第十章
クシビの気配が消えると、その場に立ち竦むアヤメ。剣を握っていた手が弱々しく落ちる。そのまま後悔の念が胸に沸いてくる。
また、何もできなかった……。
「………。」
アヤメはそのまま立ち竦む。どうしよう……本当は謝りたかったのに……。街を救って貰って、お礼もいくら述べても足りないほどなのに……。
でも、話をしても待ってはくれないだろうし……。
だから、こうして剣を向ける事しかできない――。
「っ………。」
そのまま俯くアヤメ。どうすればクシビの誤解を解けるだろうか……。
その後、会場での報告を終えるアヤメ。案の定、ヤタノハ・クシビの目撃情報が取り立たされていた。
クシビが犯人の可能性が浮上して来た。
そのたびに、サナには慌てすぎだと止められた……。まだクシビが犯人に決まった訳じゃないと……。
しかし、他にも違法術士の魔力らしき物を捉えたとの報告があった。
しかも複数。一人はクシビの物で間違いないだろう。
だが、もう一人は――。
事を起こしたのは誰なのか分からないまま、報告は終わっていた。これが事故で片付けられるには、不審な点が多すぎる。
あの煙の誤作動……。ユヒカ様を狙う、“影“と呼ばれる者の仕業の可能性が高いと見られていた。
ひょっとして、それを退治したのは……クシビ……?
そんなことを考えながら、アヤメは機材室へと入り込む。
「ごめんなさい。少し機材の見学をさせてもらって良いかしら?」作業をしている調査員に頼み込むアヤメ。
「はい。ここの機材は検査済みですので、ご自由にどうぞ」
調査員のひとりが道を開ける。アヤメは最新の設備が施された機械を眺めていた。
「へえ……今はこんなに……」
「はい。対マルチロイド用の設計です。今は何かと物騒ですから……」
「………。」
あれだけのことがあったのだ。設備強化を施すのは分かる。外の術士にもマルチロイドが流出している。だが、この設備増強はそれだけでは無いように思えた。
――魔物への対策……。
しかし、自分があの時、対峙した感想を述べるなら、マルチロイドだけでは魔物には太刀打ち出来ないように感じた。これだけ装備があったとしてもだ。
この王国と呼ばれた難攻不落の神話が破られたことで、何かしらの焦りを募らせているようにも感じる。
民衆の不安を煽らない為の、設備強化なのかもしれない……。
だが、それだと付け焼き刃にすぎない……。
「………。」
こうした機械技術が発達するにつれて、戦闘も過激さを増す。今の世の中が、こうした理由で魔術を重んじているのだ。
魔術以外の力は、争いを拡大させる要因である――。
「それと、ついこの間、最先端企業で精霊院に反対する輩が物騒な事件を起こしたという報告もあります」調査員の一人が言う。
「確か……統合エリア外で違法な決闘を行っていたって言う……」その報告はアヤメも聞いていた。しかし、なにやら不透明な部分も多く、今一要領を得ないままでいたのだ。
「はい。外放区の一角で、賭事を目的とした違法な決闘が盛んに行われていたようです。それを最先端企業が主催していたらしく……」そう答える調査員。
「なるほど……。実戦で兵器の成果を試していたわけね……」
察するアヤメ。新しく生み出した兵器を試すのなら、実戦が一番手っ取り早い。違法性の高い決闘で、賭事も兼ねて行われていたのだろう……。
こうした原因が、魔術を重んじる理由なのだ……。
「……。」
目の前に並べられた兵器を手に触ってみるアヤメ。
クシビが好んでいたのは探知式のスコープだった。周りの状況をいち早く察知し、的確な判断を下せるようにと、いつも離さず持っていた。
確か……自分用にカスタマズしたOSを、何度も実戦で試していた……。
――お前達に後れを取るわけにはいかないからな。
ずっと悩んでいた。魔術を上手く使えないことを……。
だが、クシビの技術は天才的だった。劣っていたはずの魔術力を補う以上の技能があった。
銃の腕前は、今も衰えていないのは良く知っている……。
昔から早撃ちが得意で――。
「………。」
他にもクシビが自分に合わせたOSは、他には例を見ないほどのサポートを施していた。自分だけでなく、私やリョクの癖や魔術のスタイルなども的確に考慮して改良されていた。
他に例を見ない、独自のOSとして知られるようにもなっていた……。
クシビの機械には……私達を思っての改良があった。人を傷つける為だけじゃない……。
「………。」
アヤメは、目の前にある兵器に目を配る。OSとは違うが、これも人の手で生み出されたものだ。
――俺の銃は、人を守ることは出来ないからな。
クシビがそんな事を言っていた……。あのときのクシビの悲しそうな表情を、今でも覚えている。
「……。」
違法術士になった時、本当に後悔したのだ。
どうして、一番側にいた自分が気付いてやれなかったのだろう、と……。
すると、そこで英装術士召集の合図が入る。
『ただ今より、会議を行う。英装術士は直ちに総合監査室に集まるように。繰り返す。只今より――』
「………?」
その指令に疑問を浮かべるアヤメ。総合監査室で普段は会議を行うことはないのだが……。
急いでアヤメも総合監査室へと急ぐ。目的の場所へ到着すると、既に他の英装術士が部屋で待機していた。
映像を写し出す大型のモニターの前に、英装術士上官が立っていた。
「よく集まってくれた。では、これより会議を行う」
すると、一人の監視員がモニターの前で説明を始める。
「ステージでの公園が終わった後、ユヒカ様は監視の目を振り切り逃亡をした」
その言葉に、唖然とする周囲。その時には護衛が付いていたはずだ。
「ユヒカ様は演奏の後にすぐ居なくなった。我々が犯人捜索に尽力している隙を見計らっての行動だったようだ」
その言葉に、信じられない英装術士達。
それに上官は曰くありげに続ける。
「あれだけの事故があった後だ。予め計画されていたと思っていいだろう」
その言葉に頭を抱えるスハシム筆頭補佐官。ユヒカ様の並ならぬ行動力に参っている様子だった。
「そして、ユヒカ様の捜索も含めて町を探索していると、奇妙な映像を捉えた」
そこで次に、監査員の一人が立ち上がる。
「我々で街に設置してある防犯カメラの映像チェックを行っていたのです。すると、このような映像が入ってきました」
「………。」
アヤメが目を丸くする。そこにはユヒカ様と一緒に歩いている一人の男の姿があった。
腕を組んで歩くその様子は、とても親しげだ。
「この男の素性は今の所は把握していない」
上官が続ける。隣にいたサナは顔が青くなり、他の隊員達も驚いていた。
「だが、ユヒカ様の逃亡を手引きし、町で暗躍できる存在と言えば……数が限られてくる」
その言葉に、アヤメが思わず立ち上がった。
「そ、そんな……! あれがヤタノハ・クシビだと……!?」
「落ち着け、アヤメ隊員。あくまで可能性の一つだ」
上官が遮るが、アヤメは焦ったままだ。
この間の出来事を思い返すアヤメ。
だが確かに街中を徘徊できるような違法術士と言えば、クシビ以外には思い当たらない……。
「………。」
映像からではよく分からない。だが、この前の件もある。
あのとき見たクシビの様子を察するに、確かにこれは言い逃れできないようにも思えた……。
「この事は内密に処理する。できるだけ公にしないように心がけて欲しい。」
「え………?」
その上官の言葉を聞いて、呆気に取られるアヤメ。
「すみませんねえ……。ご迷惑をお掛けして」
「いえ、構いません」
スハシム筆頭補佐に上官が言う。
何だか異様な空気を感じた。ユヒカの護衛の術士達も、なぜか俯き加減に顔を伏せている。それどころか、この見知らぬ男を違法術士として見たくないような印象だ。
「出来るだけ周りに知られないよう、慎重な捜査を行ってくれ」
その指令を聞いては戸惑うアヤメ。何だろう。この空気は……。
スハシム筆頭補佐や、上官の顔ぶりを伺う。
このモニターの男が違法術士としてあってはならないとでも言うような……。
その事実から目を背けたいような……。
「ユヒカは騙されているのです……。あの子はとても幼いですから……。外の世界の怖さを何も知らないのです……」
「心中お察しします。補佐官。」
涙目になりながら弁明するスハシム筆頭補佐を上官が慰めていた。
あれ……何だろうか……これは……。
「各員、この事には一国の名誉が掛かっている。我々も英装術士なら、決して名誉を傷つける事のないようにな」
その言葉に、おずおずと頷く隊員達。しかし、このような指令は初めてだ。複雑な緊張も含まれている。一体、これはどういう事なのか把握しきれない部分がある。
「うう……! ユヒカはただ騙されているのです! 卑劣な違法術士に……! 彼女はまだ幼くて、ただの遊び心であんな事を……!」
「落ち着いてください。筆頭補佐。彼女の安全は私達が保証しますので」
泣きじゃくる筆頭補佐を上官が必死に宥める。
そんな様子を、他の隊員達も呆気にとられたまま見ていた。
「………。」
今までのことを考えるアヤメ。あれがもし、クシビなら……いったい何を考えているのだろう。
だが、もはや――あれはクシビのような気がしてならない。
「………。」
周りが皆、この映像の男を違法術士として認めたくないのだ。そして、その事実を隠したいが為に英装術士達は慎重に動かざるを得なくなった。
これが、クシビの意図した手だとしたら――。
冷や汗が滴るアヤメ。背筋に寒い思いがした。
まさか、こんな事まで予想して行動を行ったのではないだろうか……?
この映像を、こちらへの脅として使って――。
「………。」
だとすれば、今度は何をやらかそうというのだろうか……。
うう……あまり考えたくはない……。
まさか、今度はさらに酷い脅しを仕向けてくるなどとは……。
ユヒカ様を脅しに使うような……。
「……っ!」
いや、十分にあり得る行為だ……。
アヤメは、その考えるだけで頭が痛くなりそうな想像を断ち切った。
「とにかく、この事は機密事項として扱う。ユヒカ様を見つけ次第、確保するように」
異様に重い雰囲気の中、上官の指示が下る。英装術士達も「了解」と応じる。
アヤメも答えるが、内心では動揺で思考が定まらなかった。
まさか、そんな自ら爆弾を抱え込むような真似を行ってくるとは……。
「もう信じられないっ!」
感情を爆発させるアヤメ。隣に居たサナも未だに何が起こったのか分からないままだった。
「流石はアヤメの彼氏ね……。スケールが違うわ……」
宙を見つめたまま呆然とするサナ。何だかアヤメの彼氏だった理由が分かる気がする……。
「変な事で納得しないで!!」
今にも飛び出して行きそうな勢いのアヤメ。
「はあ……これ以上何かをしでかしたら、本当な手の付けられない事態に……!」
先行きを思い、目眩がしてくるアヤメ。あんな映像を残されて、後世に伝えられでもしたら……!
もはや一生拭えぬ罪を抱いた術士とされてしまう……!
「それに、アヤメとしては由々しき事態かもしれないからね。あれだけ親しそうに歩いていたら……」笑みを漏らすサナ。
「なっ……! 私は別に……! 変な誤解を招く発言はしないでよ!」
「ふふふ、焦らない焦らない。またそのうち仲良く」
「とにかく! このままじゃ駄目だわ!」
強引にサナの話を遮るアヤメ。まるで話が先に進まない。
「大袈裟よアヤメ。彼も彼で何か考えがあるんでしょ。いつもの事じゃない」
「いつものこと!!」
その信じられない言葉に天を仰ぐアヤメ。
こんな事が当たり前になっていること自体が異常だというのに。
「でも、これがもしワザとだったとしたら……」
「………。」
二人の間の空気が緊張している。
「まさか、こんな大胆な行動で脅しつけてくるなんてねえ……。皆彼を違法術士と認めたくはないようだったし……」
顔が隠れている分、まだ誰かとは決まっていないのだ。あれを違法術士と認めてしまえば……。
「私だって認めたくないわよ……」
「あ、あはは……」
アヤメの心情を察して苦笑するサナ。何となく心労が伝わる。
アヤメは表情を俯かせたまま手に汗を握る。この間の事を考慮すると、あれはもはやクシビで間違いない。
自らの貴重な才能を、こんな無駄で変な方向に使って……。
悪知恵だけは本当に成長しているように思える……。
ああ……この先、本当にどうしたら……。
そう神に祈りたくなるアヤメ。本当に取り返しの付かない事態になる前に……。
「いいんですか? クシビさん。こんな警備の有りそうな場所を堂々と歩いて……。」
ユヒカが尋ねる。以前は裏道などを通っていたのだ。しかも、変装の魔法を施していない。
「ああ、多少は構わない。君の話を聞く限り、彼らは行動を萎縮させるはずだ」
“慎重になる“と言い換えた方が良いか……。
そうして堂々と答えながら歩くクシビに、ユヒカは驚きを隠せなかった。
「へえー。何だかよく分かりませんが、やっぱりクシビさんはすごいですね」
この前までは慎重に街を歩いていたのに、今ではすっかり違う。
そうして町中を歩くクシビとユヒカ。笑顔を振り撒きながら場所を移す。
町中を見ていると、賑やかな雰囲気に包まれていた。二人は様々なお店を見て回っていた。
「ふふ、どうですか? この髪飾り」
「ああ、似合っているんじゃないか」
一件の店に入ると、ユヒカは髪飾りを選んで見せた。
しかし、そのクシビの返答に不機嫌気味なユヒカ。
「むう、もっと感動をさせたかったのに……。難しいですね、クシビさんは」
なにやら薄い反応に、ユヒカは頬を膨らませる。
「機嫌を損ねたならすまない。元々こんな顔だ。気にしないでくれ」
そう答えるクシビ。ぶっきらぼうなのは何度も言われているし、揶揄われている。
「むうう、今度は笑わせてみせます!」
「いや……無理にそんな事をしなくても……」
何故か躍起になるユヒカ。クシビはどう接していいのか戸惑う事になる。
「いいえ! クシビさんを笑わせるまで、今日は帰りませんよ!」
言っては聞かないユヒカを見ては、クシビは対応に悩む。
なにやら笑わせようと色々な手立てを考えているようだ。
次にユヒカの出されたヘンテコな衣装を見てはらクシビはすぐに身を隠すように促した。お姫様が目も当てられない格好になっている。
「むむう! クシビさん、離してください! 私は、友達を楽しませる事も出来ないなんて!」
「落ち着け、早まるんじゃない! 俺を笑わせるだけが楽しませる方法じゃないだろう。お姫様が品性を失うな!」ヘンテコな服装を取り上げようとするクシビ。
「うう! 私に構わないでくださいっ! クシビさんに笑って貰えるなら、私の薄っぺらいだけの品性なんてどうなっても~!」
意固地になって聞き入れ無いユヒカ。
なにやら楽しませられない事がどうしても嫌なようだ。
これは友人思いと思えばいいのか、それとも別の解釈をするべきなのか……。
そして、そんなユヒカをどうにかして落ち着かせると、再び店内の品定めに戻った。
店員に案内され、似合う品物を選んで貰う事にする。
「じゃあ、次はクシビさんも」
「俺が? いや、俺はいい」
品物を身に付けたユヒカの申し出を断るクシビ。装飾品を選んでもらうなど自分には合わない。
「大丈夫です。これは私からのプレゼントです。遠慮せずに選んでもらってください。これは友達としての親愛の証です」
笑顔を見せるユヒカ。
「友達は大事にしないといけませんからね。私から明るい雰囲気になるようにと注文をしておきました。値段は問いませんから、きっと明るい雰囲気になると思いますよ!」
「………。」
どうやら、なにがなんでも明るい雰囲気にしたいらしい。そんな注文を付けてくるとは……。
「私は友達としての付き合いはどんな物なのか分かりませんが……」
そう答えながら、過去を思い返すユヒカ。あの英装術士やクシビさんのように、他人を思いやる事が出来るなら……。
「……友達とは何なのかを考えているのか?」
ユヒカの複雑な表情を目にするクシビ。
「え? はい。まあ……。友達ってどんな人の事なのだろうって、ちょっと考えちゃいました」
「………。」
内心で察するクシビ。これは――昔からそういった事に縁の無かった人間の言葉だ。
だが、今になって何かしらの変化が――。
「ふふ、私のプレゼントです。遠慮せずに受け取ってください。日頃の感謝の気持ちですから。これでクシビさんも雰囲気を明るくすれば、きっと他の人にも優しいんだって伝わります!」
「……わかった。」観念してそう頷くクシビ。これで断るのは難しいな。
「では、私はクシビさんが選ぶのを終えるまで、他のお店を見てきますね」
「大丈夫なのか? あまり遠くへは行かないでくれ」
そう警告するクシビ。この間の事もある。
「はい。分かってます。でも、OSちゃんもいてくれるし、安心ですよ」
手の中にあるリモート作動しているOSに笑みを向けるユヒカ。
ふうと、溜息を吐くと、観念したようにクシビは店の中へと入って行った。
「……。」
彼女に……本当の親友という者が出来れば、何かが変わるかも知れない。
やはり、ここに居るのは良くない……。俺には彼女を救うことは出来ない。
本当の意味で、彼女を救うことは……。




