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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガーⅢ 光の下のparadox
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第十一章


「よし……。だいぶ距離を離せたな」

「ああ、ここまで来れば、砂漠を無事に抜けられるはずだ……!」

 荷物を運んでいた最後の密猟者の二人組は、安堵に息を吐いた。後方との距離が随分と開いた。これなら無事に切り抜けられるだろうと予想できた。


 もう少しで全てが台無しになるところだった。

 これで砂漠を抜けられる――。


 だが、次の瞬間――隣にいた仲間が倒れるのを目にする。


「お、おい! どうした!?」

 何が起こったのかを確認しようとするが、仲間の密猟者の姿は無く、代わりに銃を構えた術士の姿があった。

 ヤタノハ・クシビがそこに立っていた。


「う、うわああああッッ!」

 すぐに火薬を投げつけようとする密猟者。だが、クシビの撃ち放った魔力弾が全ての火薬を吹き飛ばす。


「ひっ……! ち、近づけば、この荷物ごと爆発させるぞ!!」

「残りはお前一人だ。そんな事をしても無駄だ」

 脅しに来る最後の密猟者だが、もはや黒装束の男達は逃げ去っている。助けを求める相手は誰もいない。


「ひっ……! く、来るな!!」

 近付いていくクシビに、足腰が引ける密猟者。残りの一人では荷物を運ぶ手段が無くなる。これで、もう自爆は出来ない。

 手段は残されていない――。


「あの精霊は笑っていた……。」

「……?」

 クシビが、あの時の出来事を思い出す。


「なぜあの精霊が笑っていたか、お前に分かるか……?」

「て、てめえ、何言ってやがる! 精霊が笑うわけ無えだろ!」

 そう言い返され、クシビは自分が何を言っているのかに気付いた。


「そうだな……。精霊は言葉を話さない。笑ったりはしない」

 クシビが銃の構えたまま弾倉を入れ替える。


 あれは夢のように虚ろう物だった。

 だが、それは……きっとまやかしでも嘘でもない。


 暖かな感情が、確かに自分の胸に宿ったのだから……。


「悲しんでようが泣きはしない……。苦しくても悲鳴を上げたりはしない……」

 なのに、あの精霊は笑っていた――。


「ひっ………!」

 クシビは、相手に少しずつ近付いていった。


「今のお前のように……怯える事すらもできやしない……」

「な、なに……!?」

 クシビが相手の背後に移動し、首筋に手を当てる。


 ――あの精霊は……。


 最初に見た笑みを思い出すクシビ。精霊には恐れもない。怒りも、憎しみも。

 あるのは恵みを与える使命と、それに伴う愛だけ。


 あるのは――深い愛情だけだ。


 あの笑みにはそれが……。

 それが精霊に宿る唯一の感情。

 悲鳴を上げることも……助けを求める事もできず……。


 ただ、愛だけを持つ――。







 それしかできない……。それはとても弱く、虚ろで儚い物。

 幻のように消えてしまい、手に掴めず、実体も無い物……。


 だがそれは、まやかしでも嘘でも無い。

 暖かな光が……思いが、この胸に灯ったのだから。


 あれは、確かな――魔法だった。

 






 戦闘を終えると、子供の情報屋は真っ先に大きな息を吐いた。

「はあー。もうびっくりしたよ。相手を油断させる為のフリなら、最初から言って欲しかったね」

 走り続けて息も持たない。子供の情報屋は呼吸を整えながら、開口一番に不満を述べる。


「敵を騙すには味方からと言うだろう?」

 そのクシビの言葉に、またも溜息しか出てこない子供の情報屋。


「ブラックジョークにも程があるよ。心臓に悪い……」

 あまりの切羽詰まった戦いに、こちらの息も詰まりそうだった。

 生きている実感を噛み締めながら、ようやく胸を撫で下ろす子供の情報屋。あんな連中に追いかけ回されたら、命がいくつ有っても足りやしない。


 先程のクシビの戦いぶりを思い返す子供の情報屋。この黒服の違法術士が、あの女のお墨付きの理由が分かった気がした。


 しかし、クシビ本人は別に敵を欺こうと企てていたわけでも無かったのだが――。


「密猟者どもは全員が確保されたってさ。傷の度合いが酷いけど、全員無事だったようだよ」 

「そうか……。」

 その知らせを聞き、あのダウスのギルド員を思い返すクシビ。

 正規の術士にも、色々な悩みがあるのかもしれない。魔術が使える者にも、また違った形の苦悩が……。


「さて、荷物は取り返した訳だけど……あの黒装束の男は何だったんだろうね……。うまい具合に逃げられて、正体を掴めないままだったし……」

「あいつらは……」

 クシビはどこかに朧気ながら記憶があった。


 あの特徴的な衣装……戦い方……ヒマリに目星を付けられている存在が居た……。


「おそらくだが、カシャルエの術士団だ。ヒマリに目星を付けられている。」

 カシャルエ連合術士団――。女王が率いる国下兵団だ。


「まさか、あの黒装束の奴らが……?!」

「黒い噂なら絶えない奴らだ」

 この土地へ手を伸ばしたのも、そして伸ばせたのも不思議じゃなくなる。


「く、国一つが相手か……あまりにも分が悪すぎるよ……」

 驚く子供の情報屋。まさか国の勢力が関わって来るとは思わなかった。小国家とは言え、兵力は桁違いのはずだ……。


 ――そして、ヒマリと深い関わりのある存在でもある……。


 思い返すクシビ。カシャルエの術士兵団は、英装術士兵団と同じ、王を守護する術士兵団。しかし、世界を守る英装術士とは違い、こちらは黒い噂が絶えない。


「なんなら、こいつ等の情報をやろう。売りつければ高値になるぞ」

 戦って得たデータを分析、解析した物を見せるクシビ。素性や人相などもある程度推測している。


「遠慮しておくよ。ぼくの生業じゃ、どんな足跡が付くか分からないからね。国が相手なんて、冗談じゃない」

「そうか? 別に売らなくても、かなりの保険になると思うが……」

 その言葉に、クシビはチラリと横目をやる。

 子供の情報屋も、やはり何かを思いとどまったようだった。


「う……。やっぱり、貰おうかな、その情報……。」

「いいだろう」

 クシビが情報を渡す。こうしてみると、本当に見た目は只の子供だな


 しかし、これで片足を突っ込んでくれた。


 情報を共有すれば切っても切れない鎖で結ばれる。

 悪いがお互いの命を共有すれば、信用も生まれる。

 こうした強い繋がりは裏の世界における円滑な取引に不可欠な要素だ。


 すまないが今度は同じ任務について貰おう。


「さてと……」

 取り戻した荷物を確認するクシビ。そこには様々な危険指定品目が並んでいた。


 そして、一際大きい檻のようなカゴを見ると、そこには精霊が閉じ込められていた。

 あの時見た精霊に間違い無い。


「………。」

 じっとその精霊を見るクシビ。精霊は抵抗もせず、ただじっとそこに佇んでいるだけだった。

 やはり、精霊は喋らない……。感情を見せない……。あの笑みは……。

 俺の心は――。


「……元の場所へと運ぶか」

 そう言うと、クシビは荷物を運ぶ準備を始めるのだった。

 






 森の中にある泉へと到着するクシビ。砂漠にある数少ない森の泉だ。

 瘴気の無い綺麗な水を作り出し、この森を育てる泉……。


「お前はこれで自由だ。元居た場所に帰るんだ」

 そう言って、クシビは檻から精霊を解き放つ。


「……。」

 精霊は解き放たれると、泉の側に寄り添った。


「精霊は礼も言わない、か」

 子供の情報屋が皮肉めいた笑みを浮かべる。やはり人間とコミュニケーションを取ることはないのだろう。


「助けたのに礼も無しとは、なんとも骨折り損のような気分だね。大層な神様の癖に」

「………。」

 不機嫌な面持ちで、その場から背を向ける子供の情報屋。クシビも静かにその場を後にした。


 ――ありがとう。


「……っ」

 その時、何かの声がクシビの中に響いた。思わず振り返って確認する。


「………。」

 泉に寄り添ったままの精霊。その表情は変わらない。ただじっとしているだけだ。何も変わらないように見える、その姿は――。


「いや、そうでもない」

「?」

 クシビは情報屋にそう答えた。精霊はずっとそうしてきたのだろう。多種族とは意思の疎通ができない。

 人と精霊……。

 一生分かり合えないような種族だと言われているが……。


 ――暖かみのある関係か……。


 人間らしいという事は、とても難しい事なのかもしれないな。

 俺も精霊も……。









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