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盛られたみたいです

ルークが私に惚れ薬を盛った―――?


いつ?

ぐるりと自分の行動を思い返す。

はっとテーブルの上の紅茶に目を向けると、ルークは肩を竦めながら小さく頷いた。

途端にさっきまでの自分の状態が腑に落ちる。

突然の体温の上昇に動悸、息切れ―――そういうことだったのか。


「どおりでおかしいと思った………」

「ははっ。それってこれまで俺に対してドキドキしたことなんてないから? よっぽど眼中になかったんだな」

「眼中……? えっ、な、何言ってるの? だってルークは一緒にいたら一番安心する相手だから………」

「そう。嬉しいよ」


にっこり笑うルークがそう思っていないことは、いくら私でもはっきりと分かった。


「ねえ、やっぱり怒ってるでしょ。何か気に障ったなら謝るから、怖い顔しないでよ」

「怒ってるわけじゃない。ただ……がっかりしてるんだ。惚れ薬が効いてなかったから」


人差し指でテーブルをとんとんと叩きながらルークが言う。

約束の時間に遅れようが、生返事をしようが、注意されたことを直さなくても本気で怒ったりしてこなかったルークが苛立っている。

そのことがとても怖い。

昨晩ルークに試供品を渡したから、彼がそれを使うことは想定していたけど、まさか私に対して使うなんて思ってもみなかった。

どうして私なんかに?

ルークならかわいくてマナーも完璧でお金持ちのご令嬢がたくさん周囲にいるはずなのに、なんで私?

だって惚れ薬(という触れ込みで渡したもの)を盛るってことは、私に惚れた状態になってほしかったってことで………それは、つまり…………


「………私に、好きになってほしかったの? どうして?」


得られた結論が信じられなくて思わずルークを見上げると、彼は深い深い溜息をつきながら、がっくりと肩を落とした。


「ここまで来て、どうして、か……」

「ごめん、私の勘違いだったなら―――」

「勘違いなんかじゃない。メイに俺のことを好きに―――惚れてほしかったんだ。君のことが………好きだから」

「は?! わ、私?!」


ルークが私を好き?

好きって、つまり、恋愛的に? 


公爵家の跡取りで見目麗しい貴族のこの人が、見た目も行動も淑女から程遠い私のことが、好き?

自分の姿に目をやっても、汚れて皺の寄ったシャツと男物のスラックスを着た女しかいない。

肌だって特段手入れをしているわけじゃないからガサガサしているし、客観的に見て女らしさなんて欠片もない格好だ。

好きになる要素なんてゼロだと思うのだけど。

でも、私を見下ろすルークの切ない表情を見ると――――――信じざるを得ない気がした。


「むしろ気が付かなかったメイにびっくりなんだけど」

「だって、今までそんな素振り………」

「本気で言ってる?」


呆れたように言われて、改めて今までの彼の様子を思い浮かべてみる。

ご飯持ってきてくれた。髪を梳いてくれた。お菓子をくれた。頭を撫でてくれた。寒い時はコートを貸してくれた。


「………世話焼きなんだなぁ、って……」


正直に言うと、とうとうルークは両手で顔を覆ってしまった。

そして「参った」と呟き、苦笑を漏らした。


「あーあ。メイに駆け引きなんて仕掛けた俺が馬鹿だったんだな。負けた。降参。薬を使っても敵わないなんて思わなかった」

「そ、それなんだけど!」


誤解を解くには今しかない気がして、急いでルークの言葉を遮る。


「あれの中身、惚れ薬なんかじゃないの!」

「…………………………………は?」


たっぷり間を置いてから、ルークは信じられないという顔をした。


「……じゃあ、あれは何?」

「だから、あれは惚れ薬じゃなくて、単に脈を速めて体温上げる滋養強壮剤的な飲み物なの!」


………………………


「あー――――――………俺は何を………」


額に手を当てたルークは、ふらふらとダイニングの隅っこに置いてあるソファに向かい、どさりと腰を落とした。

そのままへたれた安物のソファの背もたれに力なく頭を預けて、じっと動かなくなってしまった。


「なんか、ごめん」

「いいや………変だと思ったんだよね。そんな人の心を操るようなものをメイが作るのかって」

「そんなの作ったら一発で規制に引っかかっちゃうよ。だから『惚れ薬』じゃなくて、『人をドキドキさせちゃう飲み物』ってことで売り出そうかと………」


もごもごと早口で答えていると、ルークが体を起こして言った。


「でも現に俺も勘違いしたし、若い女の子は余計惚れ薬だって思っちゃうんじゃないかな。危なくない?」

「うう……」


改めて言われると、自分が考えていたよりもリスクが大きいような気がしてきた。


「………となるとスコッチに代わる気付け薬として売り出すか……でも………」


顎に手を当ててぶつぶつ呟いていると、ふとソファの方から視線を感じた。

さっきまでの強くて怖いものとは違う、気遣うような視線。


「そんなに経営がまずいのか? あの研究所」

「………」


………実際、けっこうまずい。買い替え費用がないからガラス製品をなるべく割らないように、なんてお達しが来るレベルだ。

しかも、今年に入ってから明らかに所長の寄付金集めのためのパーティが増えた。

優れた研究者である所長が、白衣を着る時間よりも、本を開く時間よりも、金持ちのご機嫌を取っている時間の方が長くなってしまっている。

所長は、それが自分の役目だと言って笑うばかりで。

研究の面白さを教えてくれた人がお金のことばかりになっている現状が、私は悲しい。

研究所の先行きについて考えると、ついつい眉間に皺が寄り、難しい顔になってしまう。


「もしメイがそれを気付け薬として売り出すなら、俺が投資するって形で支援するけど―――」

「いやだ」

「………メイ、子供じゃないんだから」

「ルークに知られたら、絶対そう言うだろうから嫌だったの!」


いい加減ルークに頼らなくても大丈夫なんだってことを示すいいチャンスだと思っていたのに、お金を出してもらったら結局恩が増えるだけになってしまう。だから知られないよう準備していたのに。


「別にそれくらい……。ハーディング家として表立っては支援できないけど、俺のポケットマネーなら」

「だって、それじゃ全部ルークにお世話してもらうことになっちゃうじゃない。今の私があるのは全部ルークのおかげだから、せめてこれくらいは自分の力でって思ってたの!」

「………………」

「なんで頭を抱えるわけ」


顔をしかめる私をよそに、なぜかルークは両手で顔を覆って膝の間に頭を埋めるようにうなだれていた。

頼られなかったことにがっかりしているんだろうか。

その時、顔に当てた指の間から、くぐもった声が漏れた。


「………もしかして、俺にあの薬盛ったりした?」

「え………盛ってないけど………。そんなことしたら売る分が減っちゃうじゃない」

「そ、そうか」


そうだよな……と呟く声がだんだん小さく消えていく。

どうして盛られたなんて思ったんだろう。

………今の会話にドキドキする要素なんてなくない?

せっかく復活したと思ったのに、またしてもしょんぼり(?)してしまったルークが可哀そうになって、私は椅子から立ち上がるとソファに座る彼の隣に腰を下ろした。

憔悴した表情のルークが指の隙間からちらりとこちらを見たので、慰めるつもりでぽんぽんと肩を叩く。

するとルークは回復するどころか、ますます頭を抱えてしまった。


―――そこでやっと、私はさっきまでの会話を思い出した。

惚れ薬の売り出し方について思い悩んでいるうちにすっかり忘れていたけど、そういえば、この人私のことが好きとか言ってなかったっけ。

あれ?

―――もしかして私、すごく無神経なことしてる?

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