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私、元気なアラサーオタク!
驚異の十五連勤を乗り越えもぎとった有休で爆睡してたら自分の大好きな中世ヨーロッパ系乙ゲー世界に転生してたの!
何を言ってるかわからない? 大丈夫私もだよ。
というか私は誰に語り掛けてるんだろうな。この間同僚が虚空に話しかけて運ばれてったばっかなのにね。
まあ、多分死んだんだろうな、前世の私。
生まれつき体に火傷の痕みたいな痣あって、それを親に不気味がられて捨てられたっぽいから、多分マンション火災にでも巻き込まれたんだろうなあ。お隣さん前から素行悪かったっぽいし。
「ラーレ! 早くおし!」
「はーい! 今行きまぁす」
シスターに怒られながら、床掃除を終えた。
痣のせいで醜女と蔑まれているせいか、私だけ扱いが目に見えて雑。おいおい、シスターでしょそれはどうなのよ。
かじかんで痛む指をさすりながら、足早に食堂へと戻る。
夕飯を食いっぱぐれるのは勘弁だ。こちとら(肉体は)育ち盛りの十三歳ぞ?
走りながら窓ガラスに映った自分の容姿は、前世とはかけ離れたもの。
淡い金髪のくせっ毛に、鮮やかな黄色い瞳。
ぶっちゃけめちゃくちゃ美少女だと思うが、なんせ顔の半分くらいにどでかい火傷痣があるもんだから台無しである。
貧しい暮らし。
いびられる毎日。
ぶっちゃけ虐待。
正直私のメンタルが元気なアラサーでよかったな、と思う。
これが肉体年齢通りの十三歳の少女だったら病んでたぞ。
というか普通にアラサーでも堪えるわ、これは。
急いで食堂に駆け込んだが、案の定私のご飯はなかった。
間に合わなかったかーーー。くそう……。
でも! 私は大丈夫。
なぜならば!
「ラーレ。……大丈夫か?」
「イキシア! もしかしてご飯確保してくれたの?」
最推しが私のことを気にかけてくれるからです!!
「当然だろ。……シスターは悪い人じゃないのに、なんでラーレにだけあたりがキツイんだ」
「まあ、この顔だからね、仕方ないよ」
パンありがとう! とカチカチのパンにかじりつけば、イキシア……我が最推しは、ぐっと眉間にシワを寄せる。それは許せないこと、不快なことに遭遇した時の、彼の癖。
うんうん、その癖をナマで見れるとはなぁ……。推しを拝みながらの食事はカチカチのパンすら高級焼きたてパンに思えるから不思議だ。
イキシア。
黒い肩までの短髪に、シルバーグレーの瞳。
まだ十五だというのに、神様が遣わせた天使だと言われても納得する完璧すぎる美貌。
プライドが高く、けれども他人を放っておけないお人よし。
教会に逃げ込んできたヒロインを最初に見つけるもの彼だ。
彼はここ、『救いの鐘の唄』、通称『すくうた』のメインヒーローだ。
『すくうた』は王都から田舎の教会に逃げてきた、歌姫たるヒロインをイキシアが見つけることから始まる。
ヒロインの唄声には悪しきものを浄化する力があり、それはこの国で代々受け継がれる王家の能力。
そして、それを証明する手の甲へと生まれつき現れる痣。
そう、ヒロインは王家の落胤だったのだ──!
と、いうのが前置き。
ヒロインの能力、ひいては存在を狙う王都の追っ手や王子様。
彼らを時に欺き、時に戦い。
ヒロインを守り愛をはぐくんでいく……。
それがイキシアのルート。
「ラーレは、綺麗だろ」
「ぅおっふ。……ありがとう」
悲痛な顔をして私の頬を撫でないでー! 顔がいい!
ただ痛々しい痣を触っているだけなんだけど!
手つきが! 優しいのよ! 好き!!
なぁんて脳内は大騒ぎだけど、表には出さないのがアラサーメンタル。
え? オタクの鳴き声が漏れてた? 気のせい気のせい。
最近はやりの悪役令嬢とかいう死亡フラグへの転生とかでもないし、私は推しを思う存分愛でることに人生を賭けよう。
そしてあわよくば恋人になりたい。
だって歳の近い子供が少ないせいか、今イキシアとめちゃくちゃイイ感じなんだもの!
期待するなってのが無理な話でしょ!?
イキシアは痣なんて気にするような器の小さな男でもないし!
「ラーレ、髪。また絡まってる」
「んんん、くせっけなのよねぇ……。イキシアの真っすぐな髪が羨ましい」
「そうか? ふわふわで可愛いけどな」
ほらね! これですよ奥さん!!
寝る準備に取り掛かると、くすりと柔らかく微笑んで、優しく私の髪をブラシで梳くイキシア。その目はこれでもかと甘い。
こんなん期待するやろ。
惚れてまうやろ。なぁ???
うん、環境のせいで色々とみすぼらしいところは多いけど、自分磨きは常に頑張ろう。
乙女ゲームの世界でも、しょせん私はモブ。
生れ落ちちゃったものは仕方ないんだし、好きに生きさせてもらいましょう。
「おやすみ、ラーレ」
「おやすみなさい! イキシア」
うん、今日も私は幸せだ。