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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガー 
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第三章

 その後、クシビは多くの術士が集まるオードセンターまできていた。ここでは術士への依頼や、それに関する数多くの情報が集まってくる。


 クシビは、他の術士に紛れ込み、電光掲示板に映された情報を確認する。


「………。」

 それを見ながら、手にした用紙に書かれたリストにも目を配る。

 裏で暗躍する違法術士の換金レートが上がっている。外で何か大事の気配を察したのかもしれない……。

 他の術士も出てくるかもしれないな……。注意をしておくべきか……。英装術士の注意を反らせる可能性は……。


「………。」

 抗争が慌ただしくなっている以上、出方に変化があるのは当然か……。

 再び、電光掲示板に目を戻すクシビ。

 高位人の依頼などが目に留まった。慌ただしくなっているから、護衛の任務なども募集している。


「……。」

 高位人の依頼か……。しかし、なんとも贅沢な依頼だ……。

 それに見合って報酬も高い。術士はみな、ごぞってそちらに流れている。抗争が慌ただしくなっている時こそ、護衛は必要か……。


 ふと、クシビは別の依頼に目をやる。探したのはリョクが請け負っている依頼の項目だ。

「………。」

 そんな他の依頼に比べて、やはり相変わらずリョクの兵団の報酬は少ない……。


「あの地下付近にまだ兵団がいるのか?」

 周りにいた一人がそんな言葉を口にする。


「あんな薄気味悪い場所に行く奴なんているんだねえ」

「物好きな奴らも居たもんだよなあ」

 そんな話が聞こえる。ギルド名簿を見るなり不思議がっている。


 あの場所は色々な意味で嫌われている。

 幽霊の類や亡霊は地下に住むと言われて、昔から薄気味悪がられてきた。さらに魍魎も大量に住み着いていることから、誰も近づきたくない嫌な場所とされているのだ。


 まるで呪われた場所のような扱いだ。


「呪い、か……。」

 クシビは手を握る。自分が確かめているこの感触も、今生きている証だ。


 その所為で、俺は――。


「………。」

 クシビは思い返すのを止める。自分には今なすべき事を、しっかりと見定めねばならないのだから。

 今、あの地下道付近では大量の科学廃棄物が問題になっているのだ。

 どこの企業が流したものかは判らないが、悪影響を与えることには違いない。

 普通なら、どこかの工場が勝手に廃棄したのだろうと推測する所だ。周りでもその噂は立っており、ますます忌避される場所となった。

 どこの企業が流したものかは判らないが、工場区にある数多くの工場の中から、それを特定するのは困難だった。


 そこで、ふと別の会話が耳に入ってくる。


「またヤタノハクシビが出たってなあ。」

「ああ、外放区で違法術士とやり合ったらしい」

「まったく、そんな奴がこの都市内にも平然と出歩いてると思うと恐ろしくなるぜ」 


 クシビはそのまま情報を眺めた後、静かにその場を後にした。


 顔を魔術で隠している為、周りの人間には気づかれない。

 違法術士の自分がここにいるという事も……他の人間には解らないだろう。

 そのまま、クシビは何気ない一般人を装い、街の中に続く帰り道を歩いていた。

 今日も周りでは普通の日々が続いている。何一つ変わりない、穏やかな日々がここにはある。


 ふと、近くで親子が城壁の横を歩きながら会話をしていた。


「悪い違法術士から守ってくれるんだよね?」

「ああ、そうだ。この城壁と英装術士がいる限り、悪い奴らから必ず守ってくれる」

 そんな会話をしながら歩いている。違法術士の入ってこれない王国……。それがこの街の昔からの伝えだ。巨大なバリケードが外の世界とを完全に隔てている。


 もうすぐパレードの時間だ……。


 クシビは、足を早めてその場を後にするのだった。











 外周区と都市部とを隔てるバリケードが開く。巨大な門が開き、合図が出されると、そこから英装術士兵団が都市部へと帰還した。


「ご帰還なされたぞ!」

 その瞬間に、わっと民衆が湧き上がる。


 それを待っていた民集達は、次々に歓声と感謝の言葉を上げる。


 アヤメも、その列に混じって都市部内へと帰還していた。民集の歓迎を浴びながら、列を成して歩いていく。

 昔から続いている風習で、英装術士がこの国に帰ってくる時は、こうして民衆が出迎えるように歓迎をしていたのだ。

 英装述士が無事に帰ってくるという事は、また都市部が一日平和になったという事であり、都市部が安全な証明でもあったのだ。

 王国だった時代からの習わしで、栄光を築き上げてきた時代には、こうして民衆全員が喜びを分かち合っていた。

 昔から、そう言った風習があり、兵士の帰還は歓迎を受けていたのだ。


「英装術士さーん!」

 子供が自分に向かって手を振っいるので、アヤメも笑みを浮かべて手を振り返した。

 サナも隣から顔を出して子供に手を振っている。今日も都市部では平和な日々が保たれている。


 しかし――。


 こうして夢見た正規の術士に、隣で一緒に誓い合ったはずの存在がいない。

 互いに励まし合い、目指している場所は同じだと思っていた――。

「………。」


 そして、アヤメは兵団に戻った後でも作業を続けていた。

 指令室では、今回の調査結果と次の作戦会議が行われている。アヤメも報告書を読み、現状の内容を会議で聞いていた。

 会議での報告が一通り終わると、英装術士隊は会議室を後にしていく。

「また外で、大規模な抗争があったらしい」

 そんな言葉を英装術士達が話し合っている。アヤメも報告書に合った文書を読んでは懸念していた。最近、外の様子が騒がしくなってきている。大規模な抗争が外で起こっているようなのだ。


「アヤメ、会議お疲れ。また彼についての報告がいくつかあったわね」

「うう……今はその話はやめて」

 サナがそう話しかけてくる度に、頭を抱えそうになるアヤメ。こうして会議に出てくるというだけでも逃げ出したくなるのに……。


「でもまあ、今の所は目立った報告はなかったじゃない。最新のマルチロイドが流出が問題視されてばがりで、彼の議題はまるで上がらなかったわね」

「もう十分目立ち過ぎよ……変な情けは止めて」

 そんなアヤメに苦笑を浮かべるしかないサナ。


「でも、変な話よね。彼ってば違法術士だけど、そんな慌ただしい事を起こさないし……。私の聞いた話だと、違法性の高い賞金稼ぎギルドがこぞってほしがっているって噂もあるわよ?」


「いやああ!……やめて。そんな不謹慎な事は聞きたくない……!」

 思わず顔を伏せるアヤメ。

 クシビの悪評がさらに高まっている気がしてならない。このままでは、本当にどうなるかわか……。


 クシビの悪名が広がる度に、私はどれだけ肩身の狭い思いをしているか……。


 違法術士となって英装術士の前に立ちはだかる場面を想像しただけで……!


「流石はアヤメの彼氏よねえ。やることにもスケールがあるわ」

「ちっとも面白くないわよ! 犯罪者なんて」

 サナが笑みを浮かべている事に、アヤメは信じられない思いに駆られた。


 日に日に悪名が高くなっている気がする……。


 私は後何度この報告書を目にすれば良いのか……。


 その後、アヤメはサナと別れると、会議の報告書を読みながら廊下を歩いていた。報告書に目を通していると、気になる事項がいくつか目に止まってくる。


 この報告は――。


「………。」

 アヤメは、それを見ると足早に場所を変える。


 そして、指令長の姿が目に入ると、アヤメはすぐにその事を尋ねた。


「指令長、先ほどの会議の事で少し聞きたいことがあるのですが」

「どうした?」

 アヤメの呼びかけに、指令長は立ち止まって振り返る。


「また工場区に異変種の魍魎が現れたようですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」

 そう尋ねるアヤメに、指令長が答える。


「あそこは正規の術士や警護術士隊が請け負っている。我々の手の及ぶ場所ではない」


 そう言われてもアヤメは気にかかっていた。あそこにはリョクのギルドもいる。クシビと同じ、訓練術士生時代からの友人なのだ。


「しかし……まだ魍魎の発生が収まっていません。負傷した術士兵もいると聞きます。あそこには、住んでいる住民もいます」

 アヤメが気がかりな様子で尋ねるが、指令長の意見は変わらなかった。


「確かに。だが、原因を特定する調査もこちらで行っている。今は調査部隊と警護術士隊が管理している。今の我々には他にやるべきことがあるはずだ、アヤメ隊員」

 アヤメに目を向ける指令長。重要な懸案事項が山場を迎えている。


「外では未だに争っている集団が数多くいる。最近ではまた大きな衝突があった」

「は、はい……」アヤメが頷く。抗争集団の衝突は、外の世界では頻繁に起こっている。

 州区域外の術士などもおり、権力争いで滅んだ国なども、外の世界には存在する。

 他にも野良の集団などは、とても危険な行為をする者達も多い。


「我々にしか止められない事がある。そちらの責務を全うしなくてはならない。今は大事な時期だ。動向も活発化してきている。大規模な衝突に発展する前に、我々が止めなくてはならない」

「……は、はい」

 アヤメはしぶしぶ頷くしかなかった。工場区エリアの事は気になるが、他にもやらなければならない事が突き詰めてきている。


 あそこは、警護術士隊と傭兵術士に所属している人間が請け負っている。それでも魍魎の駆除には手を焼いているとの報告があった。それに、それを請け負っている術士のリョクは、クシビと同様に昔からの親友だ。


 リョクのギルドなら信頼に値して任せていられるが、それでも危険なことに変わりはない。


 住んでいる人達も怖い思いをしていると聞いている。


 自分達の管理外の場所とは言え、放っておくのは、やはり心苦しいものがあった――。












「ちっ! そっちに回ったぞ! さっさと片付けちまえ!!」

 薄暗い夜中、数名の術士達が叫んでいる。辺りには魔術の痕が手酷く残っており、激しい戦闘が起こっている事を思わせた。


 辺りは、未だに騒然としており、魔術攻撃による戦闘が繰り返されていた。


「くらえよ! オラああッ!」

「ぐああっ!」

 強力な魔術による爆発が辺りを包み込む。数人の術士が巻き込まれ、吹き飛ばされた。

 だが、それでも術士達は戦闘を止めず、さらに魔術による報復を行おうとしていた――。


 しかし、そこへ声が響き渡る。


「この場は、すでに我々の制圧下にあります! すぐに武器を捨てて投降してください!」


 辺りにいた術士達は一斉に振り返った。大勢の警護術士隊と、その先頭を率いているのは――。


「やばいぞ! 英装術士のサキノジ・アヤメだ……! 警護術士隊を率いて来やがった!!」

 慌てて逃げ場を確保しようとするが、すでに警護術士達が周りに展開していた。


「大人しくしてください! 抵抗は余計な被害を生むだけです!」

 アヤメが指示を出すと、すぐに何人もの術士が拘束魔法によって捕縛される。


「ぐあっ!」「うわああ!」


 あっという間に捕縛されていく術士達。


「く、くそお……!」

「っ――!」

 それでも逃げようとした術士がいたため、アヤメは魔力を込めて、円形の巨大な魔法陣を作り出した。


 それが光り輝き、辺り一面に展開する。


「う、うわああああ!」

 その叫びと同時に、逃げようとした術士は一瞬にして強力な魔力の光に包まれ――その意識を失った。








「お見事ねえ。手際もいいし。まさに英雄のような活躍ぶりね」

 情報屋の女が、アヤメの捕縛に対して賛辞を送る。

「………。」


 クシビと情報屋は、その様子を影から観察するようにして目を向けていた。英装術士に見つからないように物陰に潜んだまま息を殺している。


 今しがた、ちょうど事件についての手掛かりを追っていた所だったのだ。


「よかったの? あの違法術士、あなたの獲物だったのに」

「別にかまいやしない……」

 クシビは様子を観察しながら答える。獲物をおびき寄せただけの事だ。しかし、それよりも気がかりな事がある――。


「あの子。最近ここの工場区エリアで警備を強化してるって話よ?」

「あいつ……また余計な事を……」


 クシビが呟いた。この付近の異変種について調べているのだろう。おそらく単独での行動に違いない。ここは英装術士兵団の活動範囲外だ。


 見張りを強化しているとはいえ、単独では出来る事などたかが知れている。変な所にまで首を突っ込まなければいいが……。


「何をしようとしているのかしらね。あの英装術士さんは」

「わからん。だが、余計な所にまで首を突っ込まれるのはごめんだ」

 クシビが口調を強めた。これからどうなるか、少し動向を探る必要があるか――。


 敵に感付かれて、余計な手を打たれる可能性がある。


「あなたの友達なんだってね。彼女」

「……昔の話だ」


 クシビがそう言うと――そのままその場を後にするのだった。


 一人で無茶をして突っ込んでいくのは、昔からのあいつの癖だ……。












「これで終わりね……」

 六人全員の身柄を確認すると、アヤメは一息吐いた。辺りには大勢の警護術士と捕縛された違法術士が並んでいる。


「アヤメ、お疲れ。大丈夫だった? 流石は英装術士団のサキノジ・アヤメね。もう違法術士達の間でもすっかり有名になってるみたいね。」


 現れたのは同僚のシラエ・サナだった。捕縛作業を完了したので、後から様子を確認しに来たようだった。


「もう、やめてよ。違法術士での間で有名になったって良い事なんてないわ。」

「ふふ、相手はあなたを見ただけで怯えていたそうじゃない。ふふ、さすがは一番槍のサキノジ・アヤメね」

「へ、変なあだ名で呼ばないで!」


 全く持って嬉しくない名の広がり方だ。

 見ただけで震え上がらせるなんて……。何か狂暴な術士だと、一般人にまで誤解されかねない。


 ――お前は、後先考えないでどうしてそう突っ込んでばかりなんだ。


 そんな昔のクシビの言葉を思い出すアヤメ。その後は喧嘩になって、色々と大変だった。


 あの時はクシビが分からず屋だったのがいけないのだ。私はやるべき事をやだっただけなのに。

 その後も猪突猛進だとか失礼なことばっかり言ってきて……。

 そうだ。何もかもクシビが全部悪いのだ。


「それで、今回の調査はどうだったの?」

 サナの問いかけに、アヤメは深く息を吐いた。気を取り直して答える。


「今回は何事もなかったけど……やっぱり少し術士の数が増えてきてる気がするわね……」アヤメは先ほどの戦闘を思い出す。

「そう……。抗争が活発化してきてるって言うし、これから忙しくなるかもしれないわね」

「そうね……捕縛した術士は六人だけど、上にはもっと大きな組織も絡んでいそうだし……」

 アヤメもそれは何となく予感していた。最近は行動が活発化している。 

 今回捕まえた術士も含め、また数が増えているような気がする。

 人手を多く集めているとはいえ、これほどの事をする理由を知りたいものだった。


 まだ、上に大きな組織が隠れている……。この都市部外の区域では、常にそうした争いが続いている。


 治安も悪く、生きていくには何処かの組織に所属しなければならない場合もある。

 都市部外とは言え、世界とはこれほどの差があるのだ……。


「警護術士隊からは、マルチロイドも所持している可能性があるって報告もあったけど……」

「うん……持っていた武装もかなり強化されているみたい。」

 本当にマルチロイドが出回っいるのだとしたら、かなり危険だ。


 サナとアヤメは、そのまま調査報告を待った。

「それにしても、また違法術士を摘発したのね。きっとアヤメの評価も上がるわ」

「そんなことないわよ。私が捕まえたのは小規模だし、まだ他にも大規模グループがいるんだから」

 サナが賛辞を送るが、アヤメの表情は硬かった。


 それに、クシビの手掛かりはまるで掴めていないのに――。

「謙遜しなくてもいいわよ。周りの人達もあなたを評価してくれているんだから」


 そう言うが、アヤメの表情は俯いたままだ。


「彼の事が気になってるの?」

「………」


 サナの言葉に、黙り込むアヤメ。


「彼、かなり有名よね。今もこうして逃亡を繰り返しているんだから」


「昔は……そんな事するやつじゃなかった……」

 アヤメが呟くように言う。


「後悔してるの?」

「それはそうよ……。私が止められたかもしれないのに……」


 アヤメが答えた。今でも後悔している。なぜ一番側にいた自分が気づかなかったのだろうと――。


「まあ、確かに自分の身近な存在が違法術士なるなんて、あまりいい話じゃないわよね……」

 サナも同情するように言うと、アヤメは危惧しながら今後の事を思った。

 今日も大勢の違法術士が捕縛された。これからも大きな闘争に備えて、かなり人数が捕まる事だろう。

 同じ違法術士でも――クシビはこのままどうなってしまうのだろうか。


「あいつは……。私が絶対に捕まえないと……」

 そう決意を秘めて呟くアヤメ。過去を思い返しても、クシビは違法術士になるとは思えなかった。昔は、建機で愛想がよく、優しい人間だったのに……。


 絶対に捕まえて、早く元のクシビに戻してやらないと――。








 暗く、狭い路地の一角にある店。それは、警護術士隊の見張りから逃れる結界の中にあった。都市部の中でも、あまり人通りのない場所にそれはあった。

 クシビが、隠れ家へと帰る。


「ほう、お主の顔見知りが見張りに来ておるか……。しかし、こちらを見張っておるというわけでもなさそうじゃのう……。まあ、この程度なら見逃しておいてもよいじゃろう」

「そうか……」

 クシビが短く返事をした。次の任務の為に、下準備を整えていく。銃の整備や魔術道具を確認する。


「ふっ。しかし、勇敢なことよな。英装術士の活動範囲外の場所だと言うに、ここまで手を回すとは……。よっぽど住民が心配なのじゃろうな」

「………。」


 その言葉にクシビは黙ったまま考えていた。


 ヒマリは含みのある笑みを浮かべ、チラリとクシビを見やる。

「やはり街の英雄じゃのう。その活躍ぶりも英装術士ならではじゃな」

 英装術士は街の英雄だ。その活躍ぶりも、この都市が長年の繁栄と発展を築いてきた理由でもある。

 王国として栄えてきた時代から、その存在は変わっていない。


「よいのか? お主の旧友なのであろう? このまま任務を続けていれば、剣を交える事になるやもしれぬぞ?」


 その言葉に、クシビは表情を変えないままだった。


「予定に変更はない。このまま工場区付近の調査は続ける」

「しばらく様子を見てからでもよいのじゃぞ。焦る必要もない」

 ヒマリが含むような口ぶりで言うが、クシビの意見は変わらなかった。


 その様子に、ヒマリはやはりとでも言うような笑みを浮かべる。


「ふん、まあお主の好きにすればよかろう。この後の事も残っているでな」

「………。」

 ヒマリに何も言わないまま、クシビは用意を整えて立ち上がった。


「クシビ様、お出かけですか?」シズネが尋ねる。

「ああ」そう短く返事をするクシビ。

「任務熱心な事よな」

 ヒマリがそう言うが、クシビは無視したまま扉を開けて、そのまま目的地へと向かって行った。


「ふ、意地を貼っておるのかのう。しかし、あやつ最近こちらの嫌味に素っ気ない態度になってきたのう」

 つまらん、とでも言いたげに鼻を鳴らすヒマリ。

「ヒマリ様……あまりクシビ様を揶揄するのは……」

「反抗期かのう。まあ、あいつは年中反抗期みたいなものじゃが」

 シズネが止めるが、ヒマリは耳を貸さないのだった。


 少しクシビの様子を気に掛けるシズネ。どうにも、最近様子が変わってきている気がする。

 この任務を始めてから、それなりの時間が経過している。ひょっとしたら、それなりの気苦労も感じて来ているかもしれない――。

 いつもは黙ったまま、ただ指示に従っているが……表情を変えないので、その機微を読み取れない。

 ひょっとしたら、内面では多くの負担が掛かっているのではないだろうか……。















 クシビは、その後すぐに情報屋と落ち合っていた。

 待ち合わせの場所に現れたクシビの姿を見るや、いきなりため息を吐く情報屋。


「まったく、冴えない顔ね。まあ、あなたならいつものことだけど」

「今日の調査資料をもらう。」短く言うクシビ。

「まあ、いいけど、仕事には支障の支障をきたさないようにお願いね」


 情報屋が、溜め息を吐く。


「ところで、あなた、本当に大丈夫なの?」

「何がだ?」

 いきなりそんな事を言われたので、クシビは問い返す。

「あの旧友の件よ」


 その言葉に、クシビは立ち止まる。


「ここの見張りに来ているけど、任務に支障はないのよね? 厄介なことになるのはごめんなのよ?」

 情報屋のその言葉に、クシビは黙ったまま少し考える。先ほどヒマリにも聞かれたセリフだ。


「……あいつは必ずこのエリアに来るだろう」


 思わず口から出た言葉に、クシビは自分でも驚いていた。だが、どこかにそんな確信を得ていた。あいつは――。


「やけに確信的ね……。今は騒動が大きくなっているのに、どうしてそんな事がわかるのかしら?」

 表情を険しくして情報屋が尋ねてくる。


「経験則に基づいた予測だ」

「……。」

 その言葉に、情報屋は黙ったまま何も言わない。


「あいつはそういう性格だからな……。こういった事には、必ず首を突っ込んでくる」

 昔の素行を思い出すクシビ。あいつは目の前の危険に晒されている人間は、絶対に助けようとしてきた。


「あいつは、そういう奴だからな……」


 そうだ……あいつの姿はまさに――。


「随分と相手のことがよくわかっているのじゃない。この分じゃあ、かなり予定が狂いそうね?」

「いいや、そうなる前に決着をつける。こちらの予定は狂いはさせない」


 あの姿は――まさに英雄だった。


「もし、戦うことになったら、どうするの?」


 情報屋が、そんな質問を投げかけた――。

 クシビは、それにハッキリと答える。


「その時はその時で対応する。邪魔はさせない」


「一応言っておくけど、わかっているわよね? 私達の世界は甘い世界じゃないのよ? 馴れ合いで生きられるような世界は、表の世界の話だからね?」

「わかっている」情報屋が念を押すので、クシビは短く答えた。


「まったく、そんなに相手の事が分かるなら、あなた自身が何とかして欲しいものだけど?」

 最後に呆れるように情報屋が付け加えるので、クシビは表情が曇った。


 しかし、何も言わず、無視をしたまま現場へと向かうクシビ。そんなに簡単に事が進めば、苦労はしない――。









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