どきどきの理由
どっどっと一定のリズムでこめかみが脈打っているのを感じる。
なに、これ。
心臓のあたりが熱くてたまらない。
土入りの封筒を掴んだ掌がじわじわと汗ばんでくる。
なにより変なのは、ルークがやたらとキラキラして見えるってことだ。
元からそりゃもう綺麗な美男子なんだからキラキラしてるのは当たり前なんだけど、それとはなんか違うっていうか、待って、なんでこんなに顔が火照ってるの?
向かい側からじっと注がれるルークの視線を感じて、さらに心臓のテンポが速くなっていく。
「メイ?」
テーブルごしに伸ばされたルークの手が、土入り袋を掴んでいた私の右手をふわりと包んだ。
まるでルークの手に食べられてしまったみたいに、すっぽり覆われている。
私の手って、こんなに小さかったっけ?
温かいのに、触れている部分がぴりぴりとして弱い電流が走っているみたいな感覚。
不愉快ではないけど………落ち着かない。
逃れようと手を引くと、ルークは力を込めて簡単に私の手を自分の方に引き寄せた。
いきなり何を……
思わず顔を上げるーーーと、てっきりからかうような顔をしていると思ったのに、ルークはまるで私を詳細に観察するような、真剣な瞳をしていた。
それがなぜか、少し…………怖い。
思わず顔を背けてしまった顔を、すぐにルークがもう片方の手を伸ばして私の顎に手を添え、優しい手つきでくいと自分の方を向かせた。
その間もずっとルークは強く私を見つめ続けている。
なんだか、目を合わせるのが気まずくて、とってもいたたまれない。でも顎を掴まれているから動くこともできない。
「……………あの、み、見ないでほしんだけど……」
「どうして?」
視線を外さないまま、ルークが口だけ動かして言った。
どうして、って………。
それこそ私のほうがどうして?と聞きたい。どうしてこんな風に困らせるようなことをするの?
何か縋るものはないかと部屋のあちこちに目線をうろつかせているうちに、顎に添えられていた彼の手がすっと外された。
ほっとしたのも束の間、ルークはぎっと音を立てて椅子から立ち上がり、私の座る椅子のすぐ横まで来ると突然片膝を付いて私を見上げた。
「なっ、なに?」
「メイ、オレに見られるのは、嫌?」
小首を傾げ私を見上げるルークの瞳は、まるで私の奥から何かを引きずり出そうとするかのように、強く、強く輝いて、その視線に晒されるとどうしようもなくどきどきと胸が高鳴っていく。
跪いたルークは、さながら忠誠を誓う騎士のように凛々しくてかっこよく見えた。
「い、嫌とかじゃなくて………だ、だ、だって、ルークに見られてるとドキドキするから…………」
尻すぼんでいく声とともに、赤くなった顔もだんだんと俯いていく。
すると、突然ルークの両手が膝の上で所在なくもじもじとしていた私の両手をぎゅっと握りしめた。
「うわっ?!」
「…………」
いたいいたいいたい………!
握る力があまりにも強いから指がへしゃげてしまいそうだ。
指を折るつもりか、と文句を言おうと息を吸うーーーでも、
「……ルーク………?」
私の手を握る彼の顔を見て、その威勢はへなへなと萎れてしまった。
ルークはどうしてだか、ひどく辛そうな、苦しそうな顔で下を向き、何かに耐えるように唇を噛み締めていた。
「ルーク? どうしたの?」
おろおろと自分よりも低い所にある彼の顔を覗き込もうとすると、急にルークがぱっと顔を上げた。
彼は、はっと息を吐いて自嘲めいた笑みを浮かべると、
「やめた」
突然きっぱりとした声色でそう口にした。
そして、次に彼が言った言葉に、私はぴしりと固まった。
「メイも、惚れ薬を売るなんてやめた方がいいよ」
「は…………?」
な、なんで?
どうしてルークが惚れ薬のことを。
訳がわからなくて何も言えないでいると、ルークは握りしめていた力をゆるめ、押し潰されていた私の手を労るように優しく撫でて手を離した。
触れている部分がなくなって、なぜかひんやりとした寂しさを感じる。
立ち上がって1歩距離を取ったルークは、「あーあ」と吐き出しながら、彼らしくない乱雑な手つきでぐしゃりと前髪をかき上げた。
彼の口元はいまだに笑みのような形になっているけど、見たことないほど歪なものだった。
盛大に溜息を吐いて肩を落としたルークは、ちらりと目線だけをこちらに向けた。
「………どうして惚れ薬なんかって思ったけど、どうせ研究所絡みなんだろう?」
「え」
「その顔は正解かな。予算会議のあとにあれだけ議会を批判していた君が何も言わなくなったからおかしいと思ったんだ。しかも連日遅くまで作業しているし、泊まり込みも明らかに増えた」
「う」
言い当てられすぎて、何も反論できない。
「待って。もしかして昨日の舞踏会って………」
「最初から気づいてたよ。久しぶりのメイド服だったね、メイ?」
「げっ」
ばればれだったのか………。
必死で声を出さないようにしていたのが馬鹿みたいだ。
「気づいてたなら、言ってくれればよかったのに」
「何か目的があるようだったから邪魔しちゃ悪いなと思って。それに、あの日は他にすべきこともあったし………」
「すべきこと?」
聞き返した私の言葉をルークは素早く遮った。
「それはどうでもいい。とにかく、君が試供品だと言って何かを配っているみたいだったから、それがなんなのか気になったし、俺に隠れてこそこそ準備していたってことは、知られたくないんだろうなと思って」
だから何も言わなかったんだよ。
そう口にするルークに少しの違和感を感じて、私はまじまじと彼を見つめた。
言葉にするほどではないけど、いつも私の世話を焼く彼とは違う、薔薇の香りが立ち込めた庭園でルイーザ様と寄り添っていた時の彼のような、別人みたいな雰囲気ーーー
「ねえ、メイは俺のことを好き?」
「え?」
「どきどきするって言ってたけど、俺のことが好きなの?」
「す、すき………?」
突然の質問に、私は目を白黒させるしかなかった。
すき、ってなに?
ルークのことが好きか? そんなの当たり前だ。嫌いな人間になんか近寄りたくもない。
いつだって優しい彼のことが私は好きだ。
でも………なぜか、そう答えてはいけないような気がした。
「わ、わからない………」
「ははっ。考えたこともないって感じだね」
絞り出した私の答えを聞いて、ルークは吐き捨てるように言った。その言葉がぐさりと刺さったみたいな気がして、胸がずきりと痛む。
ルークはしばらく片手で顔を覆いながら、乾いた声で笑い続けた。
笑いすぎて浮かんだ目尻の涙を指先で拭いながら、ルークはポケットから何かを取り出した。
見覚えのあるそれはーーー私が準備したピンク色の小瓶だった。
「ルーク、それ………」
「効かないじゃないか、メイの薬。やっぱり、売るのはやめた方がいいよ」
「効かない………って………」
まさか………
「盛ったの? 私に? あれを?」