表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/9

ギフテッド


 夕陽は地平線に姿を落としかけていた。

 残照の色をうつす雲の向こうに、青白い月が姿を見せる。


「ガルダは今、終わりの時を迎えています」


 老女は札が入っている包みを、琉生に手渡す。

 琉生は包みを持った瞬間、小さく叫ぶ。


「音がする! この包みの中から、何か、音が聞える!」


 芹菜は驚いて、琉生の手にある包みに触れる。


 音?

 芹菜には何も聞こえない。


 ただ、ふわりと温かい空気を感じた。


 老女は話を続ける。


「ガルダに実りを与える朱色の。ガルダの民に安らぎを与える闇夜の灯。

あなたがたの世界では、太陽と月、そう呼んでいるようですね。今、ガルダの太陽も月も、その熱が消えようとしています。消えてしまったら、私たちに生きる術はない。もう一度、太陽と月が輝きを取り戻すには、いなくなってしまった、ガルダの神を、呼び戻すしかないのです」


 確かに、杏色の夕陽と、空に昇って来た月は、弱々しく老いた表情だと芹菜は思う。


「わたしたち二人が、その、ガルダの神様を呼べるということなの?」


 芹菜の問いかけに、老女も老女の周りの人々も、深く頷いた。

 琉生は、手に持つ包みを耳に当てている。


「ガルダの神は、音と色、そして物の形に現れます。どうぞ、包みを開けてください」


 琉生は包みを開く。


 すると、眩いばかりの色とりどりの光が放射された。

 包みの中には、掌サイズの札が七枚。それぞれが赤や黄色、青、紫といった色を放っている。

 厚みはガラスより薄い。札というよりも、何か宝石のように見える。


 光を見た琉生は、小声で鼻歌を歌い始める。

 不思議なメロディラインだった。


 老女は目を細め、二回ほど顎を引いた。


「やはり、お二人においでいただいて良かった。その札から音を拾える者は、我々の中に、もう二人しかおりませんので」


「これを使って、どうするの?」

「神が降臨する場所で、儀式を行います。その儀式の時に」


 琉生は老女に言う。


「ねえおばあさん。『あと三日。三日後に歌が編み終わる』って、聞こえてくるよ」


「そうです。朱の陽が昇り、また沈む。それを三回繰り返したら、朱色の陽と闇夜の灯が重なる日が訪れる。その日こそ、いにしえより伝えられた、ガルダの終わりの時なのです」


 老女は側に控えるデフナに指示を出す。デフナは一人の少女の手を引いてくる。


「これより、札を使える者と一緒に、札使いの作法を覚えていただきます。このデフナの娘、ライナと一緒に」


 

 こちらの世界の青白い月が、すっかり雲に覆われた頃。


 琉生と芹菜は、デフナの家に招かれた。

 家といっても、歴史の教科書で見た、戦後間もない頃のあばら家のようだ。


 とはいえ、デフナはこの一族の長でもあるようだ。室内に設置された囲炉裏に似たものから、小さな炎は途切れることがない。室内は、外気より大分暖かい。


 ライナが頭からかぶっていたローブをはずした時、琉生はまじまじとライナの顔を見つめた。ライナは琉生と同じか、もう少し幼い雰囲気の、整った顔立ちの少女である。


「レナ!? ああ、音が違うね……」


 琉生の独り言に、芹菜は困惑する。

 先ほどから、芹菜の頭は疑問符だらけである。


 道路で固まっていた少年。

 突然の閃光。

 見知らぬ場所。スマホがつながらない所。


 まったくわからない、聞き取れない言葉。

 でも少年は、なんとなくわかっている。


 老女は少年の声を聞き、芹菜にも聞き取れる言語を操りだす。

 そして聞いた、この世の終わり。

 それを救うには、琉生と芹菜の力が必要だということ……


「大丈夫」


 えっ?


 琉生ではない声で、聞こえてきた日本語。

 振り返ると、ライナが微笑んでいる。


「私はあなたたちの言葉はわかる。だから大丈夫。一緒に練習するよ」


 ライナは床に布を敷く。

 布には、三角や四角の図形が描かれている。


 ライナは自分の服から、包みを取り出した。

「これは練習用。見ていてね」


 ライナが包みを両手で挟み、なにかブツブツを呟くと、ライナの包みからも、柔らかな光が零れた。


「私は今、三枚の札を持っているの。これを三枚とも正しい場所に置くの。練習は、それだけ」


 ライナの隣にいる琉生が訊く。


「音は? どこから音を出すの?」

「私が口笛を吹くわ。そしたら、その音と同じ色の札を選んで」


 音と、同じ色?


 さっきから琉生も音を「聞く」のではなく、「見る」と言う。

 琉生は、聴覚で音を受け取るのではなく、視覚で音が見えるのか。


「それは選ばれた人の才能。誰もが持つ力ではないの」


 ライナの言葉に琉生はハッとした顔つきになる。

 琉生の顔に赤みが射している。


「教えて! もっと教えて、ライナ! 僕がやらなきゃ、ダメなんだ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ