2.魔女のお告げ
元はと言えば、カリストの生まれた時まで遡る。
彼が生まれた時、王の居室に一人の魔女が現れた。その魔女は、王にこう伝えたそうだ。
「今宵生まれた王子は、正しい者に育てなければならない。王子が愚かな真似をすれば、国を継ぐ事ができなくなるだろう。」
まぁ、当たり前と言えば、当たり前の話なので、王は、うんうんと頷きながらも、あまり深刻に考えはしなかった。
深刻に考えたのは、我が公爵家。
主である王家に問題が起こるのは困ると、翌年生まれた私を早々に婚約者にして、お目付けとして育てる事にしたのだ。
おかげで私は、幼い頃から、王妃教育、王子の遊び相手兼話し相手、更には剣術の稽古まで、休む間もなく追い回された。
カリストより目立たず、嫋やかな令嬢らしく見える努力をし、彼をおだて過ぎず、貶し過ぎず、さり気なく間違いを指摘し、身を削るように頑張った。
私を哀れに思うお兄様は、私の剣の相手をして、ボコボコにやられて下さったけれど、それだけでは、我慢できないほどに、私の毎日はストレスが凄かった。
お父様は、私のストレス発散にと、剣聖を呼んで私の剣の指導にあてて下さった。
私が令嬢らしからぬ姿を他の人に見せる事ができないので、お兄様や剣聖との練習は屋敷の地下でしか行えない。
私はいつも騎士達が、広々とした練習場で鍛錬する姿を羨ましく思っていた。
師匠との剣の練習は、それでも全てを忘れるほどに楽しかったが、15になった頃には、師匠も私には勝てなくなってしまい、修行に出ると、旅立ってしまった。
その時は、随分と泣いたものだ。
今でもその時の事を思い出せば、涙が出るほどだ。
そして、我慢を覚えた私は、1年遅れで、カリストと同じ学園に入学した。
私は、入学直前に、意を決してお父様に話をする事にした。
「お父様、お話がございます。」
「何だね?ミュリエル。」
「私の未来についての話です。」
「ほお。」
面白そうな笑顔を浮かべるお父様。この笑顔が曲者なのよね。
「私、今まで、たいそう頑張ってきたと思います。」
「その通りだ。」
「いつまで頑張ればよろしいのでしょうか?」
「ううん、そうだね。ミュリエルは、いつまで頑張れるかな?」
「実はもう限界だと思っているのです。」
「カリスト殿下は嫌いか?」
「好き嫌いの相手として考える気も起きません。でもそんな相手に私の時間を浪費されるのが、嫌ですの。」
「ふむ。」
「今までは、王宮に行かなければ、顔を合わす事も無く、彼と話す必要もありませんでした。でも、学園に入れば、毎日でも顔を合わせるでしょう。」
「そうだろうね。」
「もう、正直なところ、めんどくさいのです。」
「ミュリエルの気持ちは分かるつもりだ。」
私は、お父様の顔を見つめて、1つの賭けを申し出た。
「学園で、私はカリスト殿下の行動に対し、一切の指摘をいたしませんし、殿下が間違いを起こしても注意致しません。」
「今までの役目を放棄すると言う事か?」
「そうですわ。」
「それで?」
「もし、それでも殿下が何も問題を起こされなかった場合は、私は今まで通り、役目を果たします。でも、もし、問題を起こされたら、私を自由にして下さいませ。」
「ミュリエルは殿下が何か起こすと思うのか?」
「そうですわね。甘言に弱い方ですから、人に惑わされる危険はあると思っていますの。」
「甘言に弱いのは困ったね。」
「ええ。そのような方を主とするのは、困りますわ。国としても困りますわよね。でも、側近もいらっしゃいますし、彼らがそれを補えるのならば、よろしいかと思っています。」
「つまり、側近の品定めもしたいと言う事だな?」
「はい。」
「いいだろう。では殿下が卒業するまでの残り2年、何事もなければ、今まで通り猫をかぶり、嫋やかな令嬢としてカリスト殿下に仕えなさい。
もし、何か起これば、お前の好きに生きる権利を与えよう。」
「約束ですわよ。お父様。」
そして、私は、このおとなしやかな仮面を外す日を楽しみに学園に入学した。
「おはようございます。ファインバッハ様。」
「皆様、おはようございます。」
私は、ほんの少し頬を染めて、小さな声で返事をする。返事を返された生徒達は、嬉しそうに笑顔で走っていった。
学園において、公爵令嬢である私は、いわゆる高嶺の花だ。普通ならば声をかける事も許されない。
だが、上下のない学園の中ならば、それが可能になる。
そうして、彼らは人脈を形成していくのだ。
私は私で、日頃近づく事もできない平民に、話をする機会を得る事ができる。
今、巷で何が話題になっているか、物価の状況はどうなのか、王家にたいし、どんな感情を抱いているのか。
私は、彼らからそんな膨大な知識を得る事に夢中になり、カリストの事は失念してしまっていた。
そして、半年がたった頃、私の耳に入った噂は、カリストが婚約者である私とは別の女性と親しくしているというものだった。