帯刀している剣のように鋭くて。


 嫌な思い出が、頭の中を一瞬で支配する。

 これは、まるで。まるで……。


「ああ、上着がないと思ったら──貧乏人が盗んでいたか。……痴れ者が」


 まるで、あの時の、イキシアみたい、な──


 何も動けずに、言えずにいた私は、目の前に白刃が迫るのを、ただ見ているしかできなくて。


 随分と久しぶりに感じる痛みと熱さが、体を走る。

 そして、冷たい地面の感覚。

 ああ、また、斬られたのか。また、倒れたのか。


 ──また、死ぬのか。


 ひらひらと雪が舞ってくる空をぼんやりと見上げながら、体の感覚がどんどん遠くなっていくのを、他人事みたいに感じていた。


 何度か「死」というものを繰り返して、確証を得たことがある。

 それは、「死の直前まで残る感覚は、聴覚だ」ということ。


 久しぶりにやってくる、その真っ黒な気配は相も変わらず、問答無用で色んなものを奪っていく。


 痛みも消えて、感覚も消えて、視界もぼやけて何も見えない、ろうそくの炎みたいな頼りない世界で。


「なんで、カラン! なんでこの子を殺した!?」


 そんな、プラムの叫び声が聞こえる。

 そして、相変わらずの鐘の音の鳴り響く中。


「お前、あの子が好きだったんじゃなかったのかよ……!!」


 そんな、悲痛な声が聞こえた気がした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ