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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガーⅡ カゴの苑の円舞曲
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第七章


 一通りの作業が終わると、クシビは額の汗をバンダナで拭った。

 辺りをを見渡すクシビ。未だに街の倒壊した瓦礫の撤去作業が行われている。

 家を失った者も多く、その人達に貸家を与えていたのだが、配給食をその人達に配っているのだ。


「お疲れ様、クシビ君。いつも助かっているわよ。ありがとう」

「ほんと。クシビ君がいると助かるわ~!」

 巫女達も感心している。作業は一通り終えることができた。


「ありがとう、クシビくん」ソノカが声を掛けた。

「いえ、会長もお疲れ様です。これだけの人達に配給品を配るのは大変でしょう」

 改めて思うクシビ。あれからこの場に来る人達が増えた。


「いいえ。君がこの街を守ってくれなかったら、もっと酷いことになっていたわ」

 ソノカが言う。クシビ君がこの街を守っていなかったら、この精霊院すらなかっただろう。


「本当にありがとう。クシビ君」

「いいえ……俺は大したことはしていません」

 あの時……俺の命を救い、導いたのは、統地精霊なのだ――。


「街は酷いことになったけど……きっとまた良くなるわ。元の通りに……」

 希望を口にするソノカ。クシビも並んでいる人々を見ては、そうあればいいと願った。


「へえー、クシビさんて、料理もするんですね!」

 そこで、ユヒカが現れる。クシビの作った料理に目を付けた。

「まあ、ただ単に慣れていると言うだけだ」作業服を外しながら言うクシビ。

「すみません、食べても良いですか?」

「いや、これは炊き出し用のだから、食べさせる訳には……」

「気にしないで。予備はまだ沢山あるから」

 ソノカが気にしないように促す。しかし、いいのかどうか悩むクシビ。


 ――ご機嫌を損ねるでないぞ。


「……すみません。会長」

「ふふ、好奇心旺盛な子なのね」

「ええ、まあ……。」

 笑みを浮かべている会長。お姫様だとは悟られていないことが救いだ。

「ありがとうございます!」

 子供のように瞳を輝かせるユヒカ。クシビは、その表情から出来るだけ目を背けたかった――。


「わあ、何だか不思議な味ですけど、とても美味しい! 豪勢な料理とは違う……こんな味の料理は食べたことがありません……」

「それはそうだろうな。精霊の力が宿った水だ」

 そう説明するクシビ。使用している素材は特注品だ。地下水脈から汲み上げた水を精霊の力で浄化して使用している。


「ふふ、それだけじゃないわ。クシビ君が料理してくれないと、あんな味にはならないもの」

「大袈裟ですよ、会長」クシビが肩を竦ませるがソノカは首を横に振る。

「ううん。クシビ君が手伝ってくれる配給食は皆おいしいって褒めているもの」

「ふふ、やっぱりクシビさんは意外と家庭的なんですね」

「やっぱりってなんだ」

 ユヒカの言葉に思わず突っ込むクシビ。


「だって前々からそんな感じがしてましたもの。何だか無愛想で機械みたいな人を取り繕っていますけど」

「あらあら、クシビ君のことがよく解っているわね」

 ユヒカと同じように笑う会長に、クシビが訂正しようとする。


「あの、おかわりいいですか!」そこでユヒカが遮ると、クシビは息を吐いた。

「これは配給品だ。あんまり食べ過ぎると他の分が無くなる」

「はうう……そうですか。」

 残念そうに肩を落とすユヒカ。


「まあまあ、クシビ君、余り物で何か作って上げたら? 訳ありの友達を空腹にさせるなんて、申し訳ないし」

「しかし……」

 少し押し悩むクシビ。

 そこでまた――ヒマリの言葉が脳裏に浮かぶ。


「……わかった。少し待っていろ」

「え?! 何か作ってくれるんですか?」

 クシビが腰を上げる。会長の許可もあることだし、何か振る舞うとしよう。


「私も手伝います!」勢いよく声を上げるユヒカ。 

「無理はしなくていい。君に火の扱いは危険だ」

 そうして作業を始める二人。まるで兄弟のように料理を作っていく。


「いいえ、やらせてください。私もこんな料理作ってみたかったんです」

「………なら、調味は俺がやるから、野菜を刻んでくれ」

「わかりました!」

 ユヒカとクシビの作業が始まった。


「刃物の扱いには気をつけてくれ」

「大丈夫です。私はこれ位のことも慣れていますから」

 心配になるクシビ。怪我をさせれば俺がどうなるか……。

 そうして料理が続いていく。クシビが炒め物を始めると、ユヒカは興味深そうに眺めるのだった。


「クシビさん、あのもう一回くるってやる奴、やってみてください!」

「………。」

 別にやる必要も無いのに要望に応えるクシビ。

 炒め料理が空中で鮮やかに舞った。


「うわあー! すごい! プロの人みたいですね!」

 感激に声を上げるユヒカ。クシビの技はどれを見ても一級品だった。包丁の捌きなども目にも止まらない速さだ。

「まあ、これは本職の影響だな……」

 あっという間に具材を切り刻むクシビに、ユヒカは感心するのだった。そのまま調理が進む。


「い、痛い……!」

「どうした! 見せろ……!」

 急いでユヒカの指を見るクシビ。


「どうしたの?」

 会長も心配して駆け寄ってくる。

「軽く切っただけだ……」ほっと息を吐くクシビ。

「あ……」

 クシビが治癒の魔法で癒すと、ユヒカの指の痛みがみるみると引いていった。


「あ、ありがとうございます。クシビさん。回復魔法も使えるんですね」

「礼はいい。それより次からは気をつけてくれ。それと念のために後で会長に見て貰おう」

 念には念を押すクシビ。そんな事もありながら料理は進んだ。

 端から見ていると、まるで兄弟だと感じながらソノカは見ていた。


 そして、ようやくの思いで料理が完成した。余り物の添え合わせだ。それを眺める二人。


「デザートのようになるんですね」

「俺がアレンジしておいた。姫様に不味い物は食わせられないからな」

「私はクシビさんの作った料理なら、どんなものでも構いませんよ?」

 笑顔でユヒカは答える。あの配給食でも美味しかったのだ。

 クシビは息を吐いて食事に取りかかった。なにはともあれ、無事に終われて良かった。


「会長達の分もありますので、他の巫女の方々と休憩時にでも食べて下さい」

「ありがとう。クシビ君」

 作ってくれたクシビに礼を言うソノカ。こんな細かな気配りも昔からだ。


「うう~! 美味しい! こんな料理一流料理人のお店でも食べたことはありません! どうしてこんなに美味しい料理が作れるんですかー!」

 料理に夢中になるユヒカ。

「まあ、これもこの施設の御陰だな」

 クシビが言う。材料もいいし、素材選びには困らない。


「そんな事ないわ。クシビ君は昔から料理が上手だったのよ。施設に来る人も、今日の料理は美味しいってよく誉めているもの」

「やっぱりすごいですね」目を輝かせるユヒカ。

「それは光栄ですが、買い被りすぎですよ」

 ソノカの誉め言葉に苦笑いを返すクシビ。昔から料理をしていた事もある。


 ――ほ、ほら、料理は愛情って言うじゃない?


「………。」

 初めて共に料理をした時のことだ。チームになって間もない頃、まだ右も左も分からなかった。

 アヤメに有って、俺には無い物が――その時に分かった気がした。

 あいつは、昔から不思議な奴だった。

 魔術の上手く使えない俺には――。

 






 そして、そのまま無事に作業を終えて帰る間際になると、クシビはイサラ・カヤに声を掛けられる。

「ありがとう。クシビ君。また仕事を手伝って貰って」

「いや、いい。こちらも急に伺ったりして申し訳なかった」

 クシビがそう返す。ユヒカも見学で連れてきたのだが、差し障りは無かったかと心配していた。

 カヤは手際のよいクシビの働きぶりを誉めるが――。


「この間、クシビ君が来てから、なんだか会長の様子が変わったの」

「変わった?」

 カヤの言葉が気になるクシビ。

「ふふ。会長、何だか機嫌を損ねて拗ねていたの。みんなに子供扱いされたと思ったみたいね。この間、クシビ君が色々としてくれたからじゃないかって、施設内では話が持ち切りで」

「そんな事が……」

 あの会長が拗ねるなど珍しい。他の巫女達も珍しがっている。今回はその噂で持ちきりのようだ。


 これは……自分も少し興味がわいてきた……。


「あんな会長は久しぶりに見た気がするわ。クシビ君のおかげね」

 カヤとの話を終えると、さっそくクシビは別れの挨拶をするため、隅の方で作業をしていたソノカに声を掛ける。


「会長、お体の方は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。君が手加減してくれたからね。あの程度の傷ならすぐに治ったわ」

 片付けの荷物を持ち上げ、元気をアピールする会長。

 張り切って荷物を持ち上げるその様子は、自分を術士だと言わんばかりの勢いだった。

 本来は精霊巫女のはずだが……この人は相変わらずだ。


「それはよかったです。今度は注意してください。あんな罠に飛び込むような真似は」

「はいはい。わかってるわ」

 荷物の整理をしながら、拗ねるような口調で答えるソノカ。まるで気にしていない態度だ。

 そこでクシビが切り込むように指摘する。


「あと、会長が拗ねているのかと心配していましたが、いつも通りで安心しました」

「もうっ、巫女達から聞いたのね……。クシビ君まで私を揶揄う気なの?」

 拗ねていることを指摘され、思わずソノカは声を上げた。


「ふふ、会長にしては珍しい事ですからね。これに懲りたら、他の巫女達に心配をかけないようにして下さい。あと俺にも」

「まったく、君は……」

 呆れるソノカ。どちらが年上なのか分からなくなる物言いだ。


「クシビ君も私の心配をしてくれたの……?」

「当然です。俺はあなたに教わった後輩なのですから。それに、今までにも色々とお世話になっていますからね。いくら感謝しても会長には頭が上がりません」

「何だか先輩としても威厳が無いわね……。後輩に心配されるなんて……」何だか向ける顔がない。

「会長は昔から無茶をする人でしたからね。生徒が危ういと術士でも無いのに先陣を切って戦場に出ようと周りを騒がせて……」

「も、もう! 昔の話を持ち出さないで!」

 会長が強引に話を打ち切ってくる。それは過去の出来事だが、皆もよく覚えていた。


 会長は精霊科の術士生だった。しかも生徒会長だ。


 戦うことが専門では無いのに、生徒が危ういと自ら戦場へ向かおうと皆を騒がせた事が何度もあった。

 実際、本当に戦場に出て来て大騒動になったこともある。あの時は、本当に驚いたが――。


「まったく君は……本当に先輩を敬っているのかしら」

 ソノカが怒るので、クシビは謝るが、その口調は和らげだった。

 その態度に憮然とするしかないソノカ。これでは、どちらが先輩か分からなくなる。


「ふう……良い様に成長したのか、悪い様に成長したのか分からないわね。今までの君の行動も含めて」

「………。」

 ソノカが指摘する。度胸が付いたと言えばいいのか、危なっかしくなったと言えばいいのか……。


「悪い様に成長したのなら、先輩として私が正してやらないといけないけれど?」

「それはご勘弁を。今になって会長のお叱りは受けたくありません」

 クシビが丁寧に断るが、ソノカの表情は真剣だった。


「忠告を聞かないでまた君が危ないことをしたら、今度は私が君を止めに行くわよ?」

 堂々と忠告され、そんな状況を考えてみるクシビ。会長が本気で自分に立ち塞がるとするなら――。

 会長の目は穏やかだが――本気だった。


「……それもご勘弁を。本気で会長に止めに来られたら、俺は手を出せません」

 そう言うクシビ。会長が本気で俺に牙をむけば、戦う事は避けられないだろう。もし自分が傷付いてでも、俺を止めようとしたら――。

「なら、先輩の忠告は素直に聞いておくことね」

 笑みを向けてくるソノカに、何も言い返せないクシビ。これは完全に仕返しをされた形になった。

 やはり、この人には敵わないな……。


「肝に銘じておきます」

「よろしい。昔の君は、そんな風に素直だったわ」

 素直に頷くクシビ。先輩としての威厳が垣間見える。


「まったく敵いませんね。会長には……」

「ふふ、私は先輩だからね」

 笑みを返すソノカに、クシビはぐうの音も出ない。まさか、こんな形で脅してくるとは……。


 そんなクシビとソノカのやり取りを、ユヒカがふと目にした。


 何やらクシビさんが楽しそうに話している。

 まるで見たことも無い表情に、ユヒカは目を奪われた。

「あ、OSさん……! 今のクシビさんをカメラに抑えておいて」

「カメラにですか? 承知しました」

 ユヒカの言われた通り、クシビの様子をカメラに捉えるOS。

「ふふ」

 笑みを浮かべるユヒカに、OSは問い掛ける。


「どうして今のあるじをカメラに?」

「クシビさんの貴重な笑顔だったからね。これは取っておかないといけないと思ったの。」

 嬉しそうに言うユヒカだが、後のことを考えてふと不安になるOS。


「笑顔……ですか?」

「ええ。クシビさんの楽しそうな笑顔よ。あんな表情をするなんて思っていなかったから」

 貴重な表情に、ユヒカが興味を示す。

「………。」

 その言葉に、不思議に思うOS。

「何だか、後で主に怒られそうです」

「どうして?」ユヒカが聞き返す。

「主はこの様なことをあまり望みませんから」

「へえー……。じゃあ、この事は内緒でお願い」

「は、はい……」

 ユヒカの要請に了承して返答するOS。果たして隠しきれるかどうか怪しい。ログを提出しろと言われたら抗えない。






「そろそろ帰ろう。用事は済んだ」

「はい。」

 クシビの言葉に頷き、共に足を早めるユヒカ。そのまま精霊院を後にする。

「ふふっ」

「?」

 笑みを浮かべるユヒカ。何だか貴重な物を見たような気がする――。

 そんな楽しそうにしているユヒカを、クシビは何があったのだろうかと不思議に感じていた。いつにも増して表情が明るい。


 クシビと共に歩くユヒカ。


「今日はとても楽しかったです! クシビさんも今日は楽しかったですよね?」

 その言葉に、引っかかりを覚えるクシビ。楽しかった……? 自分は、楽しかったのか……?

 俺は目の前の人間に嘘を付いていて――。

「ああ、そうだな」

 慌てて、そう言って笑みを返すクシビ。作り笑いのような張り付いた笑みだ――。









 クシビは、そのまま歩くと拠点に到着する。静かな骨董屋の中で、ヒマリが出迎える。

「クシビよ。帰ったか」

「ああ」

 ヒマリに返事をすると、そのまま部屋へと入っていくクシビ。


「ご苦労じゃったのう。何やら姫様が喜んでおるようじゃったぞ。これからもその調子で護衛を続けてくれ」

「……。」

 荷物を下ろしながら返事をするが、クシビはどこか違和感を覚えた。

 そんなクシビを黙って見やるヒマリ。


「……なにやら思うところがあるようじゃな。護衛に不満でもあるのか?」

「不満か……。それなら色々とある……。今更だな」

「なら、あのお姫様に思うところでもあるのか?」

「別に何もない」

 そういうが、ヒマリは疑ったままだった。


「……同情しておるのか? 」

 その言葉に、クシビは立ち止まる。


「……同情したところで、救われる物でもないだろう」

 ヒマリを見ないまま、クシビはそう答えた。


「ふっ、そうじゃな……」

 皮肉めいた笑みを浮かべるヒマリ。

「これも任務じゃ。わかっておるな? 必要なことなのじゃ」

「わかっている」

 そのまま、クシビはその場を後にするのだった。





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