共調
琉生は自分が嫌いだった。
他の人には感じられない音や色を、瞬間で把握できることが苦痛だった。
そんな能力は、何の役にも立たない。
感性が鋭すぎると、雑音や点滅するライトは、苛立ちの原因となる。
家にも学校にも、琉生には居場所がなかった。
唯一の休憩所はセンターだが、長居出来る場所ではない。
そこで読んだ、異世界に旅立つ話に、琉生は心惹かれた。
今、どこにも居場所がない自分でも、ひょっとしたら、安心して暮らせる場所が、あるのではないか。
自分の能力を必要としてくれる、誰かが、何処かにいるのではないか。
そんな時、横断歩道で光る何かを見つけた。
うっかり、それを眺めているうちに、景色が変わり、意識は遠のいた。
目が覚めると、まったく見覚えのない場所にいた。
年上のお姉さんと一緒だった。
お姉さんの声には、不安の色が漂っていた。
でも、年下の琉生を、なんとか守ろうとする香りがした。
学校やセンターの先生にも似た香り。
先生たちより、清冽なものだった。
琉生の感覚では、ここは今まで生活していた、日本ではない。日本の近隣の諸国でもないだろう。
まず、音が違う。
風景は、寂しい色に覆われている。
たまに琉生が一人で見る、夕暮れの風景に近い。
近いが、まったくの別物である。
太陽らしきものから聞こえるのは、泣き声に似た音だった。
この場所で、日本語でも英語でもない、どこの国の言葉でもない音声を、発する人たちと出会った。
琉生はその人たちが喋る時に見える色を、日本語のいろはに当てはめた。
琉生の頭のなかで、聞いた言葉が日本語で再生される。
「この世界を救う人」
そういう言葉が響いた。
一緒に来たお姉さん、セリナは、ここの人が喋る言葉が分からないと言った。
それが分かる琉生はスゴイと言ってくれた。
年老いた女性と、琉生よりも幼い少女は、琉生と同じように、異国の言語の再構成が出来る人たちだった。
少女は、琉生の妹の礼奈によく似ていた。
少女は言った。
琉生の持つ感覚は、「特別な才能」だと。
初めてだった。
産まれて初めて、琉生は自分の存在を、認められた気がした。
そうして今、琉生と芹菜は、ライナから、札の使い方のレクチャーを受けている。
ライナの札は、神聖な木の皮に、黒い樹液が塗ってあるものだという。
黒い色は他の色を、映し出しやすくするものだ。
床に敷いた布に、描いてある図形。
その図形を見るだけで、琉生には音が聞えてくる。
「私が声を出す。その音に反応して、札と布から色が生まれる。同じ色の場所へ札を置く。まずはそれを覚えて」
簡単なこと。
そう琉生は思った。
よく分からないし、なんだか難しそう。
芹菜は拳を握りしめ、琉生の動きを見守った。
確かに最初は簡単に出来た。
ライナの声が伸びると、布の図形にふわり色が浮かぶ。
手元の三枚の札のどれかにも、同じ色が映る。
それを見つけて、すぐさま布の図形に札を置く。
合致していれば、札は図形にぴったりと納まる。
間違っていれば、札は弾かれ色を失くす。
何回か繰り返すと、琉生はすいすい、札を図形に置いていく。
すると、ライナの出す声は、どんどん短く、音程を変えていく。
同時に、描かれた図形の複数が、次々発色しては、すぐに色を落とす。
琉生は発せられた音の色は分かっているのだが、札を図形に収めるスピードが追いつかない。
傍らで見ていた芹菜は、カルタ取りに似ていると思った。
それなら、自分にも、出来ることがある。
「ルイ君! 私もやる! 君が色を教えて。私が札を布に置く!」