13.結婚相手の条件
私は、ジェイクとの討伐依頼を終え、屋敷に戻り、お父様にたっぷりとお小言を食らった。
護衛を撒いて出掛けたのだから、仕方がない。覚悟の上だった。でも、得たものは……。
ジェイクの二刀流、私もやってみたかった。もう少し時間があれば、習いたかったけど、あれ以上、家を留守にするのは無理だったから仕方ない。
せめて、彼の連絡先を聞いておけば良かった。ギルドで教えてくれるかしらね。
私はぼんやりと窓の外を眺めた。1ヶ月以内の婚活。
そんな短時間で知り合った人と、結婚。
結婚するなら、強くて、優しい……そう、ジェイ……。
え?今、私、何を考えたの?ちょっと待って。
触れた頬が熱い。
でも、ジェイクは駄目。私が選ぶ人ならば誰でも良いとはいえ、平民は選べない。きっと相手に迷惑をかけてしまう。苦しめてしまう。貴族社会は、身分の低いものに寛容な世界じゃないから。
私を選んだ事を後悔させたくは無い。選ばれた事を恨まれたくない。
だから、平民のジェイクだけは選んでは駄目。絶対に。
たとえ、彼以上に惹かれる人がいなくても……。
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アルフレッド・ファインバッハは、父親と向かい合わせに腰を下ろし、窓の外、未だに灯りの消えない部屋を見つめ、ため息を吐いた。
「父上、気丈にはしていますが、やはり王妃の件、ミュリエルに大きな負担になっているようですね。」
「それは、そうだな。」
元々、王妃となるべく教育を受けてきた妹だ。覚悟はあったはず。だが、それは、王の伴侶となる決められたコースを辿る道で、自分の伴侶を王とする道ではない。
妹の決定がこの国をどう変えてしまうか分からないのだ。
「今からでも、カリスト殿下に、王位に着いていただくことは出来ないのでしょうか?」
「無理だな。王太后が生きておられた時ならば、それもありえただろう。しかし、今は……。」
「父上、私は、どうしたらいいのでしょうね。ミュリエルを助けてあげたいのに、あの子に相応しい相手を思いつかないのです。」
「それは、私もだ。評判の良い子息を調べているが、今回の件で、評価を落とした者が多くてな。」
「どういう事ですか?」
「彼らは面白がって、はやし立て、あの令嬢が間違っていると気づきながら、ミュリエルの評価が下がるのを楽しんでいたようだ。」
「な、どうして!」
「優秀で、表情をあまり変えないミュリエルが、泣いて自分に縋ってくるのを待っていたらしい。婚約破棄になれば、有利な条件で、自分の婚約者にしようと狙っていたようだ。」
「まさか……。」
「大人しそうと、思われたんだな。」
「ええーーーーっ、なんですか?その誤解!」
「世間の評価はそうなんだ。」
ありえない。今でもあの練習という名の、扱きの地獄は忘れない。あの妹が縋る?誰に?なぜ?
だから、世間の評価は当てにならない。
アルフレッドが間もなく結婚する相手は、伯爵令嬢だが、彼自身で相手を見極めて決めた人だ。
そう、彼は偶然見かけ、心惹かれた彼女を、その屋敷の見習い侍従となって、人となりを自分の目で確認した。
その上で、彼女にプロポーズして、受け入れて貰ったのだ。
その話をミュリエルに聞かせたら、なぜか引かれたが……。
さらにその上で、彼女に侍従の振りをした事は死んでも話すなと釘を刺された。なぜだ?
「父上、私達が相手を選ぶのは、ギリギリまで待ちましょう。あの子の選択に任せた方がいい人と巡り会えるかもしれませんよ。」
「そうであって欲しいな。」
二人はようやく窓から灯りが消えたのを見て、ソファから身を起こした。
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私は、結局、あの1回しか冒険者として依頼を受けに行けず、ジェイクとも会えないまま、長期休暇が終わろうとしている。
パーティーには数回参加したが、いつの間にか騎士団長の息子が倒されたのは、私のドレスの裾を踏んで、自ら転んだという話になっていて、それを面白おかしく話しながら、擦り寄る男性にうんざりした。
「どうしよう。告示の日が来てしまうわね。」
独り言の増えた私に、昔からの侍女のマーサが、黙って蜂蜜と少しばかりのブランデー入のホットミルクを差し出してくれた。
「お心に叶う人はおられませんでしたか?」
「うん。」
「では、そういう人が見つかるまで、無視なさいませ。お相手を決めるのは、お嬢様でしょう?」
「いいの、かな?」
「かまわないのではありませんか?問題があるようでしたら、お嬢様が王になられてはいかがですか?」
「ふふっ。無茶苦茶言ってるわね。」
「そうですか?私はお嬢様さえ良ければ、構いませんわ。」
「ありがとう。マーサは何時だって私の味方ね。」
「はい。」
そうね。告示したからと言って、直ぐにとは決まっていない。少し待ってみよう。
でも、ジェイクが頭から離れない私は、どうしたらいいのかしらね。




