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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガー 
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第九章


「ヤタノハ・クシビが消息を断った?」

「はい、足跡が発見されていますが、それ以外は何も……。」

 警護術士から報告を聞く英装術士指令官。


 調査報告では、まるで手掛かりもなく、普通ではない消え方をした事が取り立たされていた。

 負傷していたという事もあり、何かしらの事件に巻き込まれたものとしての見方も強まっていた。

 先日の違法術士との騒動が強く関係しているのは間違いなかった。


 調査報告を聞くが、指令長は断定的な答えは出せなかった。

 ヤタノハ・クシビが消息を絶ったとされる外放区の一角では、今も警護術士隊達が狭い路地を散策していた。


「手掛かりは何も見つかりませんね……」

 警護術士隊達は皆口を揃える。そろそろこの事態の捜索の限界を感じていた。

 今まで捜索を続けてきたが、最初に発見されたヤタノハ・クシビの血痕以外、まるで手掛かりは無かった。

 もう今日の作業もこれで終えるかとみな集まっていたが、アヤメが一人で作業を続けているのを目にしては、言い辛くなる。


「サキノジ隊長、大丈夫でしょうか……?」

「もう何時間も調査したままだ……」

 端から見ていた警護術士隊員達も、心配に声を合わせる。終了の時刻が過ぎようとしているが、それでも止めない。

 警護術士が全員帰る準備を整えた後も、アヤメは捜索を続けていた。

 もう、手掛かりを見つけられそうな場所は思い浮かばない……。


「………。」

 行き止まりになるが、それでもアヤメはもう一度、見落としがないかどうか探っていく。


「……っ」

 こんな事は今まで経験がなかった。まるで本当に消失してしまったようだった。

 このような消え方をするとは、兵団も思っていなかった。


 ――けど、何とかしなきゃ……。


 必死に捜索を続けるアヤメ。それでもクシビの姿を探さなくてはならない。


 あの時、クシビは自分を庇ってくれたのだ……。


 ずっと昔のような優しい人柄では無くなってしまったのだとばかり思っていた。

 どうしてクシビが違法術士になったのか、ずっと考えといた。


 昔のような優しい面影を無くし、犯罪者となって都市周辺で騒がれるようになってから……。

 何か、酷い理由があったのではないかとないかと……。

 アヤメは、マテリアルの反応に従い、薄暗い路地の捜査を続けていく。


 クシビに会って、もう一度話さないと――。


 しかし、そう思っていた矢先、周辺に異変が起こる。

「え……?」

 アヤメが驚いて顔を上げる。遠方から、大きな衝撃音が耳に聞こえてきた。距離を推測するに、都市部を守るバリケード付近からだ――。


『英装術士全員に連絡。ただいま、バリケード周辺に転移魔法の使用を確認。魔物が出現した模様。大至急、警護に向かわれたし』

 その通信を耳にし、アヤメの顔色が変わる。どうしていきなり魔物なんて――!

 しかし、その通信を聞くと、アヤメは捜索を中断し、急いで指定されたポイントへと向かった。


 ――まさか、どうしてこんな時に……!

 アヤメは重なる不幸に苦悶しつつも、防衛の為に急いでバリケードへと向かった。








 その時、都市部内にある中央本部でも異変が観測されてていた。

「バリケード周辺、E-532ポイント、モニターに映します!」

「これは……!」

 統合術士本部のモニター室にいた全員が息を飲む。映し出された映像には巨大な魔物が映し出されていた。本当に見間違いのない魔物だ。

 爬虫類のような骨格、肉を削ぐためだけに進化した牙と爪。

 形状は定まっていないおらず、生物としてのその禍々しさが際立っている。


 その事態は、すぐに緊急指令で施設全体に伝わった。

 街中にも、すでに警報が鳴り響いていた。


「なんじゃ……!? この気配は……!」

 ヒマリも外に異様な気配を察知する。この大きな魔力は普通の物ではない。

 バリケート周辺にある民家の一角が、衝撃に多く揺れた。バリケートの外側から、魔物が叩き破ろうと突進してきた。


「きゃあああっ!」

 その衝撃が、バリケード内部にいる民家にまで届いたのだ。

 悲鳴を上げる住民――だがそこへ、英装術士兵達が対応に駆け付ける。


「魔術式、展開!」

「了解!」

 複数の英装術士が、大きな魔方陣を展開させ、バリケート周辺を大きな魔術式で覆う。

 そして、三人が息を合わせて魔力を吹き込むと、魔術式から巨大なエネルギー波が天に向かって伸びた。


『ゴアアアアアッッ!』

 魔術式の中にいた魔物はエネルギーの波に焼かれ、そのまま悲鳴を上げて苦しむ。

 エネルギー波が消えると、英装術士達が様子を伺う。

 これで魔物を仕留めたと思ったが――まだ息絶えてはいなかった。

 警護術士隊中央本部でも、その様子は映し出されていた。


「英装術士達が対応に当たりました! しかし、通常兵器での足止めは恐らく不可能との事です……」

「く……」

 その報告に、室長は表情を歪める。


「魔物の数は二匹。英装術士兵団が対応に当たるそうです」

「わかった。大型の魔物はあちらの指示に任せる。我々は市民の避難を優先させる。バリケード周辺の市民を優先して誘導させろ!」

「りょ、了解……!」

 急いで情報の発信を急ぐ監視員。次から次へと降りかかる知らせに、室長達は驚愕して状況の確認を急いだ。

 英装術士兵団は、そんな中で対応に急いでいた。


『緊急事態警報。英装術士は、直ちにバリケード周辺へと向かわれよ。繰り返す、緊急事態警報――』

「サナ!」

「準備はできてるわ。行きましょう!」

 サナとアヤメが指定場所を目前にして合流する。他の英装術士や警護術士も次々に指定場所に向かっている。


「状況はどうなっているの?」アヤメは焦りながら尋ねた。

「今、大型魔物の出現が確認されて、防衛の為に他の英装術士と警護術士隊が対応に当たっているわ。手の開いているギルドも住民の避難に駆り出されているそうよ」

「フリーのギルドも対応に当たっているの?」

「ええ、そうみたいね」

 その言葉に、アヤメは息を呑んだ。そうなると、リョクのギルドも事態収集に駆り出されている可能性がある。


 最前線に出てこなければ、魔物との接触はないだろうが……。


 大人数ならともかく、対大型兵器もない少人数のギルドが魔物を相手にするのは危険すぎる行為だ。

 それに……。


「まったく、統地精霊の守護結界を破ってどうやって転移魔法を行使したのかしらね……」

「ええ、そうね……」

 サナの疑問にアヤメも頷く。この街の周辺全域は、統地精霊の守護で覆われている。重ねて魔術結界も貼られているのだ。易々と転移魔法を行使する事は不可能だ。

 しかも、大型の魔物など、一体どうやって転移させたというのか……。


「アヤメ、彼の手掛かりは見つかったの?」

「ううん……。まだ……」

 アヤメが俯きながら答える。この状況の中、今もクシビは行方知れずだ。不安な思いだけが残っている。

 しかし、それでも今は集合場所に向かわなければならなかった。

 街中では今もパニックが続いている。人々が行きかう中、衝撃が都市部内にまで伝わってくる。飛び交う悲鳴、鳴き声を上げる子供、慌てて避難をする人々。

 街が大変な事になっている……。

 アヤメは、その様子を目にしながら、脳裏に旧友の姿が浮かんでいた。


 ――クシビは……クシビは、この状況下で大丈夫だろうか……。


 こんな騒動の中、無事でいられるのだろうか……。


「大丈夫よ。きっと……!」

「っ……! うん……!」

 不安な気持ちを察し、サナは勇気付けた。気持ちは痛いほどわかる。こんな騒動の中で大切な人が行方不明なのだ。


 しかし、サナとアヤメは真っ直ぐ目的地を見据えていた。

 今は事態の収集に努めなければならないのだ。


 今は……!


 アヤメ達は急いでバリケード周辺へと向かった。

 アヤメがバリケード周辺へと向かっている時、都市部の一角にある精霊院でも、その異常事態の対応に追われている最中だった。


「ソノカ巫女士長! 精霊達のこの異変は……!」

「どうやらバリケード周辺に何かが起こっているようね……」

 ソノカが気配を感じ取る。先ほどの衝撃といい、この精霊の異変は――。


 するとそこへ、別の巫女が駆け付けるようにして現れた。

「ソノカ巫女士長! 警護術士隊の本部から緊急連絡が!」

「………」

 そろそろ頃合いだと思ったいたソノカは、知らせを聞くとすぐにそちらに向かった。


 ここから、自分達も大変な状態に巻き込まれる恐れがある――。慎重に行動をしなくてはならない。

 だが、この状況はあまり良い方向に転がるとは思えなかった。

 しかし、これがもし彼の言っていたことなら……。










 アヤメ達がバリケード周辺部に到着すると、そこではすでに戦闘が始まっていた。数匹の魔物と、英装術士が戦闘を繰り広げている。バリケードを破って都市部へと侵入しようとしているのだろうか。


「サキノジ・アヤメ、シラエ・サナ。到着しました!」

 上官の英装術士に急いで申し出るサナとアヤメ。


「よく来てくれた。我々は魔物の対応に当たる。警護術士隊がバリケードの強化と市民の避難を行っている。それまで持ち堪えさせる」

「了解しました!」

 サナとアヤメが頷いて応じる。すぐに剣を構えて、集団で魔物に対応に当たった。


 魔物は、そこに確かに存在していた。


 この世界でも最も危険な存在とされているのが魔物だ。

 爬虫類のような骨格、肉を削ぐためだけに進化した牙と爪。

 他にも翼を持つものや、さらに四足歩行をする魔物など、形状は定まっていない物ばかり。

 さらに特異なのは、生命の中でも多量な魔力を持っているという事だ――。

 世界で恐れられ、太古の昔から忌み嫌われる理由は数多くあるが、普段は姿をあまり見せない。


 それが、なぜこんな所にいるのか……。


 サナやアヤメだけではない、そのことを他の全員の誰もが感じていたが、状況は待ってはくれない。

 二人は都市を守るため、防衛に当たる。

 サナが魔方陣を作り出し、魔物の一匹に向けて魔力を解き放つ。

 すでに対応に当たっていた英装術士と波状するように攻撃を仕掛けた。


『ゴアアアアアッッ!!!』

 しかし、大型の魔物なだけあり、これだけの攻撃を与えても倒れようとはしない。強靭な皮膚で覆われており、魔術をも防ぐ程の頑丈さだ。


 だが――そこへ剣に魔力を込めたアヤメが突進した。魔術の熱に怯んでいる所を逃さないようにして、アヤメの剣が魔物を幾度も切り裂いた。


 手を休めず、他の英装術士達も畳みかけるように攻撃を仕掛ける。


「魔物の数が増えないとも限らない! 必死の対応に当たれ!」

「了解!」

 上官の指示に全員が応じる。


「っ……!」

 しかし、その時、サナはアヤメの様子がおかしいことに気づく。


「アヤメ、どうしたの!?」

「だ、大丈夫。何でもないの……」

 魔物の攻撃を危うく体を掠めている。サナの問いにアヤメはそう応えるが、サナは異変を感じ取っていた。


 いつもの魔力に力強さがない。普段のアヤメからは見て取れない変化だ。


 まさか、この状況で魔力に影響が出ているのではないだろうか――。


「アヤメ、無理しないで! 私達が援護するから!」

「う、うん……」

 魔物の圧倒的な攻撃を去なしながら頷くアヤメだったが、サナはこの先が心配だった。まだ魔物との戦いには長期の時間が掛かるはずだ。

 街中に不穏な空気が漂うまま、英装術士達は魔物との戦闘を継続していく。

 中央本部でも、その様子は察知されていた。

 魔物の数は一定だが、絶対にバリケード侵入を許す事はなかった。

 モニターに写されているその様子を見る監視員達。


「英装術士兵団が魔物の対応に当たっています。魔物の進行は抑えられています」

「うむ……。英装術士兵だけで、バリケードの保護はできそうだが……」

 司令長が息を吐く。幾度と無くその戦果を見てきているとは言え、やはり英装術士兵団の腕前には目を見張る物があった。 


 しかし、油断はできない。またいつか魔物が転移してくるかわからないのだ。それに、一刻も早く住民の避難を終えなければならない――。


「室長……! たった今、他のバリケード付近に魔物の転移反応を探知したとの事です!

「っ!?」

 恐れていた事が起きた。やはり転移はまだ終わっていなかった。


「さらに、都市部の地下内から、複数の魍魎の反応が感知されたとの事です……!」

「なんだと!?」

 室長がその報告に血相を変えた。この街の地下から魍魎が出てくるとは考えてもいなかった事だ――。

 穴となるバリケード付近に現れれば、都市部内へと侵入してくる恐れがある。

 こちらの防護手段が見当たらない。


「あそこは……フリーのギルドが掃討に当たっていたはずの場所だ……。」

 思い出す室長。まさか、そんなはずはないと思っていた……。あの場所はフリーのギルドから警備を強化してくれと何度も要請があったのだ。

 被害が出たので、それなりの警備と調査を進めていた所だったが――。


「くっ……! 警護術士隊を向かわせる! それと、連絡の取れる全ての術士兵団とギルドにも連絡を!」

「は、はい……!」

 まさか、こんな所から魍魎が――。

 信じがたい事態に、室長も対応を変えざるをえない状態になっていた。しかし、対応の数には限りがある。このままでは都心部が魍魎に進行される恐れがある――。











「ソノカ巫女士長……!」

「今しがた、警護術士隊から緊急避難の通達が入りました。魍魎の大群が周辺に出てきているそうです」

「そ、そんな……」その報告に、巫女達も愕然となる。


「それに伴い、こちらがどう対応するのかを確認する通達でした。避難をしないと、ここも危険になるそうです」

「警護術士隊は救援に来てくれないのですか?!」

 不安に駆られながら巫女が尋ねる。ここは精霊の伝統が残る場所なのだ。


「手が足りない状況だそうです。私達が避難をするかどうかの判断をしてほしいとの事です」

「そんな……この施設を見捨てるなんて……」

 巫女達は愕然となる。この状況で警護術士隊は助けに来てくれない。


 この施設は昔から大切にされて来た場所なのだ……。昔から統地精霊の伝えが唯一残っている。


「私達はこの施設を守るのが務め……。だけど、ここからは本当に危険が付きまとうわ。いざとなれば、私だけでもこの施設に残るから、あなた達は避難を――」

「そんな、いけません! 巫女士長だけがこの場に残るなんて!」

「この施設を守るのが士長である私の勤めです。あなた達には重荷は負わせないわ」

 巫女士長としての責任を持って発言するソノカだが、その言葉に巫女たちは反発した。


「いえ、それなら私達もここを守ります! この施設は私達にとっても大切な物です……!」

「ええ。街が危機になっているのなら、私達も手を貸します」

 他の巫女達も、誰一人として避難をしようとする者達はいなかった。


「それに、この施設がなくなってしまったら、昔からの大事な伝統も消えてしまいますから……。」

 巫女達が次々に頷いている。ソノカに詰め寄り、真剣な表情で訴えかける。


「あなた達……」

 その様子を見るや、全員が大人しく引き下がるという雰囲気ではなかった。

 どうしてもここに留まるつもりのようだった。


 ソノカは説得をしようとしていたが、その口は閉じてしまった。


「……わかったわ。あなた達と一緒にこの施設の保護に当たると、警護術士隊に通達しておきます」

 大人しく観念すると、ソノカは巫女達全員にそう告げるのだった。

 彼の言っていた事と似ている――。準備に取り掛かるソノカだったが、その事だけが気になっていた。













「そうか……。あの施設を守る事を選んだか……」室長が巫女達からの報告を聞いていた。

「市民の警護は、他のギルドに申し込むしかありませんね」

「ああ、だが魍魎を食い止めてくれるだけでもありがたい。今は一人でも多くの術士が必要だ。危険は付きまとうが……」

 正直、かなり危険な賭けだと思われた。巫女達は精霊の力は使えるが、術士のような戦闘は専門外だ。


 しかし、それでもあの施設を守る事を選んだ。

 それがどのような結果をもたらすのか――。


 室長は、今後の状況に不安を抱きつつも、自体の推移をじっと見守るしかなかった。

 街中でも、未だに緊迫した状況が続いている。

 バリケード付近からの大きな振動音が街中にまで響き渡っており、それが街中にまで及んでいた。


 ヒマリのいる店内にも、その衝撃は届いていた。


「ううっ……!」 

 思わず姿勢を崩すヒマリ。バリケート周辺からの衝撃が、まさかここまで届いている。


「ヒマリ様、大丈夫ですか?」

「問題ない。それよりも、クシビじゃ……。あやつ、まだ見つからんのか!」

「すいません……足取りを追ってはいるのですが、まるで形跡がなく……」

 こんな事は初めてで、シズネも外に居られる状態では無くなっていた。


「情報屋は何と言っておる?」

「未だに何も返事は……。クシビ様が消える前日、外放区エリアでの戦闘以外、目ぼしい報告はありません。それと、警護術士隊の活動がおかしくなっているようです。魍魎の行動範囲に、後を追う形で分散している模様です」

 その報告を聞いて、ヒマリはやはりと思う。


「愚か者め……。今更慌てても遅いわ」

 警護術士隊や英装術士が慌てているのがわかった。防衛網の穴を防ぐ手立てが無いのだろう。


 一体誰が必死になって防いでいたと思っておるのか……。


 自分達が追い回していた一人の男だけが、あの場所を守っていたというのに……。

 だが今となっては手遅れだ。あの男はもはやここには居ない。


「ヒマリ様……」

「今更嘆いてもしかたない。出来る限りを尽くすのじゃ」

 表情を察して、シズネが心配をするが――ヒマリは魔力を再び行き渡らせる。

 おそらく、この場所が魍魎に侵食されるのも時間の問題だろう。首都機能が停止すれば、結界などの魔法効力が切れる恐れがある。

 後少しで、ここに居られる事もできなくなる。クシビの捜索も、ここで打ち止めにせざるを得なくなる――。

 そこでヒマリは、こちらに近づいて来る気配に気づく。


「まずい……!」

 急いで玄関窓から姿を隠すヒマリ。すぐに別の声が響いてくる。


「何か見つかったか?」

「いえ、こちらには何も……」

 外で警護術士の二人が話をしている。二人は辺りを注意深く見回すと、そのまま二手に分かれて走り出した。

 警護術士二人が遠ざかっていくのを確認すると、ヒマリは顔を上げた。


「くうっ……。まずい事になったのう……。ここも嗅ぎ付けられたか……」

「この騒動の中ですからね……。都市内にいる不審な存在は全て見逃さないつもりなのでしょう……」

 様子を伺うシズネとヒマリ。外では必死に警護術士隊が辺りを探し回っている。


 この場所が魔術結界に守られているとは言え、この騒動の上に魍魎の襲来だ。首都機能すら停止しかねないこの状況では、耐え忍ぶにはもはや限界が来ている。

 この騒動で――魔力結界が保てなくなっている。


「感のいい英装術士がいるようじゃのう……。まったく困ったものじゃ……」

 都市内に潜伏している怪しい存在は、決して見逃さないつもりなのだろう。

 この店の魔力を嗅ぎ付けてか、この辺りを重点的に探っているように感じられた。


「ここも見つからないように偽装はしておりますが、いつまで持つか……」

 そう言って、シズネがいくつかの確認を行う。都市機能が停止するまでの時間は――。


「緊急用の逃走ルートを用意しております……。ヒマリ様……」

「く……。覚悟を決めねばなるまいか……」

 ヒマリが口を噛んだ。クシビの足取りを追えないまま、この場所を捨てるしかなくなった。

 まさか、こんな事態になろうとは……。


「クシビのやつめ……。」

 ヒマリは唇を噛んだ。この状況下で一番居なければいけない人間がいない。

 ――あやつめ……いつもいつも任務も失敗ばかりで、たまに良い働きをしても文句ばかり……。

 本当にたまにしかいい働きをせん。

 料理もまあまあで、シズネの腕にも及んでおらん。


「まったく……!」

 ヒマリは立ち上がると、次の行動へと移すべく準備に取りかかった。

 最後まで主人の手を煩わせおって……。









『ゴアアアアアッッ!!』

 英装術士兵達が、魔物の処理に当たっている。戦闘は続き、討伐まで時間を要していた。

 次々に攻撃を仕掛け、魔物を圧倒していく。


「っ……!」

「アヤメ!」

 しかし、そこで攻撃を受け止めきれず、アヤメが吹き飛ばされそうになる。やはり魔力が定まっていない。すぐさまフォローに入るサナ。


「ごめん……。援護を回して貰って……」

「まったく、危なっかしくて見てられないわよ。今のアヤメは」

「わ、私、そんなに……」

 自分では自覚が無かったのだが、本当に調子がおかしいのだろうか。

 他の隊員達にも後れを取っている。自覚がなく周りに迷惑をかけていることがショックでならなかった。

 ――私は……英装術士なのに……。

 私は、みんなを守らなきゃいけないのに……。


「警護術士部隊、到着しました! 援護に回ります!」

 そこで、警護術士隊のマルチロイドが到着する。大型兵器の投入で、大幅に戦力が増えた。


 しかし、すぐに別の報告が入る。


「南側と西区のバリケードエリアにも複数の魔物の反応を確認! マルチロイドと大型兵器で対応に当たります! 至急、応援を願います……!」

 その報告に全員が顔色を変えた。しかし、さらに報告が続く。


「他にも、大量の魍魎が工場区地下内から侵入している模様です!」

 その報告に――その場にいた全員が顔色を変えた。


「英装術士隊は集合! 戦力を各所に分配する!」

 上官の英装術士がすぐに判断を下した。


 アヤメは信じられない思いに駆られた。魍魎が地下内から出てきている……?


 あそこはリョク達が守っていた場所だ。近頃になって異常が確認され、対応に当たっていたはずだった。

 こちらの防御が分散されている今、魍魎が襲ってきたら、穴場を防ぐ手段が……。

 英装術士は集まり、上官が他の隊員達に指示を出していた。魔物が確認されたのは南側と西側だった。複数の出現が確認されている。

 これだけ大きな魔物を転移させるにはかなりの魔力が要するはずだ。時間差での出現も、それが関係していると思われた。

 しかも、そこへ魍魎の発生だ。


「三番隊は南側、五番と六番隊は西区――」

 指令長の指示に従い、英装術士達が各地に散っていく。

 指示を進めていると、指令長がアヤメを名指しする。


「アヤメ隊員、君は避難民の警護に当たって貰う」

「な、なぜですか!? 私は……!」

 まだ最前線で戦える、と言葉を発しようとしたが、指令長はそれを許さなかった。


「ダメだ。魔力の安定しない状態で戦うことは許さない。相手は危険性の高い魔物だ。」

「アヤメ、こっちは私たちに任せて」

 指令長の言葉に、サナが同意する。これで少しは安心できると感じていた。責任感の強いアヤメなら無理を押してでも戦う気でいたはずだから。


 俯くアヤメだが、指示には「了解しました……」と言い、すぐに従った。

 急いで町の中に向かうアヤメ。今の自分では足手まといにしかならないのだ……。


 ――お前は、いつもそうやって無茶を……!


 脳内に昔のクシビの言葉が蘇る。あの時と同じ事を繰り返しているのだろうか、自分は……。

「………。」

 自分はクシビに迷惑を掛けてばかりいたのだろうか……。

 最後までクシビの足を引っ張ってばかり……。

 アヤメは他の英装術士と共に、急いで持ち場へと向かうが、その足取りは重い物となっていた。


 人一人……大切な人間一人すら守れない自分が、どうやって他の人を守れるというのか……。


 また、戦場に出れば皆の足手まといになるだけだ。そうやって迷惑を掛けて……。

 下手なことをすれば、クシビは注意してくれていた……。私は――仲間に頼ってばかりで……。 


 最後まで……私は……。








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