第四章
「情報屋の言っていた場所はこの辺りだな……」
クシビは辺りを注意深く探る。いつ出てくるかわからない標的を相手に、いつでも対応できるよう心構えをする。
『複数の無人機の反応を探知。』
「っ――!」
クシビが素早く飛び退いた。無数の索敵光が影から飛来していた。
クシビが銃を構えて標的を確認する。相手は改良を施された無人機だった。
「……。改良型か……。」
見たことも無い武装がいくつか施されている。
こちらの場所を特定できるセンサーがついていれば厄介だ。
ここに罠を貼っていたようだ。
「ジャミングを起動。他の術士反応が現れたら知らせてくれ」
『了解』
指示を出すと、クシビは銃を構えたまま戦闘を続けていく。辺りには違法に改造された無人用索敵機が蠢いていた。
『武具との同調を開始……銃、装攻剣の同調完了。』
すると、そこでOSが別の反応を示す。
『脚部に新しい武具を確認……。装脚具との同調を始めますか?』
「ああ、頼む。」
クシビが答えると、すぐにそれに応じるOS。
『………同調開始。……かなりの改良が施された装脚具です。出力には注意が必要ですが、本当に大丈夫ですか?』
そんなことを訪ねてくるOS。装脚具の異常性を察知したらしい。
「問題ない。対マルチロイド用の調整だそうだ。今回が初めての運用となる」
クシビはそう言うと、装脚具に魔力を込めて調子を確かめていく。今は警戒すべき時だ……。
「お前と同じクリエイターが作った代物だよ。まったく」
『実験台ですか。あなたらしい役回りですね』
「なんだそれは。どういう意味だ」
『いえ、いつも通りと感じただけです。過去にも何度か同じようなケースがありましたので』
自分もそれは忘れもしない。やはりあのお転婆には普通という概念が微塵も感じられない。
しかし、そんな事まで覚えているとは、方向性はともかくとして、学習能力の高い機械だ。
銃の調子や武具の様子を確認し終えると、クシビは戦闘を始めた。
どの程度の報酬が入るかはわからないが、微々たるのもにしかならないだろう。これも地道な作業の積み重ねだ。割に合わない作業だ。
無人機に搭乗者の魔力はないが、それでも掃討には時間が掛かるように思われた。
「警護術士隊と英装術士が到着するまでの時間は?」
『おそらく、約10分程度かと思われます』
10分――。クシビは時間を確認する。英装術士が到着するまでに、ここを片付ける。
「外周区でまた大規模な争いが発生したらしい……。これで何度目か……」
英装術士達が近状報告を聞いては、話し合っている。調査結果による資料には、いくつもの抗争の跡があった。
「最近、行動が活発化している……。法の穴を掻い潜ろうとしている者達が多いようだ。嘆かわしいことだがな……。」
アヤメもその資料を見つめていた。この間、クシビが戦闘を起こした場所も記されている――。
最近は違法術士の動きが活発化している。何が起こっているのかは分からないが、都市部にも危険が及んでくる可能性もあり、危険な日々が続いている。
いったい、これから何が起ころうとしているのだろうか……。
「外周区933ポイントにて、小規模な魔力衝突を確認。至急、向かわれたし」
「………!」
その報告に立ち上がるアヤメ。この間、クシビが姿を見せた箇所に近い。
まさか、また戦っているのだろうか……。
アヤメはすぐに指定された場所へと向かった。
都市部を移動し、外周区付近にある一角まで来ると、そこでは既に戦闘が行われた形跡があった。
「……!」
いくつもの残骸の中に、一人クシビが佇んでいる。こちらに気づくと、クシビはすぐに背を向けた。
「待ちなさい! クシビ!」
アヤメが去っていくクシビに声を掛けるが、クシビはそのまま姿を消していた。
その場に残っているは、違法に設置された無人機の残骸だった。
「……残骸の処理に掛かる。製造された企業の特定の為、警護術仕隊本部に手掛かりになる物を持っていく」
指示に従い、英装術士達が一斉に残骸の確認に入る。
「……。」
多くの残骸がその場に残されている。一人でこれだけの事をやってのけるなんて、普通ではできない。
また、危険の目を向けられる恐れもあるのに――。
これだけの事をして、クシビの狙いは何なのだろうか……。
賞金目当てだと言えばそれまでだが、本当にそんな事をする必要があるのだろうか。
――クシビ……。
そんな事までして、クシビは何をしようとしているのだろう。
「無人機……。かなり改良されている……」
残骸を確かめている英装術士達は驚かざるを得なかった。バラバラの無人機は、かなり改良を施されたものだった。
普通ではできないような、かなり違法性の高い改良だ。
術士を殺すことに特化したような――そんな改良が施されている。
「まさか、無人機でこれほどの改良を施せるとはな……。各自、この残骸を重要違法物質として処理。手掛かりになる物は残すな」
「了解」
上官の指示に英装術士達が頷く。違法術士達の危険性が極めて高いことを思わせる。
「それにしても、ヤタノハ・クシビ……。相変わらず手が早いですね……」
「そうだな……。包囲網を抜けて、これだけの事を可能にしている方法を知りたいものだ」
上官と部下の英装術士二人が話し合っている。その言葉に、アヤメは不安が胸によぎっていた。
クシビのこの行動は、目に余るものがある。誰にもわからないような魔術を使い、これだけの事をやってのけるのだ。
これ以上、危険視されるのは――。
「………っ」
しかし、それでもアヤメは黙々と作業を進めた。
クシビは……こんな機械と戦っていたのだ……。
自分の旧友が違法術士になり、こんな戦いの真っ只中に身を投じるようになるとは思ってもいなかった。
昔のクシビからは、本当に想像が付かない。
これだけ騒動が大きくなる中で、クシビもまた、行動を早めている。
こんな事を続けていて、本当に無事でいられるのだろうか……。
違法術士の世界は、とても一人で渡り歩けるような世界じゃない。暗く、争いの絶えない日々が続いている。
あのクシビが、そんな世界に……。
「まーた違法術士共が無人機の流用をしておるようじゃの」ため息を吐いて答えるヒマリ。
「しかも、今回もかなり手が施されています。それなりの費用が掛かるはずですが、最新式のマルチロイド
と言い、どこから資金を調達しているのか……」シズネも訝しむ。
「まあ、今はそれでも兵力が欲しい状況という事なのじゃろう……。抗争が慌ただしくなっているようじゃからのう」
表情を固めるヒマリ。もしそうなれば、この先また面倒な事になりかねない。
「どこの企業のものでしょうね……。それが判明すればある程度は主犯格に近づけそうなものですが」
ヒマリとシズネはクシビが持ち帰ったデータ資料を眺めては表情を歪めていた。
「まあ、この程度の小細工ならば心配することはないじゃろう。無人機ごときにわしらの魔術が負けはせんわ。むしろ問題なのは」
ヒマリが本棚から古書を探した。
「うう……取れぬ。クシビ。おんぶじゃ」
「……」
呆れるクシビ。しかし、言われた通りに黙ってヒマリを持ち上げる。
「ふふん、よい心地じゃ。お主も板についてきたのう」
「どうでもいいが、早く取れ」短く言うクシビ。
「クシビ様、私でもそこまでヒマリ様に言わしめた事はありませんよ……。侍女としての才能もあるのでは……」
「ちゃかすな」
そう言うシズネにクシビが反論するが、シズネは案外本当にそうではないかと感じていた。もう一度クシビの様子をまじまじと見るが、こうなると本当に子をあやしている親にしか見えない……。
それくらい姿が板についている……。
これは……後々自分の侍女としての立場を危うくするのではないだろうか……。
「あった。これじゃこれじゃ」
ヒマリが本を取り出すと、ひょいと飛び降り、そのページを開く。
「この関連性――ひょっとすると、因子の印に関わる連中の仕業やもしれぬぞ、クシビよ」
その言葉に、クシビも手を止めて振り返った。
「………」
因子の印を持つ者ならば、これだけの騒ぎを起こしてもおかしくはない。
こんな所でも奴等が関わってくるとなると、相当な行動範囲だ。
あいつらが、この件に絡んでいるのか……。
次の日、朝早くから行動を開始し、今日の予定を確認するクシビ。今日はハードな任務をこなす予定はなかった。
ただ、その為の下準備を整えておく必要があった。
「………」
あまり時間はないが、できる事は今日中に済ませておきたかった。急いで外周区を移動していくクシビ。違法術士に気取られないように気を払っている。
すると、一軒の店に辿りついていた。
「おお、いらっしゃいませ」
「これを頼む」
クシビが店に入り、カウンターの前に品物を置くと、店長が品を手に取った。
白髪交じりの店長は、眼鏡を付けた目を品物に近づけていく。
「いつも感謝しますよ。これだけの品物をどうやって調達してくるのか」
宝物を見るように品物を定めていく店長。
「それと違法術士のIDを置いておく。照会しておいてくれ」
「毎度どうも。また野良の術士が増えたみたいですねえ……。騒動が起きるのはご勘弁願いたいものですが……」
店長はすぐにそのIDを記録していく。クシビは、その手続きが終わるまで店内に並べられた武具を眺めていた。
「最近、外の様子が騒がしくなっていますよ……。この辺りじゃあ、もっぱら都市部の連中と何かを起こそうとしてるんじゃないかって噂になってますけれどねえ……」
「そうか……。」
クシビは話を聞きつつ、棚に並べられている銃を手に取った。パーツを弄り、銃を確めていくクシビ。
「なんでも、指折りの巨大グループ同士での揉め事だとか……。どっかの大企業同士の傘下の連中らしくてね……。みんなここで戦争でも起きるんじゃないかと怖々してますよ」
「噂は聞いている……。マルチロイドを扱っている企業も混じっている、とか」
銃を持ちながら何気なく話すクシビ。この間相手をした連中にも、そのマルチロイドを扱っている連中がいた。
銃の照準を覗いて、そのまま的を絞る。
「そうなんですよ……。ですから旦那も気を付けてくださいよ……。外の世界じゃあ、命あっての物種なんですから……」
「そうだな……」
話を聞きながら相槌を打つクシビ。やはりマルチロイドは出回っている……。他勢力も競い合って手にしているのだろう。
起きうる抗争に備えて……。
だがその時、クシビの懐にある銃が反応を示した。
『武装具の反応を確認。新しい武具の調達ですか? 私はお払い箱ですか?』
「ん? 今のはマテリアルのOSですかい?」
店長が不思議がる。クシビは慌てて懐の銃のスイッチを切った。
「ああ、少し調子が悪くてな。変な事にも反応を示すんだ」
「へえ、そりゃあ不思議なOSですね。自分の武具にも反応を示すなんて」
「ちょっと独特でな……」
ヒマリとシズネの改造品だ。独特な改造をしており、普通とは大きく違う物になり替わっている。
マテリアルのOSだが、通常のOSとは違い、かなり奇抜な反応を示してくる。
「なら、新しいOSを調達しましょうか? 今なら最新式のマテリアルでいい物がありますよ。世話になってる旦那の武器ですから、安くしときますよ?」
「いや、いい……。間に合っている。今日はこれで失礼する」
「おや、もういいんで? またのご来店、お待ちしておりますよ」
そうして店長の売り込みに、クシビは丁重に断りを入れると、すぐにその場を後にした。
武具屋から出ると、入り組んだ路地を歩いていくクシビ。
外放区にある、古く寂れた作りの町並みだが、いつもいわくありげな人間たちが行きかっている。
都市内では、賑やかさもあるが、このエリアではいつも暗く寂れた雰囲気が染みついている。
古く、寂れた町だ。すでに都市機能は他の場所に移り、この区域は死んだ場所になっている。
統地精霊の加護や守護結界もなく、まさに無法地帯となっている。
都市外の場所では、これが普通となっている……。
「………」
その中を、クシビが歩いて行った。誰にも気づかれないように、魔力の反応を消し、独自の魔術を使って痕跡すら残さないように気を配っていく。
そうしなくては、ここではすぐに違法術士に嗅ぎ付けられる。
自分に恨みを持つ違法術士や、裏の賞金目当ての違法術士が常に網を張っている。
殆どの違法術士は雇われている。敵対となる術士を葬っては、またはその術士と戦っては、それを生業としている。
裏では違法性の高い組織も関連している。
「………。」
この区域も、人が住めるとは言え、殆どスラム街のようなものだ。
それでも人は生きていかなければならない……。
他の用意も怠らにように、今度は都市部内に入り、ある場所へと足を運ぶクシビ。
バリケード付近にある建造施設。
ここでは、精霊にまつわる事を管理されている。
この都市を守護している統地精霊も、かつてはこの場所に祀られていた。
今は重要保管建造物となっている場所だ。
「ヤタノハ・クシビですね……。違法術士がこの場所に何の用ですか?」
「相変わらず辛辣ですね。いつもの資料をお願いします」
クシビが姿を見せると、そこでは一人の巫女が辛辣な口調で迎えた。
「またですか……。悲しいですね。あなたがそんな風になるとは、昔は思っていませんでした……」
「訓練生の時代は随分とお世話になりました。今でも感謝していますよ。ソノカ生徒会長」
クシビは街の一端にある、精霊院と呼ばれる場所まで来ていた。
「今それを言われても皮肉にしか聞こえませんね……」
ソノカと呼ばれた巫女は口惜しそうに言うと、そのまま封筒を手渡した。クシビは、それを静かに受け取る。
「あなたの魔術は見事でしたよ。みんなに教えてくれる精霊術も本当に為になるものばかりで」クシビは、そう言いつつ資料を観察していく。
「…………」
ソノカ生徒会長と呼ばれた女性は、そのまま呆れるようにして溜息を吐いた。
古風な衣装に身を包み、神聖な雰囲気を醸し出している。
この精霊院――古くから存在する習わしだ。
「私の同僚も嘆いています。同じ術士訓練生である貴方がこんなふうになるなんて思ってもみなかったと」
「それは残念です。ですが、自分にはやらないといけない事がありますから」
クシビのその返答に、ソノカは表情を曇らせる。
「残念なのはこちらです……。いつも行事には手伝いを惜しまずに協力してくれていたあなたが……」
クシビは資料を観察したまま、何も言わなかった。
「そんな身になってまでしなければいけない事なんてあるのですか? もうこんな事はやめたらいかがです。いつまでも続けられるものでもないでしょう。あなただっていつまで身が持つかわかりませんよ」
「つい最近、身近な人にも言われましたよ、その言葉」
リョクを思い返すクシビ。資料をすべて観察し終えると、それをしっかりと封筒に戻した。これで今日の任務は達成された。
ソノカは、そんな淡々と無視を決め込むクシビの態度を見据えている。
「あなたの最近の様子を見ていると、魔力からも少しづつ異変が感じ取れます。表情も少しずつ変わってきている気がします」
「………」
その言葉に、クシビは黙ったままだった。巫女は魔力の変化を敏感に察知する。自分の魔力の事も悟られているのかもしれない。
しかし、クシビは受け取った資料を懐にしまうと、そのまま向き直った。
「ありがたく忠告として受け取っておきます。ご足労をお掛けしてすいませんでした。またの機会があればよろしくお願いします」
「そんな機会はできればごめんですが……」
そう言い終えると、クシビはその場をあとにしていた。その姿は、あっという間に見えなくなった。
「あなたも、その年功序列を守っている所は変わりませんね……」
ソノカは呆れる表情を浮かべ、静かに施設内へと戻るだけだった。
「……あなたも物好きねえ。違法術士なんて呼ばれてるのにこんな事を続けるなんて」
「……。」
その帰る途中、狭い路地で笑っている情報屋。クシビは黙ったまま作業を続ける。
笑みを浮かべたまま、クシビを見やる情報屋。
「あなたが労力を割いてこんな事しても、違法術士だと罵られるだけなのに。そんな事を進んでするなんて、馬鹿馬鹿しいと思わない?」
「これが俺の使命だからな」
資料を片手にクシビは俯いたまま短く返事を返すだけだ。
「それに、違法術士の尻尾も手がかりも未だに見えない。調査の方も平行線だわ」
そんな事を言ったまま、情報屋が続ける。
「これは友人として忠告してあげてるの。そろそろ私の仲間になって、楽になったほうが賢いと思うけど?」
「俺は呪いを解き、因子の印を集める。それが今の使命だ」
「頑固ね」
挑発するように言う情報屋だが、それにクシビは無視で応じた。
「………」
情報屋には情報屋の思惑があり、それにはクシビも認識している。
クシビも、この先何が起こるかわからない事に、覚悟を決めている。
自分に課された使命を負った時から、こうなる事は決まっていた。
呪いを解き、自由になるその時まで……。
それを成し遂げるまで、おれは……。
「おお、帰ったか。早かったのう」
「………」
ヒマリがそう声をかけるが、クシビは何も答えないままだ。
「なんじゃ? 素っ気ない顔をして。何か気になる事でもあったか?」
「別に何もない」
短く応えるクシビだが、ヒマリはその様子の変化を敏感に感じ取っていた。クシビは淡々と資料を渡す。
そんなクシビを見て、ヒマリが息を吐いた。
「……まあ、お主が何をしたいかはお主の自由じゃがのう……クシビよ。」
ふんと鼻を鳴らすヒマリ。
「わしはお主にケチを付けたりはせん。何をするにも自分のしたいようにしてくれればいいと思うがな」
ヒマリがクシビを見据える。
「………」
しかし、その様子を見ていたシズネが、そこで口を挟んだ。
「クシビ様、少しお使いを頼んでもよろしいでしょう
か?」
「お使い?」
シズネのいきなりの申し出に、クシビが眉をひそめる。
「はい。今日はヒマリ様が大好きなカレーライスを食べたいと仰りまして。その丁度材料を切らしているところだったのです」
シズネが察する。クシビの様子は、ここの所、確かに目に見えて変わってきていた。
そろそろ長任務にも疲れてきているのかもしれない。気になることも色々とあるのだろう。
「なんじゃ、コヤツも連れて行くのか?」ヒマリが尋ねる。
「はい。私だけでは少し荷が重そうですから」
「よし、クシビよ。主人の好物を丁重に運んでくるのじゃぞ。丁重に持て成せい」
「………。」
ふんぞり返るヒマリ。なんで買物の品物ごときを丁重に運ばねばならんのか。
そんなヒマリを横目に、クシビは何も言わずに支度を始めた。早速準備に取りかかる。
そして、都市部内の食料販売施設へと赴いた。
そこでは今日も多くの人々が見られた。市場や店は人で賑わっている。
「クシビ様、こちらもお願いします」
「ああ」
食品販売施設の中を周りながら、シズネが手に取った物をクシビも手伝うようにして荷物に入れていく。
「申し訳ありません。買い物を手伝う事になってしまって……」
「別に構いやしない。」
そう言って、淡々と作業を熟すクシビ。今は偽装魔術で顔を隠しており、この方法で周囲にバレた事は一度もない。
「……これとこれも」
「ああ」
シズネの注文にも、淡々と答えていくクシビ。どれだけ重い荷物だろうが、テキパキと手際よく持ってくれる。自分でも品目を選び、慣れたように丁寧に作業をこなす。
「………。」
より新鮮な素材を見極めている。その作業は見るからに手慣れていた。使用人が本職であるはずの自分ですら驚くほどに。主婦が本業なのではないだろうか……。
「………」
そんなクシビの様子を見つめるシズネ。その様子は、どこから見ても使用人だ。普段からは想像もできないような慣れた手際の良さである。
「なんだ?」
シズネのその視線に気づき、クシビが聞く。
「いえ……少し思ったのですが、クシビ様は使用人の仕事をしてみては如何か、と思いまして……」
「変な冗談はよせ。俺は違法術士だ」
クシビはそう言うが、やはりこの手際の良さは何だろうと思うシズネ。
まるで昔から使用人の仕事をしていたかのようだ……。転職でもしてみれば意外と様になる気がする。
「ですが、あまりに使用人の仕事が板についているように思います。過去に経験があったのでは……?」そう尋ねてみるシズネ。
「いや……経験はない。似たような事をしていたかもしれないが……」
そう言うクシビに、シズネは興味をそそられた。やはりこの手際の良さは、昔に何かあったのだ。
「どのような事を?」
「……別に話すような事でもない。次に行く」
急いで次の場所へと周ろうとするクシビに、シズネは惜しい思いが沸いて来る。もう少しで重大な秘密を知れたような気がするのに……。
買い物を終えて帰る途中、辺りの風景を眺めつつシズネが口を開く。
「この町はいつも平和ですね。」
「ああ、そうだな」
外の世界とは違う。本当に穏やかな世界が流れていた。人々が行き交い、賑やかな声が耳に入ってくる。
「……。」
ふとシズネはクシビを見る。クシビ様も本来はそんな穏やかな世界で暮らせたはずなのだ。
「……クシビ様、寂しくはありませんか? クシビ様の過去を考えれば、こちらの世界は居心地が悪いように思えるのですが」
「そんなことはない。もう慣れたからな」
クシビのその言葉は、考えればとても寂しい物だった。シズネは、同時に似つかわしくない言葉だと感じた。
「クシビ様も、この平和の一端を担っていると思いますよ。多大な苦労、お察します」
「俺は違法術士だ。この街の平和は、多くの術士が昔から築いてきた。」
昔の事を思い出すクシビ。リョクやアヤメとの過ごした日々が蘇ってくる。
昔は、正規の術士になるめに必死に訓練を受けてきたものだ。
「……。」
静かに言葉を聞くシズネ。多くの術士とは、昔の術士のことを言っているのだろう。英装術士や警護術士隊など、今では呼び名は変わったが、この街を守ってきた術士兵は確かに存在した。
そして、クシビ様もその一人を目指していたはずだ。
「………」
夕焼けの中、シズネとクシビが用事を終えて帰宅する。都市部を外れ、薄暗い小さな路地へと入って行った。
「うぬぬ、遅ーい! 遅いではないか!」
帰宅するなりそんな声が飛んでくる。
「いえいえ、クシビ様がいたので助かりました。クシビ様がよりをかけて食材を選んでくれましたので、今日のカレーはきっと美味しくできると思いますよ」
「ほう」
台所で野菜を洗うクシビ。向けられたヒマリの目がどこか面白かっている。
シズネは、その時の様子もしっかりと覚えているが、かなり目を凝らして食材を選定していた。あの真剣な表情は……。
「ほーう? それは楽しみじゃのう……。あやつが腕によりをかけて選んでくれた食材、のう……?」
「なんだその目は……」
向けられたヒマリの目に反論するクシビ。どこか変人を見るような目付きだ。
「頑なの違法術士にそんな特技があったとはのう。それはそれは世にも奇妙な話じゃて……。その程度、主たるわらわが見定めさせてもらおうかのう……。ふーん……。」
「………。」
違法術士の自分が家事をしているのがそんなにおかしいと言うのか。これでも昔は普通の人間だったのだ。
そして、クシビは地道な皮剥きを進めていくのだった。こんな事は珍しかったが、まあこういう日もあるだろうと言う事で納得しておくのだった。
昔は、こうして地道な作業を手伝っていたものだったが……。
その後は、賑やかな食卓が振る舞われることになる。シズネもクシビも手の入れた食事を共にして、ゆったりとし時間を過ごした。
クシビは、いつもと変わらない様子で、その時間を過ごしていた。
しかし、普段とは少し違う、強張ったような様子では無かった。
そんなクシビを見やるシズネ。
きっと……昔はこのような様子で過ごしていたのだろう。