6.お父様あんまりです
気持ちいい朝を迎え、私は体を解した後、身支度を整えて、朝食に向かった。
自由になったと思うと、景色まで輝いて見えると小説にはあるけれど、その通りだと思う。気持ちも心も軽やかだわ。
廊下でアルフレッド兄様と話しながら、歩くのも楽しい。
「今朝はいつもより顔が明るいね、ミュリエル。」
「勿論ですわ。長年の夢がかなったのですもの。」
「うん。本当に頑張ったね。お疲れ様。」
優しく微笑むお兄様は、サラリと流れる金髪も麗しくて、朝から拝見すると心が洗われるようだわ。
「ミュリエルは、長期休暇をどう過ごす予定なの?」
「色々考えたのですけれど、もう猫を被る必要もありませんでしょう?なので、少し羽目を外して、冒険者をしようかと思うのです。」
「それは、僕は賛成しかねるな。怪我をするかもしれないよね。ミュリエルが強いのは分かっているけれど、心配なんだよ。」
「お兄様。」
「旅行はどうだい?南の半島は、もう春らしくなっているそうじゃないか。」
「でも。」
「ね、ミュリエルの好きな騎士を護衛に連れて行って、旅先で剣の練習をしても良いから、冒険者は止めた方が良いよ。」
では、誰か連れて行って、冒険者はどうかしら?
あぁ、でも、やっぱり護衛はいらないわ。
私、ドレスを脱いで、思いっきり体を動かしたいのよね。
話しているうちに、食事室に着いたので、話を中断し、部屋の扉を開けた私達は、その場に凍りついた。
「ち、ちちうえ。」
周りの侍従、侍女も顔色を失い、ビクビクと、体を強ばらせている。
鬼のような形相と、言葉では聞いたことがあったけれど、それを目の当たりにすると、衝撃は大きい。
まるで巌のように椅子に座るお父様、一体何があったのでしょう。
ギギキッと、顔をまわし、私達を認めると、途端に恐ろしかったお顔が、眉が下がって悲しげな顔になった。
「ミュリエル、すまない。力足らずの父を許してくれ。」
日頃、飄々としたお父様が、一体……。
「父上、何があったのですか?昨日は陛下のお呼びで王宮に向かわれたはず。此度の件で、まさかミュリエルにまで咎が及んだと?」
「咎の方がマシだ。それなら私の力でどうとでもできた。しかし……。」
「お父様、はっきり仰って下さい。」
お父様は、覚悟を決めた表情で、私達を見つめてきた。
「公示は来月の10日だが、ミュリエルが王妃になることが決まった。」
「ま、まさかカリスト様と、また婚約せよと?」
「それは酷すぎます。父上、陛下は何を考えておられるのですか!!」
お父様はゆるゆると首を左右に振った。カリスト様では無い?ではどなたと?
「では、どなたに嫁げと?」
「決定権はミュリエルにある。」
「は?」
「王妃はミュリエル。これが決定事項だ。そして、ミュリエルの夫となった者が、この国の王となる。」
隣で、お兄様がそっと胸をなでおろしたのを、私、見過ごしませんわよ。
「私に王を選べと?」
「そうだ。同時にこの告知は、近隣諸国にも伝えられる。お前の逃げ場はない。」
私は、唇を噛み、思いっきり両拳でテーブルを殴りつけた。あら、少しヒビが。気にしないわ。
「誰のご発案でしょうか?」
「陛下と王妃殿下がご相談の上、決められたそうだ。」
「あんの狸夫婦……。」
「ミュリエル、少し不敬だよ。」
「お兄様は宜しいわよね。私がお兄様を選べるわけもないのですから。おひとり蚊帳の外ですか?」
「い、いや、そんなつもりは、無いよ。」
私の自由をどうしてくれるの?糠喜びもいい所ではなくて?
「撤回をお願いします。お父様。」
「無理だ。」
「お父様!!」
「告知されれば、大勢お前に求婚してくるだろう。お前さえ気に入れば、どのような立場のものでも問わないとなれば、夢見るものも多いと思う。」
想像するだけで目眩がする。嫌だ。嫌すぎる。
「ミュリエル、これから1ヶ月、自らの手で相手を見つけて来い。それが一番後悔しない方法だ。」
他人事だと思ってませんか?たったひと月でどうしろと?馬を選ぶのではありませんのよ?
私は、お父様に頼んで、陛下との面談の場を設けて頂いた。勿論お父様同伴で。
「おお、ミュリエル、よく来たね。」
「陛下、面談のお許しを頂き、ありがとうございます。」
「そんな他人行儀な、お父様と呼んでくれても良いのだよ。」
「「は?お父様?」」
陛下は何をおっしゃっているのかしら?
「ミュリエルが選ぶのが誰になるか分からないだろう?だから王妃と決めたのだ。ミュリエルをわし達の養子にして王妃とする事をな。」
「私は、そんな事は認めません!!」
お父様が怒り狂っているけれど、私、お父様が結局いつも最後の最後は陛下に負ける事を知っている。
「では、叔父様、ひとつお話しさせて頂いてもよろしいですか?」
「いいとも。なんだい?ミュリエル。」
「叔父様から見て、私はどんな娘に見えますか?」
「それは……、慎ましくおとなしやかで優しい理想的な令嬢だよ。」
「それ、間違っていますから。そうですわね?お父様。」
「まぁ、そうだな。」
「それは、どういう……。」
「私、素手で叔父様の前にあるテーブルを割ることができましてよ。」
「え?」
「私、もう猫をかぶるのは止めることにしましたの。それでも私を王妃にすると言われますか?」
陛下は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。それはそうよね。
「構わないわ。」
天の声は、ドアの方から聞こえた。
「王妃様!」
「構わないと言っているのよ。ミュリエル。あなたの好きに生きて構わないわ。でも、王妃は私の娘になるあなた。これは決して譲りません。」
私達は、王妃様の勢いに負けた。結局は王妃様の一人勝ちと言うことだ。