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解呪


 その日、「朱の陽」すなわち太陽が、高い位置にある間、琉生と芹菜は「儀式の準備」を行った。


 まずは小さな泉に案内され、身を清めた。そのあと、デフナの家で、椀一杯程度の薄い塩水と、段ボールの切れ端のような、パンを一つ、与えられた。

 次いで、儀式用の衣装に着替えた。

 作務衣のような、白い衣装だった。


 陽が傾き始めると、二人は屋外のテントに誘導された。

 琉生と芹菜が目覚めた場所である。


「まだ、夢から覚めてないみたい……不思議。私たち、これから本当に、この国を救う儀式を行うのかな」


 芹菜が呟くと、琉生も同意する。


「うん……僕も不思議」


 クルリとテントの隅が開き、ライナがやって来た。

 手には湯気のたった、お茶碗のような容器を二つ持っている。

 ライナは二人の前に、それぞれ容器を置いた。


「お飲みください。お浄めです」


 二人が飲み終わると、ライナは言う。


「間もなく儀式が始まります。儀式で使う方円は、練習したものよりも大きいです。

音の種類は七つ。いままでより、札を早く置かないと、音に追いつけなくなります。

私は、どんなに練習しても、追いつかなかった。

お二人が、お二人だけが頼りです」


 ライナは一礼して、顔を上げる。

 その表情は、妹の礼奈によく似ていると琉生は思った。


「そう。一つ言い忘れていました。この儀式がうまくいったら……

取り次いだ者の願いを一つ、必ず叶えてくれるそうです」


 朱の陽が沈みかけ、闇の灯が頭を現し始めようとする頃。


 二人はデフナに呼ばれ、テントを出る。

 いよいよ。

 儀式が始まるのだ。


 芹菜は琉生の手を握った。

 琉生も強く握り返した。

 二人とも、掌は湿っていた。


 儀式の場には、直径が二畳分ほどの、札を納める方円が刻まれていた。

 彼方の地平線に、一筋の朱色が残り、その向こう青白い月の欠片が見えると、一族全員が集まり、座したまま頭を下げる。


 老女が二人の前に立つ。


「始めましょう」


 琉生は七枚の札の包みを解く。

 一点の曇りもない、真白い札である。


「最初は、七回、一つずつ音を出します。それから、神に捧げる曲を吹きます」


 老女が笛を吹き始める。

 途端に札が色を出す。

 方円に描かれた図形にも、同じ色が光る。


 札を持った芹菜が琉生の指示により札を置く。

 それが七回続くと、方円は七種類の色を、細い柱のように立ち昇らせた。


 老女は息を吐き、祈りの言葉を捧げる。

「この地を司る神よ。今一度、その神力を我らにあたえ給え。この札をわれらの誠として、受け取らしめ給え」


 老女が再び、笛を取る。

 琉生と芹菜は見つめ合い、頷き合った。


「はじまる……」

 ライナも老女の後方に座り、二人を見つめた。


 老女の演奏が始まり、琉生の指示は早くなる。

 指示を間違うことなく、秒単位で芹菜は札を置く。

 途中から、琉生には、音が帯のように見えてくる。

 帯は赤から紫、青や緑へと色調を変えて流れていく。


 この色のつながりは、学校で帰宅時間を告げる曲に似ている。

 琉生はそう思いながら、色を見極めていた。


 闇が濃くなっていく最中、方円の一部から、真っ赤な太い柱が天に昇った。


「一つ、解けた!」

 ライナが小さく叫ぶ。


 赤の次は橙色、そして黄色、緑、青、藍色の柱が、方円を囲むように天に向かっていく。

 急に風が強くなる。

 老女の額には、大きな粒の汗が浮かぶ。


 紫色に光る場所へ、芹菜が札を納めると、ひと際輝く紫色の柱が立ち昇る。

 地面は大きく揺れ、闇を切り裂くように、稲妻が走る。


「解除、できた!」

 ライナが叫んだ。


 七色の柱は一つになって、白金色に輝きながら上昇していく。

 そのプラチナの光の中から、月を凌駕するような大きさの眼が、この地に住まう全ての者と、召喚 された二人の人間を見下ろした。


 老女は平伏し、祈りの文言を捧げる。


 琉生と芹菜には、「眼」からの声が届いた。


『外来の者よ、大儀であった。我を呼び出した功績をたたえ、そなたらの願いを一つ、叶えてしんぜよう』


 二人の願いは同じである。

 元の世界に帰りたい!


『さすれば、この札を持ち、我が身体に捧げるべし』


 芹菜の手の上に、ふわり落ちて来た一枚の札。

 白金色の表面に、七つの色が光る。


 芹菜は琉生の手を取って、力の限り札を投げた。


『受け取った!!』


 バリバリと木が裂ける音がした。

 幾筋もの雷光が二人を包んだ。

 琉生と芹菜の意識は、雷光に溶けた。



◇◇◇◇◇◇◇


「か、雷!」

 

 自分の声で、琉生は目覚めた。

 ぼんやりとした視界には、久しぶりに見る父の顔。


「琉生、ルイ!! 母さん! 琉生が」


 薬の匂い。白い天井。

 バタバタと向かって来る足音。


「羽生さん、意識が戻りました!」


 看護師さんがモニターを見て、バイタルチェックをしている。

 そのあとから白衣の男性。お医者さんだ。


 病院?

 僕は、病院にいるの?


 セリナさんは?

 デフナさん、ライナさん、おばあさん……


「良かった! 良かったよ、琉生」


 琉生は父の涙を、初めて見た。


 隣の病室からも、声が上がっていた。

 病室の入口には、『宗岡芹菜』の名札がかかっていた。

 救急車で搬送されてから三日間、琉生も芹菜も意識不明だったと、琉生はあとから聞いた。


 涙を流す父と母からは、桜よりも薄い、ピンク色が見えた。

 琉生の好きな色である。

 そして母の後ろから、そっと顔を覗かせた妹の礼奈は、ニコッと笑って琉生に何かを握らせた。


 琉生が手を開くと、そこには白金色の札が一枚、柔らかな光を放っていた。


本編完結いたします。

後日談でもあれば、また。

企画を立ち上げてくださました、小畠愛子様に深く御礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭の琉生の共感覚の表現が、不思議ですがどこか実感を伴って立ち現れるようで、物語の世界に引き込まれました。(共感覚に関しては、知識はありましたし、軽度の当事者とは今までにご縁もありましたが…
[一言] こんにちは。企画より参りました。 (作者さまの作品は、以前に「この手首の傷は違うんです! ~ウサギ召使いのつぶやき~」や「予言者が、転生して、自分で予言を解決するみたいな」などを拝読したこと…
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