第三章
「く!」
ダウスの団員達が、遅れを取り返そうと前に出てくる。しかし、大トカゲの相手はクシビとリョクだった。
焦って遠距離から攻撃を仕掛けるが、やはり大したダメージは与えられない。無闇に近付こうものなら、返り討ちに合う。
「突撃だ! 俺達も引けを取るな!! 接近戦を仕掛けるんだ!」
ダウスが団員達に指示を出すが、仲間達は困惑していた。側面からの攻撃に従事せず、近接戦闘からの突撃を仕掛けろという事なのだ。
それでもダウスの団員達は指示に従い、剣を構える。何とか前に出ようと試みるが、暴れ回る尻尾に近付くことすら許されない。
「うわああっ……!」
近接戦闘を仕掛けた一人の術士が悲鳴を上げる。暴れまわる獣鬼の爪が、勢い余ったまま体を引き裂いていた。
さらに、尻尾は刃のようにして辺りをなぎ払っている。
そのまま獣鬼の攻撃が次々に目の前に迫っている――。
「無理に出るな!」
クシビが警告する。しかし、それでもダウスの術士達は聞き入れなかった。
「何をしている! こんな所で怖じ気づくな!」
ダウスが鼓舞するように声を上げる。焦っている様子が浮き出ていた。
「危険なのに、無理に仲間を出すんじゃない!!」
それに、リョクが大声を上げた。その怒声に、ダウスは気圧される。
リョクは怒りを込めていた。同じ団長として、それは許し難い行為だったからだ。
しかし――。
「俺達は一級の術士なんだ! ここで脅えていたら名折れだ!」
それでもダウス達は退こうとはしなかった。
「っ!」
倒れている術士の間にクシビが割って入り、一髪の所で攻撃を刃で受け止める。
――駄目だ。獣鬼がこちらに集中しない。
「ぐっ……!!」
クシビの身体に爪の重さがのし掛かる。だが――
「リョク!」
「ああ!」
合図でリョクが前に出る。そして、剣の一点に魔力を集中させると、それを勢いよく叩きつけた。
リョクの攻撃を顔面に受けた獣鬼が、雄叫びを上げて苦しむ。
そのまま、二人がトカゲの巨体を諸ともせずに押し出した。
『ギシャアアア!!』
雄叫びを上げる獣鬼は押し返そうともがくが、クシビとリョクの勢いは止まらなかった。
盾を構えるとは言っても、攻撃を仕掛けない訳じゃない。リョクの力強さは健在だ。
臨機応変に対応して、相手を欺くのは、昔からのクシビとのやり方だ――。
「良い攻撃だ。次も期待してるぞ。団長」
「くっ……!」
団長と鼓舞され、苦笑いを浮かべるリョク。汗を拭い、息をする間も無く剣に魔力を込めた。
団員達が見守っているのが分かる――。
「……。」
無事に仲間の術士に治癒魔法を唱えられると、ダウスの術士達は唖然となるしかなかった。こちらの隊列は崩されている。
負傷した術士の治癒を施している間も、クシビとリョクは獣鬼と激しい戦闘を続けた。
爪を間一髪の所で避け、踏みつぶそうとしてくる獣鬼トカゲを押し返す。
「まずいな」
「ああ……。隊列が崩れたままだ……!」
戦いながら背後のギルドを見るクシビとリョク。
ダウスのギルド員達が同じように先陣に出るが、盾を構えて凌ぐのが精一杯の状態だった。
だが、それでもダウスのギルドは近接戦闘を止めない……。
「くっ……! 陣形を展開しろ! 四方から包囲だ!」
「し、しかし、今のまま陣形が手薄になるのは……」
ダウスが指示を出す。部下達は指示に戸惑いながらも、四方に陣形を展開するが――獣鬼の爪がすぐさま襲い掛かった。
それどころか接近した途端、大トカゲが暴れるだけで衝撃が波のように襲い来る。
「うわあああっ!」
「――!」
悲鳴を聞いて、クシビがいち早く対応する。倒れている術士からこちらに気を引くため、獣鬼トカゲの眼前に迫って剣を突き立てる。
しかし、堅い皮膚と鱗に防がれ、狙いが定まらない。
そのまま、クシビは獣鬼トカゲの牙に切り裂かれる。
「っ!」
だが、目の前に大きく開けた口が迫った瞬間――クシビはもう片方の手に持っていた銃を大きな口の中へと撃ち込んだ。腕を引き裂かれながらも反撃する。
『ガアアアアッッ!!』
焼けるような痛みに獣鬼が苦しむ。その隙に、倒れていた術士から気を逸らす事が出来た。
「無事か?! クシビ!」
「大丈夫だ。少し腕に響いただけだ」
すぐにクシビの腕を確認するリョク。こいつの少しは当てにならない。やせ我慢が昔から得意だった。
何も表情に出さず、他の誰にも悟られないように。
どんな時でも、まるで顔に出さない。
苦しい時も、悲しい時も……。どんなに恐怖する時ですらも。
「………。」
他の人間や、仲間すらも欺いて――。
どうしたものかと考えるリョク。
あの癖、まだ治っていない……。危なっかしいままだ。
一人で何もかもを抱え込もうとする。
「………。」
戦いながら、そのクシビの様子を見るリョク。
やはり足りない……。今のクシビには……とても大切なものが欠けている――。
あと一人の、仲間が――。
「臆するな! それでも一流の術士か!」
ダウスが指示を出す。その言葉に、ダウスの団員達は剣を取って立ち向かう。しかし、その表情には焦りと恐怖が浮かんでいた。
それでも無理に突撃すると、すぐさま獣鬼の異様に長い尻尾による攻撃が飛んでくる。
「う、うわああ!」
吹き飛ばされるダウスの団員達。この尻尾の長さは、もはや遠距離すらもカバーできるほどの長さだった。
「お前達、援護を頼む!」
そこへリョクが団員の術士達に指示を出す。
「は、はい! リョクさん!」
遠距離からの魔法に、モンスターに放たれた。事前に打ち合わせをしておいた援護だ。
僅かだが、獣鬼トカゲの目をダウス達から眩す。
接近戦を避け、できるだけ遠方からの魔術で支援する。
しかし、それでも切迫する状況を見てダウスが表情を変えた。
「くっ、あれを使うぞ! 準備しろ!」
そのダウスの指示を、団員達は固唾を飲んで聞いていた。
「なんだ?」
周りにいたリョクの団員達が異変に気づく。第一陣に居た周りの術士達が後退していく。
何か木車に退かれて運ばれている――。
「リョクさん! クシビさん!」
団員達の声に、クシビとリョクも後方の異変に気づいていた。何か大きな物が運ばれている。
「あの兵器は……」
「火薬の匂い……。これは……」
リョクとクシビがそれを見る。起爆剤か何かを使用する気のようだ。だが、これは……。
「獣鬼から離れろ!」
ダウスが声を上げる。そこで、ある事に気づくクシビ。
「待て! まだ動きのある状態で――!」
急いで忠告するクシビだが――それでも強引に近づくダウス達を、トカゲは容赦なく尾で薙払った。
振り払われた尾の直撃を受けて、火薬の荷台ごと吹き飛ぶ。
そして、そのまま――強力な爆発が引き起こされた。
「さ、下がれえっ!」
ダウスが退避の指示を出す。しかし、それは既に手遅れの指示で――。
味方の布陣で、火の礫が飛散する。強力な炸裂弾だ。
十分な距離の無い味方付近で、それが爆発した。
「オートロック! 速射で撃ち落とす!」
『了解』
クシビが銃を構え、OSに指示を出す。眼前に炸裂弾の軌道が映し出された――。
どの角度を打てばいいか、どの礫を最初に撃てばいいか――それらが目の先に示される。
「っ!!」
トリガーを引き、轟音の中で炸裂弾を撃ち落とすクシビ。
だが、全てを撃ち落とせるわけではない――。
「うわああああっ!!」
着弾音と共に悲鳴が辺りに響きわたる。
ギルド員に無数の破片が降り注いだ。
「リョクさん! クシビさん!」
リョクの団員達が身を案じて叫ぶ。遠くから援護をしていた自分達への被害は無かった。だが、先陣の二人は――。
「俺達は無事だ! それより負傷者の救助を!」
「……!」
土煙の中、リョクの指示を耳にする団員達。
負傷した兵士が目の前にいる。獣鬼はまだ動いている。それに本来、相手は競い合う術士だ。だが、それでもリョクは助ける指示を出した――。
「わ、わかりました!」
団員達は、倒れているダウスのギルド兵の救助に入った。破片が突き刺さり、足や手を負傷している者が居る。
だが全員、驚いたことに致命傷がない。
「しっかりしろ!」
「う、うう……」負傷した動けない術士が呻く。肩を貸し、その術士達を急いで運ぶリョクの団員達。
緊急事態となり、他の団員達も手を貸していた。
「ゴアアアア!!」
そこへ襲い掛かろうとする獣鬼だが――。
「っ!」
すかさずクシビとリョクが援護に入る。二人が攻撃を重ねると、すぐに獣鬼がそちらに目を向けた。
「オーバーヒート。リロードまで残り5秒――」
「っ!」
クシビとリョクが、既に盾と剣を構えていた。
「「うおおおっ!!」」
踏ん張るようにして獣鬼を押し返す二人。仲間の救援時間は絶対に死守しなくてはならない。
「う……く……!」
もはや打つ手が無く立ち往生をするダウス。もはやこちらの戦力は戦える状態ではなかった。
目の前の惨状は信じがたい物だった。
「ダウス隊長、指示を……!」
立ち往生をしているギルド員が、指示を求める。
ギルド員全員が、ダウスを見ていた。
「後方からの攻撃だ……。距離を取って戦え……」
「は、はい……!」
指示に従う団員達。もはやこちらにはその方法しか残されていなかった。戦力は半分以下となってしまっている。
そして、警戒を強めつつ戦闘が継続された。
周りは負傷者の救助をしつつ、クシビとリョクは最前線を維持し、戦い続けた。
「リョクさん!」
団員達が必死に助けようと援護をしてくれる。チームワークを乱さず、綺麗な統率された援護が放たれていた。
「良い団員だな」
「俺の数少ない自慢だ」
笑みを浮かべてリョクが言う。今の自分達にできる事を必死にやっている。
「お前らしい兵団だ。俺と居た頃よりも良いチームになる」
「だが、今の団員がこうして無事でいられたのは、お前のおかげでもあるんだ」
お互いに懐かしくなるリョクとクシビ。色々な事を経験した――。
そして、そのまま戦闘を続行する。
もう大トカゲの体力は底を尽き掛けている。
「っ!」
クシビが端に転がっている盾を拾い、それを構える。
『前方、角度を調整――』
盾を構えると、クシビは爪を正面から受け止めるのではなく、爪を受け流す。
そして、そのまま盾を捨てると、跳躍しつつ獣鬼トカゲの腕を走り伝い――顔面まで移動した。
「グガア――ッ!!」
獣鬼の鋭い目つきがこちらを捉えている。だが、その時にはもう遅い。
「っ――!」
クシビの弾丸が獣鬼の眉間に突き刺さる。次に急いで距離を取るクシビ。
「まったく。すぐさま盾を使い捨てるなんて、乱暴な扱い方です」
「あまり慣れないな……」
呆れるOSに、短く返すクシビ。やはり、俺には慣れない――。
「い、今だ! 総攻撃だ!」
隙の見つけた他のギルド達が一斉に号令を掛ける。クシビの作ったチャンスを見逃さない。
一気に戦闘が動く。
術士総員での総攻撃に、大トカゲは叫び声を上げる。
クシビと他の団員達との連携が成功した。
――流石に、一流の術士なだけあるな……。
統率された動きを見るクシビ。経験豊富なだけあって、僅かな隙でも見逃さない。
さらに波状するようにクシビが動く。隙を突いて獣鬼の背後に周り、尻尾に向けて刃を突き立てた。
鱗の隙間を狙っても、今のトカゲは暴れまわる余裕は無い。
「っ――!!」
そのまま力を込めてトカゲの尾を引き裂くクシビ。
堅い鱗の間から、刃を突き立てて切り裂いていく。
『キウウウッ!』
その時、大トカゲは初めて悲鳴を上げる。
弱々しく、今までに無い助けを求めるかのような甲高い悲鳴だった。
そして、不思議なことに尻尾を切り落とされた獣鬼トカゲは怯えるように慌てて背を向ける。
先程とはまるで違って、戦う姿勢を一切見せず、恐れ怯えるようにしてその場から遠ざかっていく。
「クシビ……?!」
何をしたのか、リョクが驚く。クシビは黙ったままそれを見送っていた。
「あのトカゲは、もうしばらくは人里を襲って来ないはずだ。無理に仕留める必要は無いだろう」
「………!」
逃げていくトカゲを見るリョク。確かにもはや戦意は無くなっているように見えた。
切られた尻尾だけが、クシビの手に握られている。
「くっ!」
残り少ない戦果を上げる為、ダウスが追いかけようと試みる。しかし、もはやそれだけの戦力は残されていなかった。
まともに動けるのは自分ただ一人だけとなっていた。
そして、戦闘は決着した。
「正式な報酬は俺達に出されることになった」
クシビが報告すると、団員達が声を上げた。
「や、やった! すごいじゃないですか!」
「俺達がファーストハントなんて……!」
初めての出来事に、手を挙げて喜ぶ団員達。
レコードマテリアルの順位付けでは、リョクのギルドが一番の戦闘成果と発表されていた。
ファーストハントは一番の功績を上げたギルドに贈られる称号だ。
「今日の祝いはこの町にあるアレーモと言う酒場で行うとでいい。その店のビールは現地の特注品だ。ヘビアの肉と相まって上手い酒になるだろう」
クシビのその言葉に、団員達も歓声を上げる。
「俺からも礼を言わせてくれ、クシビ」歩み寄るリョク。
「いいや、お互いナイスハントだった。団長さん」
レコードマテリアルが順位を発表すると、お互いに握手をするクシビとリョク。昔のコンビネーションはしっかりと覚えていた。
「俺の独断先行だったが……あまりスムーズに運べたとは言えないな」
負傷者が横たわっている現状を見るクシビ。特にダウスのギルドは大人数の負傷者が出ていた。
「いや、重傷者が居ないだけでも十分だ。下手をすれば死人が出ていた」
そう言うリョク。あれだけの事があったのに、重傷者が居ないのは奇跡だ。
それもこれも、クシビが頑張ってくれた御陰だが……。
「アヤメが居ないのが惜しいな。あいつが居れば、もっと時間は掛からず倒せたはずなのに」
「ふん、どうだかな……。」
不機嫌そうに鼻を鳴らすクシビを見ては、苦笑するリョク。今のアヤメを認めたくないのだろう。
今のアヤメがこの場にいれば、もっと早くに戦闘が終わっていたはずだ。
おそらく負傷者さえ出す事も無く……。
「………。」
意固地な様子のクシビを見ては、素直じゃないと感じるリョク。
あの二人が揃えば、まさに敵無しだった――。
「悪いな。俺はリーダーには迷惑を掛けてばかりだったが……」
「クシビ……。」
突然、そんな風にクシビが謝るので、リョクは驚いた。
こいつは――今も引きずっているようだ。
魔術を使えず悩んでいたあの頃。
そして、違法術士としての今。
その二つを、今も謝っている……。
「俺は、今もリョクに頼ってばかりなのかもな……」
リーダーとして居たあの頃――。
お互いに色々な困難を経験してきた……。
「いや、お前は成長してるよ、クシビ」
はっきりと言うリョク。クシビは力を身につけた。しかし、それだけでは駄目なことを知っているのだろう。
こいつが一番、それをよく分かっているはずだ……。