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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガーⅢ 光の下のparadox
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第五章



 町を行き渡り、クシビはある場所へと赴いていた。そこでは砂漠に隣する人々が集まる場所で、術士や物資を搬入する運び屋など、様々な職柄の者達が行き交っている。砂漠の流通交所と呼ばれている。


 そんな場所で、クシビはある情報を探っていた。目星を付けていた、ある区域についての情報を調べていく。


「へぇ、あんたがヤタノハ・クシビか」

「誰だ」

 そこで突如、名前を呼ばれて振り返るクシビ。自分の素性が割れている。


「あんたの知り合いの仲間さ。依頼を受けた。あんたの詳しい位置取りがほしいんだと」

「………。」

 新手の追跡者(ストーカー)か。

 あの女、こんな所までわざわざ手の込んだ事を……。


「それで何のようだ」向き直ってクシビが尋ねる。

「あんたに話しかけてみたかったのさ。どんな奴か知りたかったしね。あの英装術士兵団から逃げ回っているって言う世紀の大逃亡者……はたまた都市を救った英雄だとか」

 溜息を吐きたくなるクシビ。妙な噂が一人歩きしていそうだな……。

 情報屋がどんな嫌味を漏らしたのか気になるが、どうせロクでもないことに決まっている。

 目の前の男は楽しそうに笑みを浮かべている。男と呼ばれても背丈はかなり小さい。


 一見、見た目は普通の子供だ。


「それに、良きビジネスパートナーになれるかなと思ったんだ」

「………。」

 それを聞いて納得するクシビ。なるほど、情報屋の仲間なだけある。依頼を兼ねて、俺に取り引きか。

 子供の姿なのは、色々と理由がありそうだ。


「いいだろう。名前くらいは覚えておく」

「ありがとう。これがぼくの名前」

 そうして、IDカードを差し出してくる。それを照会するだけで、データが映し出された。

 見る限り、平凡な情報屋を装っているようだ。


「なら、さっそく依頼だ。この辺りにいる違法術士を教えてくれ。怪しい連中や素性の割れない奴も全てだ」

「それならストックしてあるよ。裏の奴らの名前なら餌になる奴も多い。ここはぼくの縄張りだからね」

「………。」

 思惑のいい展開に、クシビは息を吐いた。これなら事は順序よく運びそうだ。


「なら、その名簿を貰う。調べ物があるから、明日、またここで同じ時間に落ち合おう」

「わかったよ」






 


 日の出の時間、クシビは荒野の広がる場所で待機していた。まだ人の気配は無く、周りには静けさが漂っている。

「来たか……。」

 すると、一匹の鳥が朝日の方角から飛んでくる。昨日、自らの拠点がある王国都市へ出した便りが返ってきたのだ。


「………。」

 便りには、女の情報屋の文が書かれていた。それを読むクシビ。

 あの調子だと、作戦の決行は明日の予定とされていた。

 捕縛には大きな時間が掛かるだろうが、それでもやるしかない。


【くれぐれも無茶な真似はしないようにね?】


「………。」

 最後の部分だけ妙に筆圧が高い上に、殴り書きになっているような気がする。

 あの子供を張らせたのはそのためか。


 まったく、大袈裟なことだ。


 クシビは紙を丸めると、そのまま懐にしまう。指示は遅れるが、今はこれが限界だ。

 早く次を急がなければ……。








 クシビは、とある場所へと赴く。そこは閉鎖的な暗い雰囲気の場で、いかにも人目を避けるかのような工夫が施されている。建物と呼ぶのか室内と呼ぶのか、曖昧な感じのする場所だった。

 まるで移動する屋店とでも呼べばいいのか、巨大なテントで覆われ、そこに品物が並べられている。


「これは……」

 そこには、所々に嫌な雰囲気を醸し出す品が並べられている。


「データ照合、目の前の品は何だ?」

「ドミシア草。希少種の薬草です。有害な毒を作り出す材料とされ、重度の違法指定品目です」 

「こちらの物は?」

「トビシ石です。強力な火薬の材料ですね。かなりの熱を発するとされています。こちらも貴重な品物で、主に火山口付近で発見されます」


 次々に品物を見定めていくクシビ。どれもこれも普段は目にしない品物ばかりだ。


「他には絶滅危惧種であるウルビカの牙。あちらはマルチロイドなどに使われるルバルト鉱物」

「どれもこれも真っ黒だな……。」

 危険指定の品物ばかりだ。取引には厳重な法が絡んでくるはずだが、ここにはそんな様子は一切無い。

 お金さえあれば、どんな人間でも目当ての品物を手に入れることが出来る雰囲気を醸し出している。


「あいつは……」

 そこで、クシビはある人物に目が止まる。その姿には見覚えがあった。あれは、おそらくダウスのギルドの一味だ。

 顔を隠してはいるが、完全にはカモフラージュ出来ていない。

 こんな所に足を運んでいるのか……。


「………。」

 クシビは中央に近付くと、多くのギャラリーが集まって眺めている物があった。

 牢獄のようなガラスに閉じこめられているのは――生きている精霊だった。


「あれは……。」

「おそらく、この区域にあるどこかの泉の精霊ですね。この砂漠にある水を浄化する希少な存在のはずです。この区域での水の精霊は最重要保護対象に指定されています」

 OSの解説を聞きながら、この場の危うさを認識するクシビ。そんな物を勝手に持ち込めば、どんな事になるか容易に想像が出来るはずだ。

 クシビはガラスに閉じこめられた精霊に目をやる。


 ――………。


「うっ……」

 その時、突如クシビの脳裏に違和感が流れ込み、目の前が霞んだ。

 なんだ。今のは……。


「どうしました? 主」

 体内の異変を察したのか、OSが囁きかける。

「いや……」

 うわ言のように返事をするクシビ。


 なんだ……。さっきのビジョンは……。まるであの精霊が話したような……。あの精霊が俺に笑みを向けたような……。

 とうとう俺の頭はおかしくなったのか……? 精霊に笑みを向けられるなど、違法術士の自分には不釣り合いなことだ。

 頭を押さえながら、そんな事を考えるクシビ。


「………。」

 統地精霊と一体化した後遺症なのか? まるで意識が吸い込まれるような、あの時と似たような感覚だった……。 

 ふと、OSが何かを言いたそうな素振りを見せている。


「貴方の周りにいる人間が複数視線を向けています」

 自分にだけ聞こえる音声で、OSが囁きかけた。


「………。」

 もう一度、精霊を見るクシビ。その精霊は何事も無かったかのようにその場にいる。精霊は、人と話したりはしない。

 だが、さっきの意識は……。







 一度、外に出るクシビ。今、この場を襲撃するわけには行かないだろう。

 さて、この先をどうしたものか……。

「まずは連絡ですね。目当ての場所にきましたが、先程記録したデータも一緒に送っておきましょう」

「そうだな……」


 クシビが頷く。この場所は違法品目の売買所だ。相当に警戒されているはずだが、これほど巧妙に売り買いされているのか……。


「……。主、どうかしたのですか? 先程から様子がおかしいですが……」

「………。」

 OSの言葉に何も返さないクシビ。売り場を後にしたが、先程の精霊の事が頭から離れない。


 さっき、あの精霊の思考が流れ込んできたような……。

 あの精霊は、微笑みを浮かべていたようだった。


 この状況でも、精霊は微笑みを浮かべられるものなのか……。


「……OS。精霊にも感情があって、人と会話をしたりするものなのか?」

「現実的思考を日常的にしている貴方らしくない質問ですね。基本的に精霊は感情を持ってはいないとされています。ましてや、それを人に晒け出すと言う事も今までに報告は無いですね」

 一般常識の質問をされ、OSは当たり前の回答を提示した。


「そうだな……。」

 思わず自分でも納得するクシビ。普通の精霊が感情を持ち、人に話しかけるなど今までに前例は無い。


「まあ、実際の所はどうか分かりませんが。精霊や魔術には未だに未知の部分が多いですから」

 そうOSが付け加えるが、クシビは上の空だった。

 まさか、これも統地精霊の後遺症なのか……?


「やはり、俺の気のせいか……。」

「大丈夫ですか? ここに来て連日の疲れが出てきたのでは……?」

「最近はまるでそんな感じはしなかったんだがな……」おかしい、と目を押さえながら魔力の調子を確認するクシビ。


「ふうむ……。あなたは戦い続けですからね。裏の世界で生きて行くには、それなりの忍耐が必要とされますからねぇ……。あなたもとうとう足を洗うときが来たのですかね……」

「冗談はやめろ」

 ピシャリと言い止めるクシビ。OSの大袈裟な言いぶりに釘を刺す。


「やはり、あなたは一人で戦うのには向いていないのですよ。人恋しさと寂しさで疲れが増したのでしょう。だからそんな優しい幻覚を――」

「勝手な憶測もやめろ」

 またもや釘を刺すクシビだった。人恋しさに寂しがるなど、もうそんな柄じゃない。


「あの精霊を可哀想と思うのですか?」

 そんな風に尋ねるOS。

「……機械のお前なら、何か分かるのかと思っただけだ」

 クシビはそんな返事をする。精霊は人と意志疎通は出来ても、感情を通わせる事は無い……。

 人と精霊は密接な関係がある。切っても切れないような関係だ。人が生活する上で、欠かせない要素を補う精霊の力……。


 しかし、近くても人と精霊は分かり合えない種族だと言われている。

 自然を破壊し、精霊の済む世界を追いやっている今の人類には……。


「お前はどう思うんだ? あの精霊を」

「もちろん、助けたいと思いますよ。感情が無くとも、命は大事ですから」

「……。」 

 押し黙るクシビ。ふと思考が止まる。

 このOSも感情豊かに表現し、それを言葉で話している。

 OSにも、まるで心があるようだ 


「………。」

 ならば、あの精霊にも心はあるのでは無いか……? もしかしたら……。

 もし、精霊に心が有るとすれば、あれは俺の心に直接話し掛けたということなのだろうか……。

 本当だろうか……?

 あれは幻のようだった……。自分の見間違いだということも有り得る。


 ――俺にも、心なんて物があるのか……? 


 疑問に思うクシビ。違法術士となり、闇の世界を歩いている今の俺は……もう、そんな心なんて物を持ち合わせているようには思えない……。

 人を傷付け、生きて来た自分は……。


 俺には、人としての心が――まだあるのか……?








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