東雲
七
それから一昼夜、琉生と芹菜は、音を色として認識し、同じ色を放つ場所へと札を置いた。
琉生と芹菜の息が合ってくると、ライナは縦笛のような楽器を取り出した。
三つの音のみを使って、ライナは演奏を始めたのだ。
短音を拾うよりも、難易度は高い。
それでも流れてくるメロディを、琉生は瞬時に色としてとらえ、芹菜に指示を出す。
「赤、緑、緑、黄色……」
芹菜は琉生の指示と同時に、札を布に並べていく。
ライナの演奏する一曲を、まったくミスすることなく、二人が札を並べた時、ライナの手から笛がコトンと落ちた。
「ライナ?」
琉生が振り返りライナを見ると、ライナは床に倒れていた。
白い肌にかかる髪の隙間から、糸のような血が流れ出ていた。
途切れ途切れにライナは言う。
「もう、私が、教える、ことは、ない」
ライナの父、デフナが、ライナを抱き上げる。
琉生と芹菜は、促されるように外に出た。
デフナの家の外に出ると、夜明け前の空が見えた。
集落のずっと向こう、青い月が半分だけ見える。
風は冷たい。
「寒いね」
芹菜が言った。
「うん」
琉生が答える。
二人は家の外に置いてある、水瓶から水を飲んだ。
咽喉に沁みる水分の感触が、芹菜には懐かしかった。
野球の練習に明け暮れていた頃、飲んだ水の味だった。
時間の感覚は分からないが、ライナが倒れるくらい、飲まず食わずで札を並べていたのだろう。
空腹感がないのが、芹菜は不思議だった。
「すごいね、セリナさん」
琉生の言葉に芹菜は顔を上げ、手の甲で口を拭う。
「何が?」
「手を動かすスピード。セリナさんの手から、パチパチと火花が見えた」
芹菜は琉生の頭をポンポンと叩く。
「凄いのは君だよ、ルイ君。私には、音が持つ色なんて分からないよ」
琉生も水を飲む。
「昔からね、他の人には聞こえない音が聞こえたり、文字や数字に、色が付いて見えてた」
琉生は水瓶に耳を近付ける。
「今もそう。この水から、優しい音が聞えるよ」
芹菜も水瓶に触れる。
音は聞こえないが、不思議と温かみを感じる。
「だから僕、嘘つきって呼ばれてた」
芹菜は琉生の肩を抱き寄せた。
「嘘つきなんかじゃない! ルイ君はスゴイ才能持ってる。私は野球やってたから、少し運動神経がよくなって、手を動かせるだけ」
琉生はそっと、芹菜の顔を見た。
「野球? ボール投げたり、打ったりできるの?」
「うん! 見てて」
芹菜は地面に落ちている小石を拾う。
「ピッチャー宗岡。一球目、投げました!」
芹菜はオーバースローのフォームで、二十メートル先くらいに見える、古木を目がけて石を投げた。
芹菜の投げた小石は、明け方の空を真っすぐに飛び、古木の幹に当たった。
「スットライク!」
琉生は拍手した。
笑顔の琉生を、初めて芹菜は見たように思った。
この世界の太陽が、姿を現し始める。
「本日朱の陽が落ちる時、儀式を始めます」
いつの間にか老女が二人の側にいた。
「お二人とも、ご準備を」




