10
ヒロインの危機にタイミング良く駆け付け、悪役の手を振り払う。
その姿は、まさしくヒーローそのもので。
何度も見たスチル。
好きなシーンのひとつで、直前にセーブを作って繰り返し見た光景。
それが目の前で繰り広げられているというファン垂涎モノの状況なのに──不思議なことに、私の胸は痛みを訴えてくる。
……当たり前のことなのにね。
イキシアの隣に立っているのが、私じゃないことなんて。
「何ぼさっとしてんだ、このブス!」
「わっ!」
レリアを抱き寄せ、無言でカラン王子を睨みつけるイキシア。
ぼんやりとそれを眺めていたら、急に腕をひかれてたたらを踏んだ。
どうやらザンカが助けてくれたみたいだ。
それによって、やっと意識が戻ってくる。
危ない危ない。あのままだと人質にされてたかもしれない……!
ちらりとプラムの方を見やれば、いつの間に動いたのか、既にカラン王子の後ろでいつでも動けるように剣に手をかけているところだった。おまけに私とザンカを見てガラ悪く舌打ちをしている。
……本当に人質にする気だったらしい。
やめてくれ、私を巻き込まないでほしい。切実に。
「……っ」
今までとは少し質の違う命の危機に、さっきから心臓がうるさくて仕方ない。
今までは、いうなれば勝手に私が死んでいただけだ。
けど、今は違う。
目の前にいるのは、「悪役」であるカラン王子だ。
──彼は、ストーリー上で容赦なくその剣をふるう。
今まで以上に、何が、どこが死亡フラグになるか分かったモンじゃない。
ここまで生き延びたのに、また最初からやり直してたまるか……!
その一心で、私は神経を張り巡らして目の前のやり取りを凝視し続けていた。
の、だけど。
「……これはこれは、流石、父上を誑かした女を母に持つだけはある。その美貌ですでに男を虜にしていたか」
「な……! お母さんは悪くないわ、勝手なこと言わないで!」
──その、選択肢は。
ドクリ、と。
心臓が今までの比じゃないくらいに、軋みあがる。
それと同時に脳裏に蘇る、ゲームの画面。
悪意しか乗らない悪役からの煽りに対する、ヒロインの選択肢。
──どういうこと?
──母さんは悪くない!
レリアの母親は、半ば無理やり国王に手籠めにされて彼女を授かった。
父親の正体はここに至るまでのストーリーで明言されていなかったけれど、望まない妊娠だったことは明らかにされている。
だから、つい。
攻略を見ないでプレイした初回で、そちらを選択してしまう人がたくさんいることを、知っている。
レリアの、「ヒロイン」の心情的にその言葉が出てしまう気持ちも、よくわかる。
けれど、それは、その選択肢は。
ひゅ、と喉が鳴り、頭が空っぽになる。
いつの間にか私の足は動いていて、後ろでザンカの名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それでも、私の足は止まらない。
止めるわけにはいかなかった。
だって、その答えは、選択肢は。
「何も知らず、王家の役目から逃げる愚か者が……その生まれ持った罪すらも否定するというのか!」
「きゃあ!」
「レリア!!」
──その選択肢は、イキシアのバッドエンドルートだ。
レリアの応えに激昂したカラン王子の剣が、彼女めがけて真っすぐに振り下ろされる。
その一筋のきらめきには、迷いなんて一ミリも乗っていなくて。
その白刃は、レリアを庇い彼女の目の前に立った「ヒーロー」を、しっかりと標的に変えてしまっていて。
──ドン!
力の限り、彼を突き飛ばした。
アニメや漫画なら、こういう時スローモーションになったりするんだろうな。
けれど、現実にはそんなご都合設定とかなくて。
「ラーレ!!!」
なんだか聞き覚えがあるような、イキシアの焦りと焦燥の乗った叫び声。
それを脳が認識すると同時に、私の身体に走る焼けるような熱さ。
崩れ落ちる視界に映ったのは、これでもかと目を見開くカラン王子と、飛び散った真っ赤な血しぶき。
けど、それが見えたのも一瞬で、すぐにまた、何度も見た真っ暗な闇がやってくる。
……当たり前か、イキシアも、即死だったもんなぁ。
彼は、無事だろうか。
確かめる間もなく、またぶつりと意識が途絶える。
その瞬間、聞こえるのはいつも鐘の音だ。