7.王子の行方
私は、あの後、王妃様に誘われて、今は2人でお茶を飲んでいる。
気まずい。凄く、気まずい。
「あ、あの……。」
「謝らないで。カリストの事は、きちんと育てられなかった私のせいだから。いくら王太后様が怖かったと言っても、理由にはならないわ。」
そう、カリストのお祖母様である王太后様が、彼を甘やかしたのは、間違いない。それは陛下も王妃様もずっと気にされていた。
王太后様が亡くなったのは彼が12歳の頃。もう手遅れだった。今回の件で、彼が心を入れ替えてくれることを願っているけれど、棟に幽閉された彼は、どうなるのかしら。
「王妃様。」
「それにね、カリストを婿として迎えたいというお話があるの。」
「え?それは……。」
「会えなくはなるけれど、幽閉するよりも余程いいでしょう?カリストも納得しているので、あなたの公示前にこの国から旅立つ予定なのよ。ねぇ、ミュリエル。良かったら、一度会いに行ってくれないかしら?」
「私が、ですか?」
「顔も見たくないほど怒っているとは思うけれど、あの子もあなたに謝りたいだろうと思うの。」
「いえ、私の方こそ。」
私はこうなると分かって放置したのだから……。
「殿下は、どちらへ?」
「ブルムハンドよ。少し年上だけれど、あの国の姫が是非にと仰って。かの国では、姫の為に公爵家をたてて、カリストを公爵として迎えてくださるそうなの。」
確か、7歳年上の方だったはず。パーティーでお目にかかった時は、柱の影に隠れてしまうほど、人見知りの方だったわ。華はないけれど、私からは可愛らしくて良い姫に見えたけれど、ご自分の容姿にも自信の無いご様子だったわね。
「エリナ姫ですか?」
「さすがね。話をした事は?」
「一度だけです。真面目で、優しいお人柄と感じました。」
「そのようね。ずっと城の中にいらっしゃって、縁談も断られていたのに、カリストが罪を犯して幽閉された事をお聞きになり、結婚したいと申し出てくださったの。」
「そうでしたか。」
「だからね、ミュリエル。あなたはカリストを選ばなくて良いのよ。」
「王妃様。」
「あなたには迷惑をかけるわね。でも、カリストを失い、あなたまで失ったら、私は……。」
私は、そっとハンカチを出して、王妃様の涙を拭った。
この方が一番傷ついたのだわ。私は、考えが足りなかった。
「わかりました。お母様、不束者ですがよろしくお願いします。」
「ミュリエル。」
幼い時に母をなくした私を、可愛がって下さったのは、この方だった。縁が結ばれるのも、運命かもしれないわね。
「ところで、陛下の前で言っていた素手でテーブルの件、本当なの?」
「あれですか?ええ、本当ですわ。証明しましょうか?」
「ええ!!」
キラキラした目で、期待して下さっているので、お見せしなくてはね。
私は立ち上がると、目の前の木をそっと撫でた。
「この木、折ってもよろしいですか?」
「良いけど、それを折れるの?」
「ご覧下さいね。」
私は笑顔でそう言うと、木に右拳を当て、思いっきり腕を引くと、勢いをつけて、右拳を打ち付けた。
バキッといい音を立て、大きく枝を揺らせながら、木がメキメキと倒れていく。
王妃様は、目を丸くしながら、手を叩いて下さった。
これで猫からさようならだわね。
「王妃様、私、1ヶ月、冒険者になって参りますね。」
******
「もう呼び出さないで欲しかったのですが。」
酷く不機嫌な声で王に向かい合うのは、先夜、話をした青年だ。
「頼みがある。」
「王位は継ぎませんよ。」
「そうではない。ミュリエル・ファインバッハ令嬢を知っているか?」
「卒業パーティーの断罪の。」
「そうだ。あの子の事は、幼い頃から、わしも王妃も可愛がってきた。それがあんな事になって、さぞ傷ついたのだろう。」
「まあ、そうでしょうね。」
「暫く冒険者暮らしをすると申すのだ。」
「え?深窓の令嬢がですか?」
「そうなのだ。もう心配でな。あのような美しい娘だ。邪な考えを持つものに襲われるやもしれん。」
「無茶でしょう。」
「だから、頼む。上手く取り入って、仲間となり、あの子を守っては貰えないだろうか?」
「どうして私が。護衛を付ければいいではありませんか。」
「あの子から、護衛を付けないで欲しいと言われてな。」
「自殺願望でもあるのですか?」
「世の中を分かっていないのだ。頼む。この通りだ。」
「やめてください。仕方ない。今度だけですよ。」
「明後日には、冒険者ギルドに行くつもりらしい。そなた冒険者の資格があると言っておったよな?あの子とパーティーを組んでやってくれ。」
「わかりました。」
青年は疲れたようにため息を吐き、ドアの向こうへと消えていった。
「陛下、上手く行ったのですか?」
「勿論だとも王妃。きっとあのふたりは上手く行くはずだ。一月後が楽しみだな。」
「ふふっ、そうですわね。」
2人は顔を見合せて、楽しそうに笑顔を浮かべた。