ギフテッド
5
夕陽は地平線に姿を落としかけていた。
残照の色をうつす雲の向こうに、青白い月が姿を見せる。
「ガルダは今、終わりの時を迎えています」
老女は札が入っている包みを、琉生に手渡す。
琉生は包みを持った瞬間、小さく叫ぶ。
「音がする! この包みの中から、何か、音が聞える!」
芹菜は驚いて、琉生の手にある包みに触れる。
音?
芹菜には何も聞こえない。
ただ、ふわりと温かい空気を感じた。
老女は話を続ける。
「ガルダに実りを与える朱色の陽。ガルダの民に安らぎを与える闇夜の灯。
あなたがたの世界では、太陽と月、そう呼んでいるようですね。今、ガルダの太陽も月も、その熱が消えようとしています。消えてしまったら、私たちに生きる術はない。もう一度、太陽と月が輝きを取り戻すには、いなくなってしまった、ガルダの神を、呼び戻すしかないのです」
確かに、杏色の夕陽と、空に昇って来た月は、弱々しく老いた表情だと芹菜は思う。
「わたしたち二人が、その、ガルダの神様を呼べるということなの?」
芹菜の問いかけに、老女も老女の周りの人々も、深く頷いた。
琉生は、手に持つ包みを耳に当てている。
「ガルダの神は、音と色、そして物の形に現れます。どうぞ、包みを開けてください」
琉生は包みを開く。
すると、眩いばかりの色とりどりの光が放射された。
包みの中には、掌サイズの札が七枚。それぞれが赤や黄色、青、紫といった色を放っている。
厚みはガラスより薄い。札というよりも、何か宝石のように見える。
光を見た琉生は、小声で鼻歌を歌い始める。
不思議なメロディラインだった。
老女は目を細め、二回ほど顎を引いた。
「やはり、お二人においでいただいて良かった。その札から音を拾える者は、我々の中に、もう二人しかおりませんので」
「これを使って、どうするの?」
「神が降臨する場所で、儀式を行います。その儀式の時に」
琉生は老女に言う。
「ねえおばあさん。『あと三日。三日後に歌が編み終わる』って、聞こえてくるよ」
「そうです。朱の陽が昇り、また沈む。それを三回繰り返したら、朱色の陽と闇夜の灯が重なる日が訪れる。その日こそ、いにしえより伝えられた、ガルダの終わりの時なのです」
老女は側に控えるデフナに指示を出す。デフナは一人の少女の手を引いてくる。
「これより、札を使える者と一緒に、札使いの作法を覚えていただきます。このデフナの娘、ライナと一緒に」
こちらの世界の青白い月が、すっかり雲に覆われた頃。
琉生と芹菜は、デフナの家に招かれた。
家といっても、歴史の教科書で見た、戦後間もない頃のあばら家のようだ。
とはいえ、デフナはこの一族の長でもあるようだ。室内に設置された囲炉裏に似たものから、小さな炎は途切れることがない。室内は、外気より大分暖かい。
ライナが頭からかぶっていたローブをはずした時、琉生はまじまじとライナの顔を見つめた。ライナは琉生と同じか、もう少し幼い雰囲気の、整った顔立ちの少女である。
「レナ!? ああ、音が違うね……」
琉生の独り言に、芹菜は困惑する。
先ほどから、芹菜の頭は疑問符だらけである。
道路で固まっていた少年。
突然の閃光。
見知らぬ場所。スマホがつながらない所。
まったくわからない、聞き取れない言葉。
でも少年は、なんとなくわかっている。
老女は少年の声を聞き、芹菜にも聞き取れる言語を操りだす。
そして聞いた、この世の終わり。
それを救うには、琉生と芹菜の力が必要だということ……
「大丈夫」
えっ?
琉生ではない声で、聞こえてきた日本語。
振り返ると、ライナが微笑んでいる。
「私はあなたたちの言葉はわかる。だから大丈夫。一緒に練習するよ」
ライナは床に布を敷く。
布には、三角や四角の図形が描かれている。
ライナは自分の服から、包みを取り出した。
「これは練習用。見ていてね」
ライナが包みを両手で挟み、なにかブツブツを呟くと、ライナの包みからも、柔らかな光が零れた。
「私は今、三枚の札を持っているの。これを三枚とも正しい場所に置くの。練習は、それだけ」
ライナの隣にいる琉生が訊く。
「音は? どこから音を出すの?」
「私が口笛を吹くわ。そしたら、その音と同じ色の札を選んで」
音と、同じ色?
さっきから琉生も音を「聞く」のではなく、「見る」と言う。
琉生は、聴覚で音を受け取るのではなく、視覚で音が見えるのか。
「それは選ばれた人の才能。誰もが持つ力ではないの」
ライナの言葉に琉生はハッとした顔つきになる。
琉生の顔に赤みが射している。
「教えて! もっと教えて、ライナ! 僕がやらなきゃ、ダメなんだ!」