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変わらない距離と変わった心

「ごめん」


ポツリと謝った声で、ルークは顔から手を離してこちらを向いた。


「好きって言ってくれたのに、私、そういうことがよくわからないみたい」

「うん。………だろうなと思ってた」


そ、そうなんだ。

ソファの上でずるりとずっこける。

―――その拍子に、頭の片隅でずっと気になっていたことをはっと思い出した。


「あっ………ルイーザ様……?!」


ずずいとルークの方に勢いよく身を乗り出すと、彼はびっくりしたように背中を反らした。


「ねえ、ルイーザって女の人と付き合ってるんじゃなかったの?!」

「ルイーザ? ………ああ、あの人は、単に聞きたいことがあったから話をしていただけだけど」

「恋人じゃないの?」

「恋人? 彼女が? それはない」

「じゃあなんで昨日手にキ、キ………」

「手の甲にキス? そんなもの、社交界では挨拶代わりだよ。………まあ、メイが嫉妬してくれたらいいなぁなんてちょっと思ったりしたけど………」


そんなこと考えてたの?


「あの子、ルークにフラレたって泣いてたよ」

「そう言われても、俺が好きなのはメイだし………」


しまった。話が戻ってきてしまった。

第一、ルークのことを好きだと言うルイーザ様をかばうなら、私のことが好きなルークにどういう言葉をいえばいいのか。

ぐるぐると考え込んだ私を見て、ルークは苦笑を浮かべた。


「俺の気持ちのことなら、俺が勝手に期待して馬鹿なことしただけだから、メイは気にしなくていいよ」

「で、でも………」


そう言われても、このままじゃ私は自分のことを好きな相手の好意につけ込んでいる無神経女のままだ。

会話が途切れると、さっき私のことを好きだと言ったルークの声がふいに甦ってくる。

じわじわと――――――

じわじわと、好きという言葉が心に届き、染み渡っていくみたいな。

所在なくシャツの裾をいじる。

掌3つ分の距離が近いように感じて、何気なく体を離した。


「―――ーねえ」

「え?」


声を掛けられて横を見ると、にこりと笑うルークとぱちりと目が合う。


「メイは、こうやって俺の隣に座ることは何も思わない?」

「………思うって、何を?」

「じゃあ、こうして俺が家にいることも特に違和感はない?」


どういう意図で尋ねているのか分からないけど、とりあえず正直に答えることにする。


「うん。お屋敷では一緒に暮らしていたようなものだし………」

「でもその時は同じ部屋ではなかったよね」

「………そうだけど」

「メイが一人暮らしするようになってからは、夜に俺と一緒にご飯食べたりもするようになったよね」

「それは………ルークが料理作ってくれるから………。子供の時も、夜に星を見に行ったりしたじゃない?」

「じゃあ、俺の近くに座るのもなんとも思わない?」

「え、えーと………」


答えをためらう間に、ルークが掌一枚分距離を詰めた。


「私さっき薬を盛られたところなんだから、ズルくない?」

「ズルくないよ。だって普段のメイじゃ俺に勝ち目がないってことがさっき分かったから。もしかして、今ドキドキしてるの?」


……いたずらっぽく笑うルークに対して正直に答えたくなかった。

きっとこの動悸はあれを飲んだ効果が続いているからで、他に理由なんてない。はずだ。

近くなった分反対側にお尻をずらすと、ルークも同じだけ近づいてくる。


「ねえ………ちょっと近い気がするんだけど……」

「いつも髪を結ぶ時はこれくらい近いでしょ。触ったりもするし」


また少し距離を詰めて、私の右耳を掠めながらルークが手を伸ばしてきた。


「ひゃっ」

「………」


ルークが触れるのと同時に、出したことのない変な声が出てしまった。

反射的に口を押さえると、彼はそんな私を見て笑いをこらえるように拳を自分の口元に当てた。


「な、なによ」

「んー? かわいい声だなと思って」

「は?! な、な、何言って………?!」

「うんうん。赤くなってるのもかわいいね」


かわいいを連呼するルークに、自分でも頬が熱くなるのが分かった。

なんなのこの人。どうしちゃったわけ?


「ああ、そういえばいつも俺の目の前で着替えたりするよね」

「そ、それは、だって、ルークはモテるし、私の貧相なもの見ても何も思わないだろうなって……」

「ふうん。じゃあいつもみたいに着替えていいよ。今。ずっとスラックスじゃ疲れるだろ?」

「はあ? 何言って………いやいやいや無理だって」


ぶるぶる首を振る私をおもしろそうに見やってから、ルークはわざとらしく首を傾げた。


「いつもと一緒だよ? 俺はメイのことが好きで、目の前で好きな女の子が下着になっているところを下心満載で見てるけど、メイは俺のことなんて口うるさい母親くらいにしか思ってない。ほら、一緒」

「し、下心って………」

「好きな子が肌を見せてるのに反応しない男なんていないよ。知らなかった?」


小説とかでそんな話を読んだことはあるけど、今まで彼がそんな欲求を出すところを見たことない。

私の前では、いつだって穏やかで、清潔で、綺麗な人だった。


「じゃあメイは、俺が議会の古狸どもとやり合ってぐったり疲れ果ててるのにメイの家に寄ってご飯を作ったりするのは何でだと思ってたの? 底抜けのお人よしか世話焼きとでも?」

「う………」

「メイが思うほど、俺はいい人間じゃないよ」


自重するようにそう言ったルークが、一瞬すっと目を細めた。

あっ、と思った瞬間、とんと肩を押されぐるりと視界が上を向く。


気がつけば、私はソファに背中を預けて横たわっていた。


「え………」

「今でも俺は、身の回りの世話をするだけの無害な友人?」


私が起き上がろうとするのを邪魔するように、ルークは両手を私の顔の横に突いて覆いかぶさった。

アイスブルーの瞳に、目を見開いた自分の姿が映る。


「ずっと………ずっとメイしか見てなかったのに、優しくするだけじゃ何も伝わってなかったんだな」


目を伏せて呟いてから、ルークはふんわりと優しく私を抱きしめた。体重を掛けず、大事そうに―――大切だと言っているかのように。

色んな所がルークと触れ合っていて、甘い疼きがどこからやって来ているのか、もう分からない。

そしてルークはおもむろに私の耳元に唇を寄せると、


「………思い知ってね」


―――俺がメイを好きだってこと。


耳の中に吹き込むように、吐息とともにルークの声が入り込んでくる。

そこから一気に全身に熱が広がり、早鐘のような鼓動に全身を支配されてしまったみたいに、ぎゅっと胸のあたりが苦しくなった。


ルークは満足したような笑顔を浮かべると、やっと私の上から身を起こしてソファから立ち上がった。


「もう帰るよ。これ以上いたら止まらなくなりそうだし」

 

何が? とはもう聞けなかった。


「サンドイッチが台所にあるから晩ご飯に食べるといいよ」


上着を羽織り、帽子をかぶったルークは、玄関のドアの前で何かを思い出したかのように振り返った。


「あの試料の分析、頼むよ」


はっ。すっかり忘れていた。

テーブルの上には土入りの封筒達が置きっぱなしになっていた。

そうだった、今日はこれの受け渡しをするためにルークが来たんだった。


「わ、分かった。一週間くらいで結果が出ると思う」

「うん。じゃあ1週間後にまた来るよ。………どんな結果が出ても教えてね」


念押しするように微笑んでから、ルークは静かに部屋から出ていった。

あとに残されたのは、放心状態でソファに横たわる私だけ。

ゆっくりと起き上がると、まだ心臓がばくばくとものすごい速さで胸を叩いていた。


「1週間後…………」


その日にどういう顔でルークと会えばいいのか、すでに分からなくなっていた。



―――でも、それ以上に大変なことが起こるなんて、この時の私はまだ知らなかった。

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