14
なぁんておセンチな夜が明けた訳ですが。
「明日のいつよ、あの男……」
私はカラン王子の言った『神父を庇った場所』──立ち入り禁止の崖の上で、待ちぼうけをしていた。
ここはフリージア神父のバッドエンドで、彼がカラン王子に殺されるはずだった場所だ。
何度目かのループの際に、神父様を庇って私がカラン王子に殺された場所でもある。
「今」の世界で、そのことを知っているのは──私だけ。
の、はず。だった。
もしここじゃなかったらどうしよう……。
なんて考えながら、いつぞやの様に森の終わり際ギリギリで座り込み膝を抱える。多分私に憑いてる死神、まだご健在だと思うし。
「今日抜け出すのも大変だったのに……あの顔だけ男め」
「誰が顔だけ男なんだ?」
「ぴっ!」
ぴゃっと肩が飛びあがれば、呆れ顔で立っている一人の男がこちらへ近づいてくる。
森の中で浮く、真っ白な衣装に身を包んだ美青年──カラン王子その人だ。
「……聞いてました?」
「ああ、全て。不敬にもほどがあるぞ」
呆れ顔を崩さないカラン王子は、そのまま私の隣へとやってきて、服が汚れるのも厭わずに腰を下ろす。
……せめてハンカチ敷きましょう? その服、洗濯大変そうだし。
なんて言えるわけもなく、私は恐る恐る彼の顔を伺う。
カラン王子。
この国の第一王子であり、『原作』における悪役。
容姿端麗、武道優秀、聡明英知。
まさに才色兼備なThe・王子様な青年だが、唯一恵まれなかったのが「王家に伝わる癒しの力」だ。
その力を有していることが王となる条件……という暗黙の了解が王家にはあるらしく、全てを兼ね備えた男は、親の不義理の為に全てを最初から失っていた。
だからこそ、現王もカラン王子も、レリアを手に入れる必要があったのだ。
……聞けば聞くほど現王が諸悪の根源じゃね?? って前世から思ってた。
実際、隠しキャラだったカラン王子のルートでのラスボスは現王様だしなぁ。
カラン王子のルートをやって、彼へのイメージがガラッと変わった、というユーザーは多かったはずだ。
事実私もそうだった。
そんな彼は、前も言ったようにその立ち絵のほとんどが不機嫌顔か無表情だ。
……けど。
ちらりと盗み見た彼は……驚くほど、穏やかな顔をしていた。
「……なんだ」
「へ!?」
バレてた!
けど、見ていたことを咎められるわけでもなく、それもまた今までやゲームの印象から剥離していて困惑してしまう。
あわあわと焦り、何か言わなきゃ! とバグった脳がたたき出した言葉はというと。
「王子も地べたにそのまま座ったりするんですね!!」
なんて間抜け全開の一言だった。
……なんか私、カラン王子といると変なことばっか言ってる気がする……!
一人で羞恥に打ちひしがれていると、王子はこちらを気にすることもなく、こともなげに「ああ」と言葉を続けた。
「マナーなんて気にしていても、どうせまた『やり直し』になるだろう」
「……それは」
その、一言で。
すべてが伝わってしまった。
「……その顔、本当にお前も『やり直して』いるんだな」
「……そういう、王子こそ」
全部、覚えているんですね。
その言葉に浮かべたカラン王子の笑顔は、なんとなく、迷子になった子供が母親を見つけたときのそれに似ていると思った。
話を聞くと、どうやら王子もしっかりとループに巻き込まれているようだった。
が、私と違うのは、ある日唐突に『終わり』が来る、という事。
ある日目が覚めると、突然全てが『なかった』ことになり、とある日に巻き戻っているようになったらしい。
「……それは」
あまりにも、怖すぎる。
言葉にならない王子の話に、思わず青くなった。
私は、『自分が死んだら』巻き戻る、というギミックを知っている。
逆を言えば、死なない限りは記憶が続くということ。
けれど、王子のそれは。
いつ『なかったことに』なるのかもわからず。
いつ隣を歩く人から『自分と過ごした記憶』が消えるのかもわからない。
そんなの、考えただけで、気が狂いそうだ。
「そこまでじゃない。元々あまり深く関わっている人間も少ないからな。面倒ではあったが、ある意味便利でもあった」
「メンタル強……」
「これくらいじゃないと、王城ではやっていけないぞ」
「王城こわ……」
ええ……と軽く引く私に、王子は少しむっとしたような顔をした。
「お前に言われたくない。なんだ、突然親しかった人間の態度が初対面のそれに変わり、死ぬと誕生日に戻る、など」
それこそ気が狂う。
そこまで言います?
言う。
「「…………」」
そこまで言い合って、お互い顔を見合わせた。
そして、どちらがともなく、笑いがこぼれる。
「あはは、確かに……! 言われてみれば、ひっどい環境ですねぇ、私たち」
「ふ……はは、そうだな」
きっと、お互い、こんな共通点でもなかったら、こんなふうに笑いあうこともなかった。
片や一国の王子様で、片や親に捨てられた教会の娘だ。
身分違いにもほどがある。
そして、『どうせ全てが他人の記憶から消える』と分かっているからこそ、今、王子は一人の人間として私とこうして会話をしてくれているんだろう。
こんな特殊な環境限定の、いびつな関係。
それでも、同じ境遇に置かれている人間が、確かに隣にいる。
その事実はあまりにも心地よくて──私たちは、取り留めのないことを、気が済むまで語り合った。




