8.再会と別れ
翌日、私は南の塔にカリストを訪ねた。
久しぶりに見る元婚約者は、まるで付き物でも落ちたように落ち着いた顔になっていた。
今のカリストなら、王位を継承しても良いと思えるほどに。
「ミュリエル、すまなかった。」
「カリスト様。」
「情けない話だが、マリアンヌの言葉は心地よくて、全てに自信を失っていた私には、心地よかったのだ。」
「自信が無かったのですか?」
「ああ。婚約者のそなたは、美しく、淑やかで優秀で、私は常にそなたと見比べられていると感じていた。」
「そんな事!」
「目が覚めたよ。ミュリエルには悪い事をした。こんな私でも夫にと望んでくれる姫がいるそうなんだ。私は、その国に行き、一からやり直すつもりだ。」
「ご立派ですわ。カリスト様。」
「真にそう言って貰えるように頑張るよ。ミュリエルも体に気をつけて。」
「ありがとうございます。」
かの国とこの国をカリストなら、上手く繋いでくれるだろう。今は、彼の幸せを願おう。
「私の尻拭いで王妃になると聞いた。君なら良い王妃になるだろう。この国をよろしく頼む。」
「はい。」
私達が、こうして目を見交わして話すのはどれだけぶりだろうか。もっと早く、こうしていたら、私達の運命も変わったかも。あなたと紡ぐ未来もあったかもしれないわ。
でも、もう私達の道が交わることは無い。けれど、せめてこれからのあなたを応援したい。
私は彼の差し出す手を強く握りしめた。
******
王との約束の日、濃紺の髪の青年は、朝から冒険者ギルドに現れた。本当に公爵令嬢が現れるかは分からない。
まずは資格取得からだから、せいぜい薬草採取だろう。
いや、迷い犬の探索か?
何となく依頼札を眺めていれば、賑やかに駆け込んでくる少年が目に入った。
時々見かける少年で、確か名前は……
「きゃあ!クルトくん久しぶりー!」
「お久しぶりですです。お姉さん。今日も素敵ですね。」
「クルトくんも、変わらず可愛いわね。」
受付嬢に愛想良く話しかけるのもいつも通り。小柄な少年だが、冒険者ランクは彼と同じBランク。
だが、気になる所はそこじゃない。この気配。まさか、ね。これは予定外だ。学園で覚えのある気配。
青年は気配を読むのが得意だが、学園では、この少年とあの令嬢を同一とは考えもしなかった。
アーティファクトか?それとも認識阻害の魔法なのか。
ギルドの建物の周りの気配探知をするが、護衛の気配は皆無だ。
(学園の姿とは違って、じゃじゃ馬とはね。)
あの淑やかで嫋やかな彼女が、この元気な冒険者とはね。それに噂では、少年はかなりの腕前だと聞く。
「お姉さん、いい依頼はないかな?」
「そうね、この討伐はクルトくん好みだけど、パーティー指定なのよね。クルトくんパーティーに入っていないからねぇ。」
「良かったら、俺と組むか?」
青年は、笑顔を浮かべて、クルトの後ろから声をかけた。
「え?ジェイクさん?僕とパーティー組んでくれるの?」
「ジェイクで、良い。クルトの事は、噂で聞いている。いい腕だそうじゃないか。よろしく頼む。」
「こちらこそ。」
受付嬢が満足そうに頷き、依頼札を渡してくれた。
「2人なら安心ね。これを達成してくれたら、2人ともAランク昇格よ。」
「やった!それで内容は?」
「ゲオロマ渓谷から隣村に現れる、ロマウルフを討伐して欲しいの。」
ロマウルフ。ゲオロマ渓谷に生息する魔物だが、基本的には人里に降りてこない。けれど、降りてきたとなると、厄介だ。動きが速くて、噛みつかれれば、腕の1本など、簡単に取られてしまう。
「何頭?」
「今のところは一頭。右耳が大きく裂けているそうよ。」
「縄張り争いで負けたんだろうな。」
受付嬢が頷く。そうなると手負いのロマウルフと言うことだ。これは急ぎだなとジェイクは頷き、クルトと共に依頼札を受け取って、ギルドを出た。
「ところで、ジェイクって何歳?」
「17だ。」
「え?同い年?」
「なんだ?老けてるとでも言いたいのか?」
「いや、その、大人びているなと……。」
「そういう顔なんだろう。」
冒険者をしに来る時には、少し意識して、年上に見えるようにしている。どうしても若造と見くびられるからだ。クルトのようなタイプは可愛がられるが、ジェイクのような無愛想なタイプは、喧嘩を売られやすい。
喧嘩は、買っても良いのだが、あまり敵を作りたくはない。
「場所は少し遠いから、依頼をこなすのに1週間程かかりそうだが、良かったのか?確かクルトは、殆ど日帰りしか受けていないだろう?」
「あれ、よく知ってるね。そうだけど、今回は大丈夫。ちょっとあってさ、暴れたい気分なんだよね。」
「まあ、いいならいいさ。」
そうは言うものの、男と二人旅って分かってるのだろうかと、ジェイクは心配になる。
なんとも危なっかしい。公爵家の人間も、こんな奴、一人で家から出して良かったのか?今頃騒ぎになってないかと他人事ながら、気になって仕方がない。
実際、その頃、書き置きを見た使用人も家族も大騒ぎをしている事を彼もクルトであるミュリエルも知ることはなかった。