第二章
クシビは、長い道のりを歩き続け、一軒の店の前まで辿り着いていた。
「お帰りなさいませ。クシビ様」
「……ああ」
クシビは出迎えの挨拶をする洋式の使用人の服装に身を包んだ女性に短く返事をすると、そのまま店内へと入っていく。
「なんじゃ、もう帰って来たのか。今回も派手にやられたようじゃのう」
もう一つ、店の奥からそんな声が聞こえてくる。その声に、クシビは白々しい顔を向ける。
「……仕方ないだろう。それと、野良の集団にあんなマルチロイドがあるなんて聞いてなかったんだ。」
「ふむ。シズネ」小さな声が、使用人の女性に指示を出す。
「はい、お嬢様。どうやら専門企業の新製品のようですね。違法に改造した物が野良術士達の間で流通しているようです」
「そうか……中々に厄介な物が出回っておるようじゃの。ならば、少し対策を考えなければな」
「それなら、すでに用意してあります」
「ほほう、それはよい手際じゃのう。さすがは我が使用人じゃ」
まるで自分の功績とでも言わんばかりの幼い声。得意げな表情に磨きが掛かる。
そんな物があるなら、最初から用意しておいてくれと言いたくなるクシビ。
「クシビ様、これをどうぞ」
「………」
使用人から渡されたのは装脚具だった。見た目は足に着ける防具だが、動力マテリアルを埋め込んだ機械魔術が施されている。
「術式を施した装具です。使い方には用心を。対マルチロイド用の調整をしてありますので、扱いが少々難しいです」
「そうか……」
対マルチロイド用の調整を施した装脚具……どれほどの出力になるのやら……。
「オーダーメイドしてやっただけありがたいと思え、クシビよ。これでお主の任務も捗ろう。ただし、使い所は間違えるでないぞ? 多用には少し負担が大きいからのう。勝負を決める一手を心得よ」
「……肝に銘じておくよ」
忠告に頷いておくクシビ。言われなくてもそうするつもりだったけどな。そんな武装を使い続けろと言う方がおかしい。
「……それと、やり合った時に銃が故障したかもしれない。こっちも何かしらの対抗策と改良を施しておいてくれ」
「わかりました。マテリアルOSと出力の調整を行っておきます」
シズネが銃を受け取ると、丁重にそれを懐にしまった。
大型の機装兵器であるマルチロイドに対抗して立ち回れる武装など、数が限られてくる。
マルチロイドは人型の強力な兵器だ。鎧も特殊金属などにより頑丈に作られている。動力マテリアルなどが埋め込まれており、現代の兵器としては条約等でもかなりの厳しい制限が出されている。
野良の術士にそれが出回って来ている以上、こちらも何らかの対抗手段を用意しなくてはならない。
しかし、最新式のマルチロイドを改造してくるなど、予想を超える組織力の向上だ。こうなると、その背後が気になってくる。どこから流れているのやら……。
「さて、今回の仕事だが、成果はどうだったのだ?」
奥の間から姿を現す少女――ヒマリがこちらを覗いて尋ねてくる。
「大丈夫だ。ちゃんと倒した術士の証明を貰ってある。倒した術士の分は、情報屋の契約によって金額と共に補充されている」
クシビの言葉に、豪華絢爛な着物に身を包んでいるヒマリは、いかにもな口調で契約内容を確認していた。長く整った黒髪が蝋燭の明かりに照らされて揺らぐ。
「ふうむ。流石は情報屋じゃのう。支払いもバッチリじゃ。お主の手柄も、なかなかに良いぞ」
「それはどうも……」
白々しい言葉に対し、無表情で返事をするクシビ。
「うむ。これからの任務も精進するが良いぞ。さて、これからの任務も色々控えておるが、まずは休むがよかろう」
「そうさせてもらう……」
クシビが返事をすると、そのまま部屋を後にするのだった。
「クシビ様、お疲れさまでございます。治癒薬の用意ができております。こちらへどうぞ」
シズネの案内に、クシビが息を吐いた。
複数の蝋燭が灯された部屋に居座っているヒマリは――そのままクシビを見送っていた。
「また旧友とやらに会ったのか?」
「………。」
クシビはその言葉に口を開かない。
「まあ、気にせず任務を続けてくれれば良いがな。それで、手掛かりはなかったのか?」
「あまりめぼしい物は無かった。だが、いずれ必ず見つける」
「ふっ、そうか。まあ、焦らずとも気長にな」
含めたように言うヒマリだった。
因子の印を見つけるために、クシビは今日もその任務を終えた。
次の日、クシビは都市部の一角へと来ていた。周りは高層ビルや高い建物で覆われており、その下を移動車両が往復している。
それを上空から眺められるような高度位置にある移動ポートの一つを歩いていくクシビ。
都市部の機能を一望できるような高い位置にある。
ここは、何重ものセキュリティに守られている場所だ。英装術士兵団の監視範囲内でもある。
そして、そこからはこの都市を覆う巨大バリケードが見えてくる。
都市部全体を守護している巨大な城壁であり、この都市が長い年月での発展を支えてきた最大の防護壁でもある。
難攻不落の砦として、後世から伝えられてきた。
外の世界とを隔てる――本当の結界だ。
『パスポートを提示してください』
その境目にまで来ると、監視機械にそう指示されたので、クシビは持っていたパスポートを差し出す。
すると、あっさりとその場を通り抜ける事ができた。
自分は指名手配をされているが、今は変装魔術と偽装物などにより、普通にこうして街の中を移動できている。
そこを通り抜けると、クシビは工場区エリアの一角へたどり着く。ビルや建造物の立ち並ぶ都心部とは違い、工場や煙突の立ち並ぶ区域だった。
都市を覆う巨大バリケードを通り抜け、外周区との境目にある区域だ。
工場区域であるこの場所では、黒々とした煙があちこちから立ち上っていた。その工場の全てが荒々しい造りで、発展した都市部とはまるで違っている。
その工場区をさらに移動していき、クシビが工業場の一角で立ち止ると、目の前にいる一人の男に話しかける。
「リョク、様子はどうなってる?」
「クシビか?」
その声に気づいた男――オオカ・リョクが振り返る。背丈が高く、温和な笑みを浮かべている。
「少しばかり異変種の発生は減ってきている。だが、収まりそうな気配はないな……。」
「そうか……」
リョクの報告に、歯がゆい思いが胸に沸くクシビ。
「そっちはどうだ? 何か手がかりは掴めたか?」
「すまない、まだ……」
「謝ることはない……。お前のおかげでここの異変種の駆除が出来ているんだ。今は、それだけでも十分さ」
リョクが呟いた。そして、辺りを見渡す。
「この場所に住まう人達だけは、守れているんだ……」
「………」
ここは家の持たない者達の住まう場所だ。安静を求めて遠い土地から移住してきた者達ばかりだ。
ロクな手当も受けられない貧しい者達が、ここでどうにか生活をしている。
外の世界では争いの絶えない毎日だ。国同士の戦争が今も起こっている地が沢山ある。
この都市はその民を受け入れることができず、こうしてその僅か外側で暮らす日々が続いている。
こんな場所でも、今までは安静だったのだ。少なくとも、他国の世界よりかは大分マシだった。
この周地域は、それだけでも長い発展がある。
だが――そんな場所に突然、凶暴性の強い変異した魍魎が現れるようになった。
近くには工場の廃棄物や魔術生成に使われた廃棄物質が流されている水路がある。凶暴化した異変種の生物達が――そこに現れた。
「……だが、必ず尻尾は捕まえる。まだ少しばかり時間がかかるかも知れないが……お前も十分に気をつけてくれ」
「わかった……。」
リョクは頷くと、そのままクシビを見据えた。
「ところでクシビ。お前、最近大丈夫なのか?」
「なんだよ。いきなり」
そんなことを言われたので、クシビは少し驚いて聞き返す。
「少し気になったんだ。お前は最近働きすぎて、無理をしてるんじゃないかと心配になったからな」
「別に何ともないさ。これくらいはな」
「そうか……。」
返事をするリョクだったが、内心ではどこか不安だった。クシビはこの頃になって大変な思いをしていると聞いている。
外放区が慌ただしくなるにつれて、クシビにも重荷が増えているのは間違いないのだ……。
こいつは隠し事をするのが上手い。昔から……。
「とりあえず、また何かあったら連絡してくれ」
「ああ、わかった」
リョクの心配も気にせず、クシビはそう言い残すと、その場を後にした。リョクの心配性な性格に、クシビは息を吐きながら背を向ける。
オオカ・リョクはアヤメと同じ訓練生時代の元チームメイトだ。訓練生時代に同じチームでリーダーを務めていた。リョクとアヤメの三人のチームだった。
そんなリョクが長年経った今では、こうしてギルドのリーダーとなっている。俺とは違い、ちゃんとした正規の術士だ。
相変わらず、人一倍の心配性なのは昔のままだ。
「クシビ……」
アヤメが名前を呟いた。部屋の中で、クシビの事を思い返すアヤメ。目立った行動はしないが、後ろでは色々な噂が飛び交っている術士だ。違法術士同士の争い。企業への攻撃。どこかの術士集団との対立。
違法術士同士が戦う事は稀ではなく、むしろ日常のように起きている。
しかし、違法物所持などの疑いもかけられているヤタノハ・クシビだが、一般人に手を出すような真似はしたことがない。
目的は何なのか、未だに不明のままである。
「…………」
一般人に手を出さないのは、警護レベルを引き上げられる事を恐れての事だと言われているが……。
違法術士を捕縛すれば、どこかの組織から報酬金が支払われる。
クシビは、それが目当てだと思われているが、本当にそうなのだろうか……。
それに、色々な組織からも命を狙われていると聞いている。外の世界は、血で血を洗うような残酷な世界がある。
クシビは、そんな場所で一体なにをしようとしているのだろう……。
昔は、このまま行けば順調に正規の術士となれたはずだったのに……。
「………」
アヤメは、色々と思考錯誤を繰り替えすが、それでも思い当たる理由は浮かんでこなかった。
ただ、昔は優しく、建機な青年だった事は間違いないのだ……。
今では、違法術士として指名手配されるまでに至っているが……。
一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう……。
「………。」
なぜ、自分の親友がこれほどまでに酷い状況になるまで放置していたのだろう……。
今からでも間に合えば……。
せめて……なんとかして自分が助けてやれないだろうか……。
アヤメはそう思うと、そのままヤタノハ・クシビの行動記録を閉まった。
これまでも色々と英装術士とも衝突をしてきたが、捕まえることはできていない。いつものように姿を眩ませて逃げられるだけだ。
独自の魔術を駆使し、自分達にもわからないような手法で姿を晦ます。
足跡すら残さず、形跡も一切ない。今までにない魔術だった。
それが、英装術士達の守るこの街で、ヤタノハ・クシビが暗躍できている最大の理由でもある。
バリケード内に違法術士を進入させているのだ。
「………。」
アヤメは、そのまま頭を冷やそうと部屋を出て歩いていると、隣の部屋にいたサナと鉢会った。
「あら、アヤメ、どうしたの? そんなに頭を悩ませたような顔をして」
「サナ……」披露したように顔を向けるアヤメ。
「まあ、あなたが頭を悩ませるのは常ね。まったく、そんなに親友のことが気になるの?」あえて親友という言葉を使うサナ。アヤメに配慮しての事だ。
「ち、違うってば、うう……わ、私は……」
頭を抱えるアヤメ。自分は英装術士だというのに、そんな自分の身近にいた人間が今は――。
そうだ……子供の頃から憧れだった。自分は英装術士や正規の術士を羨望の目にして育ってきたのだ。
しかし――そこでアヤメの脳裏に、ある光景が浮かんでくる。
英装術士になった自分を、子供が指差している。
「あれ? あれってサキノジ英装術士隊長じゃない?」
「ほんとだ! ヤタノハ・クシビの同僚だ!」
「何で英装術士になったんだろうね!」
そう言って、子供に指をさされる。そう言って、自分は子供たちに笑われるのだ――。
「あああぁ……!!」
「ど、どうしたの?! アヤメ!?」
ショックのあまりに稲妻が落ちてきたような感覚に襲われるアヤメ。そんな妄想が頭を過ぎっていた。
町の英雄ともあろう者が、こんな事で後ろ指をさされている。
――私の憧れだった英装術士が……。子供達の模範となっていたはずだったのに……。
それなのに、こんな……!
「落ち着いてよ、アヤメ。急にどうしたのよ」
「うう……私は英装術士なのよね? 本当に」
「急に何を言っているの?」
あまりに変な事を言い出したので、サナはとうとう我慢の限界に来たのかと思った。
「私は……英装術士のはずなのに」
アヤメを取り巻く問題は、簡単に解決できるような状況ではないように思えていた。