14.事故とジェイク
予想通り、王妃発表は貴族のみならず、王都全体を巻き込む大騒ぎとなった。
ファインバッハ家には、毎日目を通す事もできないほどの求婚書が届き、お父様だけでなく、お兄様も朝から晩までその対応に追われている。
送られて来た求婚書を確認し、家の名前順にリストを作って、綴じた求婚書を並べ、王都の地図に送ってきた家には赤い印を付ける。
毎日毎日、地図が赤く染まっていって、赤くない所を探すのが大変な程。息子がいなかったはずの家からも、なぜか聞いた事のない名前の息子の求婚書が届く。
「お父様、私、学園に通っても良いのでしょうか?」
「うーん。難しいかもしれないな。」
「でも、新学年の授業が始まって、もう5日。学園に戻りたいです。」
わかっている。門の前には、朝から花束を抱えた子息が並んでいることも。彼らを押し返すために、我が家の騎士達がどれ程苦労しているかも。
「仕方がない。学園までは、偽装して、使用人口からそっと出て行きなさい。馬車は、ユーグの家の前に用意させる。護衛には影をつけるから。」
「我儘を言ってごめんなさい。」
「お前が謝ることでは無い。」
「お父様。」
下働きの姿で、今は引退した影の一人であるユーグの店の前に停めてある馬車に乗り込んだ。
制服は、その馬車の中で着替え、学園の裏口からそっと中に入った。
けれど、教室に入った途端に注目を集め、私は、授業が終わると大急ぎで教室から飛び出した。
それなのに、あっという間に取り囲まれ、学園の廊下は人だかりになってしまった。
「お願いです。やめてください。」
私の言うことなど、誰も聞いてくれない。次々に人が押し寄せる。私は、初めて、恐怖を感じた。
「苦しい。止めて!!」
私の背中で、窓ガラスが嫌な音をたてている。
パリーン!
背後の窓ガラスが割れ、体が宙に浮いた。
えっ?と思うまもなく、体が投げ出され、私の伸ばした手は、何も掴む事ができない。
教室は3階で、私は死を覚悟した。
その時、ふわりと体が落下を止めた。私の目は青空を捉えたまま、体は緩やかに落下していき、一人の男子生徒の腕の中にすっぽりと収まった。
濃紺の髪が風に浮かんでいる。
「ジェイク?」
「怪我は?」
「ありがとう。でも、あなた何者?」
******
授業が終わって、次の馬術の授業に向かう為に歩いていたら、上から、ガラスの割れる音と、悲鳴が聞こえてきた。
慌てて落下するガラスを避け、見上げれば、人が落ちてくる。見間違いようもない淡いブロンド。
ジェイクは、迷いなく風魔法を使った。
「あなた何者?」
ああ、流石に彼女は知っているんだなと、思った。
落下を少し緩やかにしただけで、不自然でないように受け止めたのに、彼女には気づかれてしまった。
「ここで、説明はしたくない。移動しようか。」
「え、あ、はい。」
大急ぎで移動し、影に案内されるまま、無紋の馬車に飛び乗った。
「ミュリエル、怪我は?」
「……大丈夫。ありがとう。」
俯いたまま、礼を述べるミュリエルに、顔をあげて欲しい。ジェイクは、そっと握りしめられた手に自分の手を重ねた。彼女の恐怖が震える手から伝わってきた。
「もう大丈夫だから。安心して。屋敷に送ろう。それとも別の場所が良い?」
「人目につかない所へ、行きたい。」
「わかった。」
そのまま馬を走らせ、ロルケの村へ向かった。ミュリエルは、王都を出ると、少し落ち着いたようで、震えが止まってきた。
「落ち着いたか?ロルケに向かっている。」
「あなたの村へ?」
ミュリエルは、今、クルトになっていない事すら、わかっていないようだ。
「そう。きっと一番安心な場所だろう。」
「……うん。」
あそこなら、ジェイクだけでなく、師匠もいる。村人も見知らぬ人間が来れば教えてくれる。
緊張が解けたのか、ミュリエルがウトウトし始めたので、ジェイクは、向かいあわせから、隣の席に移り、彼女を自分に寄りかからせた。されるままに凭れ、目を瞑るミュリエルを見ていると、ジェイクは、彼女を窓から落とした人間達に対する怒りが込み上げてくる。
全てはあの王妃告示のせい。そして、こうなる事がわかっていなかった自分のせいでもある。
「ごめん。ミュリエル。」
いつの間にか眠ってしまったミュリエルからは、答えがなかった。
ジェイクは、ファインバッハ公爵家に影を使いにたてた。ミュリエルを安全な場所に預かるので、暫くは、探さないで欲しい。ジェイクの身元確認については、王陛下に確認して欲しいとの内容を伝えた。
それでも公爵は、心配するだろうけれど……。




