第五章
「今度、ライブを行うので、その時に来てください!」
「は、はい。勿論です! 絶対行きます!」
ユヒカとの話に盛り上がる団員達。時間は過ぎ、地価調査は無事に終えた。
「俺達、応援団として行きますから!」
「何……?」
無視できない言葉が耳に入り、思わず口走るクシビ。いつの間にそんな物を結成したんだ……?
「さっき結成したんです。ライブに来るなら派手な方がいいでしょう? クシビさんのお友達ですからね」
「いや逆だ。命が狙われているんだから、あまり目立つ行動は避けるべきだ」危険が伴うと説明するクシビだが。
「いえ、お友達は大事にしないといけませんから。クシビさんのお友達は、私にとっても大切な人です」
と、聞き入れないユヒカ。俺のお友達以前に気にすることが……。
「皆さーん! よろしくお願いしますねー!」
「おー!」
なにやらすでにライブが始まっているような熱狂ぶりだ。これは、また作戦を色々と調整する必要がありそうだ……。
それをクシビとリョクは遠目から見つめていた。すでに団員達は盛り上がっており、もはや割り込める余地は無いように見えた。
「いいのか? リョク。このままじゃ、ギルドがルノダ・ユヒカ応援団になるぞ」
「まあいいんじゃないか? そっちの方が俺達の性に合っている気もするし」
リョクはそう言って笑っていた。まったく、相変わらず緩い雰囲気だ。危機感が無いというか……。
「それにしても……そうか。あのクシビに新しい友達か……」
「あのってどういう意味だ。それに、これは友達なんて呼べる間柄じゃないだろう」
クシビは誤解を解こうとするが、リョクは笑っているだけだった。
「お前は昔から内向的なタイプだったからな。ずっと心配していたが……これで少しは安心できそうだ」
もはや勝手に友達と納得してしまっているようだ。
「何の影響を心配しているのか知らないが、今の俺は至極真っ当だぞ。」
「いいや。アヤメのことを考えても、お前には危なっかしい部分が多い」
リョクの言葉に、クシビは表情を固くするだけで何も返さない。
「友達が増えたと聞いたら、きっとアヤメも喜ぶ」そのことが楽しみで笑顔の絶えないリョク。
「馬鹿な真似はよせ。そんな事をしても何も意味はない」
そうクシビが断言する。そんな報告をした所で、あいつが喜ぶはずが無い。
「ふふ、楽しみだ」
リョクには確信があった。アヤメも良い影響だと受け取るはずだ、と。それどころか安心で肩の荷が降りるかもしれない。
少しは安心させてやらないとな。
帰る間際になると、ユヒカは始終ご機嫌な様子だった。地下での探検がよほど面白かったらしい。
「はあー、楽しかったです。やっぱりクシビさんの友人なだけあって、みんな優しいですね!」
「そうだな……。まあ、団長があれだからな」
脳裏にお人好しのリーダー像が思い返される。まったく、あいつは昔から妙な所で緩くて……。
「何だかクシビさんて、団長さんと仲がいいんですね」
「まあ、昔からの同期で仲間だ」
「それは気になります。クシビさんて、何でこんな仕事をしているのか気になりましたから」
ユヒカが感想を述べる。違法術士という職柄を気にせずにはいられない。
「あんな優しい人と仲が良かったんですから、クシビさんも優しい人だったはずですよね。ふふ、何だか想像が付かなくて……」
「………。」
何故か過去をほじくり返されようとしている気がするクシビ。
優しい人、か……。
いったいどんな事が優しい事だったのか、今の俺にはわからなくなった――。
「だって気になりますよ。いつも固い表情のクシビさんが、昔はあんなに優しい友達がいたなんて」
「……いつも硬い表情で申し訳ないな……」
息を吐いて謝るクシビ。
「きっと、同じように優しい笑顔を浮かべていたんですよね?」
「………。」
昔のことを思い返すクシビ。楽しい思い出は沢山ある。苦楽を共にした仲だ。俺は、そんな中でどんな表情を浮かべていただろうか……。
今となっては、あまり思い出せない。
人を騙している今の俺は――。
「ユヒカが帰ってきたというのは本当なの!?」
スハシム筆頭補佐が急いで駆けつける。すると、そこにはユヒカの姿があった。
「………。」俯きながら黙ってその場にいるユヒカ。
「まあ、よかったわ! 無事なのね!? まったく、どうして護衛から離れたりしたの?!」
「私は自由にこの街を見たいの。護衛じゃなくて監禁よ。あなた達のしている事は」
「馬鹿な事を言わないでユヒカ。あなたは命を狙われているのよ? でも、英装術士の人達が守ってくれるから、もう大丈夫よ」
自分の命ではなく、仕事を守っているのだと、ユヒカは内心で思っていた。
「これはこれは、スハシム補佐殿。ユヒカ様がお戻りになられたようで、よかったです」
そこへ姿を見せる英装術士上官。
「ええ。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたわ。これでようやくユヒカを任せられます」
「はい。我々も全力を持ってあたります」
上官がそう答える。
「ユヒカ。あなたは英装術士達に護衛の説明を受けて頂戴。それと仕事のスケジュールも詰まっているのよ。」
「わかっています」
言われずとも理解している。それは嫌というほどに……。
ユヒカは別の場所に連れられ、部屋を移した。またこの牢獄に戻ってきた。もう何度も同じことの繰り返して来た牢獄に……。
「ユヒカを向かわせたが、よかったのか……?」
「仕事があるからのう。仕方あるまい。なんじゃ、心配なのか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
ヒマリの言葉にそう返すが、クシビはどこか引っかかりを覚えた。一応、OSも同行させているのだが……。
「なあに、本人も仕事があるのじゃ。その辺はプロとしての自覚もあろう。」
「………。」
ヒマリの言葉を聞くが、いまいちピンと来ないクシビだった。あの影の事もある――。
「それと、ミハタ・カザリがこちらに向かっているという情報があるようじゃ。」
「世界各地の英装術士にも収集を掛けたのか?」驚くクシビ。
「この間の事件も相まって、警戒を強めておるのじゃろうなあ。まあ、今は様子を見ておくだけでよいが」
ヒマリの様子は特に慌ててはいなかった。今回の出来事にはあまり差し障りは無いと判断しているのだろう。
「おぬしの役目に支障がでるやもしれんが、あのお姫様に恩を売っておく事に変わりはない。われらは手筈通りにここで待つとしよう」
「ああ……。」
ヒマリの言葉に、クシビも返事をする。今は手筈通りの事が運んでいる。
あとは、今後のユヒカの行動次第だが――。
「………。」
またいつもの護衛だ。機械的で、檻に閉じこめるような感覚……。
何度も行われた行為だが、こうしていると無理をしてでも逃げ出したくなる。
「クシビさんの護衛とは違う……」
はあ、と息をはくユヒカ。先日は楽しかった。
あんな時間はこの町を過ぎれば二度と無いのかもしれないと思うと、この場にいるのが嫌で本当に抜け出したくなる。
アヤメとサナは今しがた会議を終え、部屋を後にしていた。
「いったいどう言うことなのかしらね。影に注意してくれって……。しかも、何だか命を狙われているみたいな言い方で……」サナが心配に表情を俯かせる。
「そうね……。何だか様子がおかしかったわね……。詳しいことは説明してくれないし、ひょっとしたら、何かとんでもない事に巻き込まれているのかも……」
アヤメとサナはお互いに考える。護衛の任務は、思っていた以上に深刻だった。
この町に身の安全を脅かす、影を操る違法術士がいるというのだ。
何か事情があるのはわかったが、重要なことは秘密にしたままだ。要人なのだから隠し事はわかるが、まさか命を狙われているなんて……。
それにしても、またこの都市に怪しい人間が入り込んでいる。
この間の事件の後なので、まだ都市の防護機能は完全に回復していないままだ。
「………。」
外の世界だけで無く、この街も慌ただしくなっている……。
「それにユヒカ様……何だか悲しげだったわね……」
「そうね。どうしたのかしら……」
ユヒカの様子を心配するサナとアヤメ。何か事情があるようだった。最初に姿を見せなかったのも気になる。
会議中に見せていたあの表情は、とても放ってはおけない……。
「何かあるのよ。きっと……」
「アヤメ?」
何かを決心したように言うアヤメに、サナが問い返す。
「私達に何か出来ることはないかしら」
そんな事を言い出すアヤメに、サナは驚くしかなかった。
「まさか、アヤメったらお姫様に取り入るつもりなの!? お姫様相手の悩みなんてあたし達が解決できるようなものじゃないわよ……!」
「いいえ。それはやってみないとわからないわよ」
「ま、まさか……アヤメ……」
覚悟を決めた本気の目をしているアヤメを前に、サナは何も言えなくなる。
これは――何を言っても聞かない目だ。
はあ、と息を吐くサナ。
アヤメの行動力には驚かされる……。あの彼も、昔はこんなハラハラした思いをしていたのだろうか――。
「………。」
「どうしたのじゃ? クシビ」
「いや、何でもない……。」
改めて考えると、やはりユヒカには英装術士兵団があっているのではないかと思えてくる。
こんな何もない護衛よりかは、役に立つこともあるだろう……。身の安全は保障されている。
「なんじゃ、やっぱりあのお姫様が心配なのか?」
「……いいや。心配はしていない。むしろこちらよりもまともな警護を受けているのではないかと考えていた所だ」
「馬鹿者。お前がしっかり警護せんでどうする。きちんと役目は全うしろ」
ヒマリが罵倒するが、クシビは何も言わない。
要人の警護なら、普段から行われている任務だ。問題は無いだろう。身の安全は保証されている。
「………。」
それにあちらにアヤメもいる。何故か、あいつの昔の様子が脳裏に浮かんでくる。
こちらで解決できる事はない。真の意味でユヒカの自由を得るには、あちらで問題に向かい合う必要があるのだ……。