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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガー 
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第六章


 都市部の街中では、今日も変わらない日々が続いている。つい先日起こった外周区での魍魎の大量発生事件は、都市部への危険は及んでいない。

 危険が迫っているかもしれないと噂が流れており、街中には不安な面持ちの人々も多い。

 しかし、それでも否応なく日々は迫っている。

 今日も生きるために同じように活動を続けている。

 だが、外周区では危機と隣り合わせの日々だ。


 すぐ目の先の出来事だが、都市部を囲んでいるバリケードを挟んでいるだけで、これほどまで世界が違う――。


 クシビは、バリケードの外で立ち入り禁止区域となった外周区の場所まで来ていた。

 警護術士達が、事件の詳しい調査を始めている所だった。


「ここに近寄れなくなったわね」

 その様子を遠目に眺めながら、情報屋が横で言う。


「ああ……。だが、これで警備が強化されるのも間違いない」

 それにクシビが言う。これで警備が強化される……。ようやく少しは安静になるのだ。この場所が――。

 今までずっと危険な状態が続いていたのだ。これで少しは住民も安心できるだろう。


「ふふ、ここの子供たちに会えないのは寂しくなるわね」

「茶化すな……。」そんな事を情報屋が尋ねてくるので、クシビは短く返す。

 しかし、情報屋の顔付きが気に入らなかった。まるで知ったような表情を向けてくる。


「少なくとも、あなたの事を慕っていた子供達は寂しがると思うけど?」

「………」

 その情報屋の言葉に、クシビはここでの生活を思い出す。

 一般人と接点を持たず、そんな事ができる立場ではない自分だが、ここの住民達は違っていた……。

 情報屋は、そんなクシビの俯いた表情を見ては、肩をすくめ、大きく溜息を吐くのだった。


「………。」

 しかし、英装術士が調査をするには地下通路は複雑すぎる。調査をしても何も出てこないのは、向こうも分かっているはずだ。それに、今は外の抗争が大きくなっている。

 後回しにされるのが落ちだろう……。


 だが、その間に俺が何とかしなくては――。


 クシビは偵察を終えると、その場から立ち去る。ここには、しばらく近づかない方がいいだろう。今後も油断はできないだろうが……警護術士隊がいれば、後はリョク達が上手くやってくれるはずだ。

 その立入禁止区域では、警護術士隊が数多く出入りしていた。今は事件の調査を始めようと、色々な手順を熟している最中だった。


「………」

 その現場では、アヤメも心配で立ち寄っていた。立ち入り禁止となっているその光景を見ては、不安げな表情を向けるアヤメ。事件と聞き、一度この場所を見ておかなければいけないと思ったのだ。


「っ………」

 今も外周区の住人が避難を続けている。念のためという措置だが、危険が無くなったわけではない。


「まさか、こんな事になるなんてね……」

「うん……」

 サナの言葉にアヤメが頷いた。サナも同じように現場の光景を見ていた。

 大きな被害は出ていないようだったが、ここにはリョクの団体が対応にあたっていたのだ。


 それが、まさかこんな事になるなんて……。











 その後、封鎖エリアの様子を視察していると、リョクのギルドがいるのを目にするアヤメ。

 その中で、リョクも同様に作業を続けていた。

「リョク! 大丈夫だった?!」

「アヤメか。ああ、なんとか全員無事に助かったよ」

 アヤメが急いで駆けつけると、リョクは修復作業の手を止めて応じた。


「お前達が警備を強化してくれて助かった。これでここも平穏になる」

「ううん、私は何もしていないわ……。大変な目にあっていたのに……住民に被害が出る前に何とかしなきゃいけなかったのに……」

 その言葉に、リョクは思わず笑みが浮かんでしまう。クシビの口にしていた言葉とまるで同じだ。


「だが、全員が無事だった。こうして治療も専念してくれるのはありがたいことさ」

 警護術士隊の支援で、今は負傷者も回復している。

 あとは壊れた建造物の修復作業と、原因究明の手順だけだ。


「アヤメ、最近はどうしてるんだ? クシビには会えたのか?」

「いえ……。まだ逃げられてばかり……」

 リョクが尋ねるが、アヤメのその俯き下限から察するに上手くはいっていないようだ。


「でも、いつか必ず捕まえるわ……。手遅れになる前に」

「あまり気張るなよ。きっと、あいつにも色々あるんだろう」

 リョクが笑みを浮かべているので、アヤメは信じられない思いに駆られた。


「どうしてそんなに気楽でいられるのよ……。 クシビは違法術士になっちゃったのよ? 私達のチームメイトだったのに……」

「懐かしいな。あの頃は確かにこんな事になるなんて思ってもいなかったが」

 リョクは昔を思い返す。確かにそうだ……。あの頃は互いに夢を抱いて術士を目指していた気がする。まさか、こんな事になるなんて誰が予想しただろうか。


「けど、俺はお前がクシビの首を取りかねない勢いだと思ってな。あまり無理をしても気負いが増えるだけだど思ったのさ」

「気負いはするわよ……。だってクシビはあれだけ真っ当な人間だったのよ? リョクだって知ってるでしょう?」

「そうだな……。確かにあいつがああなったのは信じがたい物があるが」

 しかし、あいつの本音を知っている自分としては、あまり変わっていないように思えていた。

 アヤメもそうだ。


「だけど、あまりお前も気負いすぎるなよ。俺はクシビがそんなに冷酷な人間になったようには思えない。その内、ひょっこりと帰ってくるさ」

「まさか、そんな……。」

 リョクのその言葉を、アヤメは遠い夢のように思えていた。

 今や都市部を騒がせる有名な違法術士となった、あのクシビが、ひょっこり帰ってくるなんて……。

 もしそうなら、どれだけ気楽だろうか。


 本当に、昔とは違ってしまった。


 しかし、アヤメは考えても埒が明かない気がしていた。


「とにかく、私もこれから調査に参加するわ」

「すまないな。よろしく頼む」

 そう言うと、アヤメは調査の作業に取り掛かるのだった。














 事件の後始末をしていたリョクの団員一人が、周りの荒れ果てた惨状を見て呟いた。

「なんだか、最近はクシビさんに頼りっぱなしで申し訳ないですね。」

「俺達にも、せめてもう少し整った武装があればいいんですけど……。」

 団員が後片付けを進めながらそんな話をする。この間の猛獣に襲われた被害を止められなかった。


「そうだな……。すまん、俺が頼りない団長なばっかりに、資金が無くて……」

「い、いえ! リョクさんのせいじゃありません! これは俺達の実力のなさ故ですよ! 」

「そうですよ。わざわざ腕の立たない俺達をギルドに入れたのは、リョクさんじゃないですか……!」団員達が声を揃えて言う。


「だが、俺は……」


 俯くリョク。それを何とかするのが団長としての義務であり、手腕が問われる所なのではないかと思うのだ……。なのに重荷ばかりを負わせている。

 俺は……やはり団長には……。


「その通りだ。お前のせいじゃない。見張りの報酬は慈善活動に近い位しか出ないからな。お前のそう言う面倒見の良い所は昔からだな」

「クシビ……!? 大丈夫なのか? 姿を見せても」

 突然クシビが、そんなことを言いながら現れていた。リョクが辺りを見て心配するが、クシビは大丈夫だと返事をして答える。


「資金難になるのも無理はない。ギルド連中の間じゃ、こんな何の特にもならない活動を誰がやりたがるのかと、噂になってるくらいだからな」

 そういったことを平然と行えるのはリョクの性格だと言えるだろう。昔から変わらない。


「まあ、俺達にはこの位が身の丈にあっていると思ったんだがな……」

 リョクは苦笑しながら答える。あまり大きな活動もできない自分達だ。だから仕事は魍魎からの警護くらいだと思っていたが――。


「リョク、今後のことについて話がある。打ち合わせがしたいから、少し時間を貰ってもいいか?」

「ああ、わかった。みんな、俺は打ち合わせをしてくる。後を頼んだ」

「はい、わかりました」

 団員達は何気ない振りをして警備へと戻っていった。警護術士隊に気づかれてはいけない。

 リョクとクシビは目の付かないテント内に移動し、そこでこの間の件を含めて話を始める。


「クシビ、警護術士隊が多くなっているのに、大丈夫なのか?」リョクが外の様子を察して心配する。

「ああ。だからあまり大きな活動はできない。その事も含めて今後のことを伝えに来た。」

 テント内で息を殺して話すクシビ。本来なら、もうここには来れないのだ。

 クシビの言葉に、リョクも要件を聞こうと耳を傾けた。


「リョク、最近の調査報告だと地下のエネルギーに変化は見られない。魍魎の発生原因も掴めないままだ。」

「そうか……」その報告に表情を俯かせるリョク。

「今後の安全を考慮して、団員達の武装を用意しておいた」

「そんな……いいのか? お前にだって資金は無いんだろう?」いきなりの提案にリョクが驚いて聞き返す。

「心配するな。違法術士達から搾り取った物に改良を加えた。応急処置のようなものだ。それに、俺は心配に値するほど資金難じゃない」

「お前は……相変わらず危なっかしい事をやらかすな……」

 思わず苦笑するリョク。武装は違法術士からの戦利品のようだ。


「あんまりそんな事をしていると、アヤメが悲しむぞ」外の様子を見ながらリョクが続ける。

「ふん、無用な心配だ」

 だが、クシビは聞かなかったように振る舞い、すぐに次の話へと続けた。これはアヤメが苦労するわけだ……。


「だが、クシビ。それはやはり受け取れない。お前が使うべきだ。」

 リョクの断りに溜息を吐くクシビ。相変わらず律儀な奴だ。


「何言ってる。安全保障の為だ。ここを守るためにも、仲間の安全を保証するにも、これは必要な事だ」

「団員達の装備なら俺が何とか用意するさ。これは団長である俺の役目でもある」

「それはそれで用意してくれればいい。だが、この装備も受け取ってもらう。じゃないと十分な安全性は確保できない」

「だが、クシビ……。おまえの資金は……お前の安全は大丈夫なのか?」

 そうして悩むリョク。クシビだって資金はギリギリのはずなのだ。だが、クシビは構わず続ける。


「こんな代物、裏の世界じゃタダみたいにゴロゴロ手に入る。だから、俺の資金は心配するな」

 クシビは平然と言った。裏の世界では、ありふれた武装だ。人殺しの殺傷兵器が当たり前の世界では――。

「クシビ……」

 その言葉に、リョクは少し悲しくなる。


「これでも応急処置程度だ。本当ならもっと多くの武装を充実させないといけない」

「だが、警護術士隊の警備も来てくれた。警備も手圧になっている以上、もうあんな戦闘は起きないだろ?」

「………。」

 リョクの言葉に、クシビは黙ったままだ。その表情を察してか、リョクも面持ちが変わる。


「まさか、またこんな事が起こるのか……?」

 リョクがそう尋ねると、クシビが答える。


「……正直に言うと分からない。だが、その可能性は低くない」


「っ………」

 その返答を聞き、リョクも顔を俯かせた。まさか、またあんな危ない猛獣達が強襲してくるのか――。


「だから、いざという時の備えはしておいてくれ。リョク、団長として団員の身の安全は確保してくれ。これは必要なことだ。それに、ここの保全を頼んでいるのは俺でもあるんだ。これくらいの事はさせてくれ」

「……わかったよ。」

 そう答えると、リョクは観念したように頷いた。

 まったく、クシビにそこまで言われてはな。


「何だか悪いな……いつもお前に頼ってばかりで」

 リョクが申し訳なさそうに謝る。

「いいや、今回の件は俺も予想外だったんだ……。もっと早くに手を打っていれば……」

 申し訳なさそうにクシビが顔を俯かせる。


「お前のせいじゃない。この事件を解決するにはお前の力だけが頼りなんだ。俺達じゃ、お前の力になるどころか、足を引っ張りかねないからな」

「そんな事はない。リョク、あまり俺を過信するな。今回の件もそうだ。予想外の出来事は起こる。だから、お互いに対応していかないとだめだ。だから今後の事、頼めるか?」

「ああ、わかったよ。」

 俺を過信するな、か――。


 そうしてリョクは了承すると、素直に言うことに従った。


 クシビも安堵に息を吐いた。リョクがこうして素直に受け入れてくれる所は、団長としての責任ある判断ができるからだろう。きちんと分別する所は心得ている。


 その後、打ち合わせを済ませてテント出て行くとき、リョクが呼びかける。

「クシビ、今度飲みに誘うから、その時は付き合ってくれよ」

「ああ、わかったよ」

 そう言い残して、外に出ると、クシビは今まで過ごしてきた工場区を後にした。


 クシビは、少し含みを入れておいた。


 ここでの戦闘は恐らく起きない。起きるとすれば、もっと別の形だ。地下深くの内部からか、それとも……。

 だが、そうでも言わないとリョクは受け取らない可能性があった。

 だから、これでいいんだ。本来なら、もっと多くの安全措置を取って置きたいのだ。念を入れておいて、損はない。










「貴方のお仲間のギルド、とても大事そうね」

「ああ。あいつのお陰で色々と助かっている。」

 端から見ていた情報屋が、含めたように笑う。


「私があのギルドを助けてあげても良いわよ? でも支援をする代わりに、きちんとあなたが私の組織に入って貰うけれど」

「余計な事は止めろ」

 釘を差すクシビ。真っ当な一般人を余計な事には巻き込む訳にはいかない。


「ふーん、そんなに大事なのね。あの兵団」

「………。」

 笑みを浮かべる情報屋。まるで弱みを握ったとでも言うような顔付きだ。やはり、裏の人間は何をするか分からないから質が悪い。


 そのうち、脅しでも掛けてくるんじゃないかとさえ思える。


「………。」

 まあ、脅しをしているのは自分も同じか……。

 精霊院の巫女達を騙しているのを思えば、人の事は言えないクシビ。


 そのまま、クシビは静かにその場を後にするのだった。
















 その後、事件の調査を終えていたアヤメだったが、調査書を片手に報告を聞いていた。

 アヤメは上官の報告を聞く。

「原因は未だに不明だ……。元々、魍魎は地下に住んでいるものだ。しかし、今回の異変は何かしらの地脈エネルギーの乱れが原因だとされている。それ以上は、調査中との事だ」

「そうですか……」

 アヤメは上官からのその言葉を聞くと、頭を下げて応じた。やはり、あまり解決への進展は見えない……。


 魍魎は都市部外の工場区などの地下に多く住まっており、地下を流れる地脈エネルギーを媒介にして成長する。


 発生原因は未だに不明のものが多く、生態についても謎の部分が多い。

 昔はこの場所に人がいたと聞くが……。都市部ができる前から魍魎が移り住んだと聞いている。

 その昔から、魍魎の除けを行っていたのは精霊を操る力を持った術士や巫女だったとされている。

 魔術界は、未だに人類には未知の部分が多いのだ。


「……。」

 しかし、今回の事件は本当に偶発的に起きたのだろうか……。

 調査結果では確かにそう書かれていたが……。


「………。」

 アヤメは報告書をくまなく調べると、その場を後にした。今は考えても結論は出ない。

 リョクやギルド員達にも被害が出なかったのは幸いだ。

 今後はこのようなことが起こらないように対策を施す予定になったが、事件解決への進展は……。

 これで、調査が進めば……。


 アヤメはそんな希望を抱きながら、他の施設へと向かうのだった。







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